「……あっ…今日、バレンタインデーだ……」



 ふと気付くと季節は春に近付いていた

 今頃札幌は大雪警報が出ているだろうか
 遠い異世界にいても、やっぱり故郷のことは心配だ

 それでも今は
 目先にある心配事に目を向けるべきか



「チョコ…買った方が良いかな…」


 甘党の恋人の姿が脳裏を過ぎる
 彼なら絶対に喜んでくれるはずだ

 頬を赤く染めて微笑む姿が目に浮かぶ


「…日頃の感謝も込めて…」

 買いに行こう
 …ちょっと勇気が要るけど勢いに任せれば多分大丈夫

 カーマインは財布を握り締め、
 夕暮れの部屋を後にした






 店内は女性客の大洪水


 男の自分は黒一点とばかりに浮いている
 この中に飛び込んでチョコレートを選んで購入するなんて――…


 どうしよう…

 もしかしたら凄く寂しい男だと思われるんじゃないだろうか
 自分用に買ってると思われたら情けなくて目頭が熱くなってくる


 これは愛と勇気を試す神の試練



「…せ、せめてラッピングしていない地味なのを買おう…」


 リボンやハートの包み紙で彩られているチョコはスルー
 本当は可愛いのを贈ってやりたい気もするけど…流石にそれは恥ずかしい

 でも普通の板チョコでは色気が無い
 少し迷った後、包装紙に包まれていないハート型のチョコを買うことにした

 キラキラにラッピングされたチョコを持ち歩くよりは目立たない



「すみません、これ下さ―――…」


 店員と目が合う

 バイトだろうか、自分と同じくらいの年齢の青年だ
 彼の目がすっと細められると、徐に視線を逸らされる

 明らかに同情の色が込められていた


 ちっ…違う!!
 違うんだっ…!!

 コレは俺用じゃない!!
 俺は…俺はそんな寂しい男じゃなくって…!!


「…そ、そ、それと、コレも下さいっ…!!」


 チョコを店員の目から隠すように、
 指先に触れたものをチョコの上に置く

 あぁ、居た堪れない
 一人でこんなに恥ずかしい思いをするのも久しぶりだ




「……お…お買い上げ、
 …あ、ありがとうございます…」


 店員の顔が引きつっている
 その視線の先にあるものは俺がチョコの上に置いた品

 そこに書かれていた文字は『ふんどし』の四文字


 ち…ち、違うんだあああああっ!!
 俺用じゃない、俺用じゃないんだあああああ――…っ!!

 心の中で絶叫
 想像を超える羞恥心に、額から汗が噴出す




「…プ、プ、プレゼント…です…か…?」

「はいっ、プレゼントなんですっ!!
 間違っても俺が自分の為に買ったんじゃないんですっ!!」


 言い訳万歳
 何かに訴えかけるように店員に詰め寄る俺


「そ…それではお包みします…か?」

「はいっ!!
 包んじゃって下さいっ!!」



 店員は包装紙を取り出すと、
 慣れた手付きでチョコとふんどしを包んでいく


 ミルクチョコのふんどし添え――…

 …ダメだ!!
 深く考えちゃダメだっ!!


 べ、別に良いよな!?
 バレンタインやクリスマスに下着をプレゼントするなんて良くある事だし!!


 …でも、チョコにふんどしか…

 チョコの染み付きふんどし――…
 ―――…って、何考えてるんだ俺はっ!!


 ダメだ、思考が逃避しかかってる

 俺はラッピングを終えたプレゼントを受け取ると、
 全力疾走で部屋まで戻ったのだった






「あれっ、カーマイン…何処行ってたの?」

「あ、ああ…
 ちょっとプレゼントを買いに…」


 そう言うと俺は包みをメルキゼに差し出す

 いくら世間知らずでも、
 流石にバレンタインのことくらいは知ってるだろう


「…えっ…バレンタインデーの、だよね?
 でも、これって女性が…
 え、え、カーマインが買ってきてくれたの?」

「ああ、恥ずかしい思いして買ってきてやったんだぞ」


 でも…まさかチョコ買いに行って、
 ふんどし買って帰ってくるなんて…

 メルキゼの奇行を笑えないな――…




「まさかカーマインから貰えるなんて思ってもみなくて…
 ホワイトデーにはちゃんとお返しするから、
 それまで待っていて欲しい」

「ああ、楽しみにしてる」


「それで…これ、開けてみても良いかな?」

「………どうぞ」



 さて、どんな反応が返ってくるか―――…



「……カーマイン…この布状のモノは……」

「使い方は同封の紙に書いてあるだろ
 まぁ、気が向いたときにでも使ってみてくれ」


 しげしげと珍しそうな表情のメルキゼ
 好奇の心旺盛さは、ふんどし相手にも発揮されるらしい

 まぁ…驚いたり取り乱したりされなくて良かった



「…じゃあ、早速身に着けてみるかな―――…」

 ふんどしを取り出すと何を思ったか、
 それを突然首にクルクルと巻きつける


「……どう?」

「首に巻くな―――…というか、それはマフラーじゃない」


 お前の尻はそこか!?

 ふんどしを首に巻く男というのは…どうなのだろう
 笑いを取ろうとしているのか、素でボケているのか―――…

 とりあえず体を張ったボケだとするなら、
 俺もその笑いに便乗して付き合ってやろう



「えい」

 ぎゅ〜…

 メルキゼの首から下がっている、
 ふんどしの先を力を込めて引っ張る


「ぐええええええっ!!
 カーマイン、首が絞まってるっ!!」

「…良かったな…これで今日からお前は、
 ふんどしで首を絞められた男として華々しくデビューだ」



「うぅ…酷いよカーマイン…
 ちょっとヒーローっぽくて格好良いかと思っただけなのに…」

「ヒーローが首からなびかせているのは白いマフラーだぞ?」


 決してふんどしではない
 というかそんなヒーローは嫌だ



「猫耳ドレス男という肩書きを払拭したかったんだ」

「払拭…って言ったって、
 今のお前は猫耳ふんどし男だぞ?
 猫耳ドレス男のほうがまだマシなんじゃないか?」


 …猫耳ふんどし男…

 自分で口にしてアレだけど、
 実に濃い響き





「……気を取り直して、チョコでも食べようか」

「あははは…
 じゃあ俺、お茶でも淹れてくるわ」


 その後、二人でチョコを齧りながら他愛ない話で盛り上がる

 メルキゼが想像以上に喜んでくれたのが嬉しい
 かなり恥じかいたけど、来年もまた買ってやろう



「そういえばバレンタインを
 こうやって恋人と過ごしたのは初めてかも知れないなぁ」

「えっ…だって、カーマインは恋人がいたのでしょう?
 恋人と二人でバレンタインを過ごしたことがないなんて信じられないけれど」


「んー…この時期は春コミで忙しいから
 バレンタインは何時も原稿に向かってるか、
 ネタ発掘の為にエロゲーに没頭してるかだな」

「………………。」


 ふっ、とメルキゼの口から息が漏れる

 …呆れられた?
 もしかしてメルキゼに呆れられたのか俺!?


 仕方が無いじゃないか、
 だってオタクなんだからっ!!

 そんな目で俺を見るなぁ…っ!!




「…じゃあ聞くけどお前の方は、
 バレンタインはどうやって過ごしてた?」

ベッドの上で体育座り


 暗っ!!


「私はモテない男だからね
 恋人どころか友達すらいなかったからね
 一人寂しくベッドの上で髪の毛の本数でも数えてたよ」

「………メルキゼ、俺が悪かった……」


 でも、そっかぁ…

 じゃあこれがメルキゼにとって
 初バレンタインチョコになるのかぁ…


 何だろう…この罪悪感
 あぁ、きっとふんどしの存在のせいだ


 本当はこのままキスの一つや二つくらい交わして、
 同じベッドの上で朝まで過ごしたい欲望があるんだけど

 この空気と流れじゃ、甘い展開に持っていくのは無理だよな…

 ごめんなメルキゼ
 来年こそはオシャレに過ごさせてやるから!!


 妙な使命感を胸に抱きつつ、バレンタインの夜は更けてゆく―――…





 翌朝




「う〜…カーマイン…」

「どうした?」


 顔色の冴えないメルキゼが、
 パジャマのままフラフラと起きてくる

 メルキゼにしては珍しい姿だ


「…何かあったのか?」

「私…ダメだったよ…」

「…何が?」



「私、ふんどしアレルギーだったよ」

 そんなアレルギーはない
 というか一日始まって早々ふんどしトークかよ

 意外と根に持つタイプなのか…?


「試しにふんどし、身に着けてみたのだけれど…
 クシャミは止まらなくなるし鼻水もダラダラで…
 これってふんどしのアレルギーってことだよね?」


 ただの風邪だ

 というかお前…
 ふんどし、本気で締めてみたのか…

 ちょっと見てみたいような、決して見たくないような―――…



「通気性が良くて悪くは無かったのだけれど、
 今の季節には少し寒過ぎたみたいで――…」

「まぁ、まだ外は雪景色だからな
 もう少し暖かくなったら再挑戦してみてくれ」


「夏場の寝苦しいときには良いかも知れない…」

「そのまま海に行って泳げそうだしな」


 荒ぶる海の漢って感じだ
 うん、これは人目を引くなぁ…



ふんどし一丁で泳ぐ勇気は無い
 というか人前でその姿を見せる気はないし」

「……俺にも見せる気無いのか?」

「当たり前じゃないか
 私の身体なんか見てどうするの」


 どうするの、ってお前…
 俺たち恋人同士なんだけど――…

 そうですか
 今年も進展無しですか

 …まぁ、良いんだけどさ…



「しっかし、今年は特に色気の無いバレンタインだったな…」

「下着プレゼントされたのに、
 全然ドキドキしなかったしね…」


「うーん…まぁ、そういう日もあるわな
 俺とお前で色気のある展開に持ち込めってのが無理なのかも」

「………どうせ………」


 ぷい

 顔を背けてしまうメルキゼ
 珍しく顔を顰めている



「お、おい、なんかご機嫌斜めだな?
 風邪で具合が悪いせいなのか?」

「……バレンタインだったのに…
 カーマイン何もしてこなかった…」


「んあ?」

「キスくらいしてくれるかと期待してたのに…
 私の気も知らないでさっさと寝てしまうから、
 一人寂しくふんどし抱いて寝る羽目になったんじゃないか…」


 マジっすか



「あまりの寂しさに、思わずふんどし締めちゃったじゃないか!!
 普段の私なら絶対にそんな恥ずかしいことなんてしないのにっ!!
 しかもそのせいで無駄に風邪なんか引いたりして――…」

「わ、わかったから
 俺が悪かったから落ち着けって」


 相変わらずの行動のバカっぽさには目を瞑って
 とりあえず今は笑うより慰める方が優先か…

 ぽんぽんと肩を叩いて頭を撫ぜてご機嫌取り

 こいつが怒るとシャレにならない
 この宿一軒くらい軽く吹っ飛ばすだけの威力持ってるし



「ごめんな、寂しかったな
 バレンタインなのに一人で寝かせて悪かったな」

「うん、うん…」


 コクコクと頷きながら大人しく撫ぜられているメルキゼ
 どうやら機嫌はなおりつつあるらしい

 …良かった…
 俺も宿も命拾いした





「…じゃあ、これから一緒に寝なおそうか?」

「えっ!?」

「風邪引いてるんなら寒いだろ?
 一緒にベッド入ってたら暖かいぞ」

「………うん……」


 顔を真っ赤にして頷くメルキゼ
 機嫌は完全に直ったようだ

 …熱は更に上がったみたいだけど


 ベッドに潜り込んで顔を見合わせると、
 目を回しそうなくらい熱に浮かされたメルキゼの顔があった

 もしインフルエンザ…とかだったら大変だ
 あまりにも具合が悪いようだったら病院に連れて行かないと



「…大丈夫か…?」

「こ、こんな明るい時間にカーマインと同じベッド…
 あぁ…恥ずかしくて目が回ってきた…ああぁぁ…」

「…………。」


 …具合が悪いわけではないらしい

 ほっと一安心
 所詮メルキゼはメルキゼということか



「じゃ、お休みのキスしようか?」

「えっ…え、え、え!?
 ま、待って、心の準備―――…んぐ」


 メルキゼの言葉を遮って強引に唇を奪う

 抵抗されるかと身構えていたが、
 予想に反して大人しく応えている


 気絶でもしてるんじゃないかと心配になった
 ――…が、次の瞬間肩にまわされた腕でその心配はないことを知る


 唇を重ね合わせながら、
 まだ寒い初春の朝は過ぎて行く


 翌朝、見事に二人仲良く風邪を引いたのは言うまでもない





 はい、色々なネタを詰め合わせたメルキゼ×カーマイン小説にござります

 連続でキリ番を踏んだ泉鳥氏からのリク内容
(ふんどしネタでコメディ&バレンタインネタで甘々)の二つを同時に詰め込んでみたのじゃが

 その結果、チョコレート風味のふんどしという、
 わけのわからぬモノが誕生してしまったのじゃが…orz

 とりあえずこの小説を泉鳥氏に捧げまする