「はい、お土産」



 そう言って手渡された紙袋の中を覗き込んだ瞬間
 私は驚愕すると共に凄まじい眩暈に襲われた

 薄れ行く意識を取り留めるべく、
 ちょっとだけ記憶を遡ってみる

 ……人はその行為を現実逃避と呼ぶのだろう



 買い物に行くと言って、
 シェルとカーマインが出掛けて行ったのが約2時間前

 久しぶりに家で1人になった私は、
 掃除や洗濯をしながら夕食の献立を考えていた

 可愛い恋人の帰宅を待ちながら、
 家事に励んで過ごす静かな1日…だった筈だ

 …それが…一体、何故こんな事に…




「……………。」


 私は手の中の紙袋から目を逸らした
 出来る事なら、存在そのものを無かった事にしてしまいたい

 しかし

 送り主本人が目の前で満面の笑みを浮かべている


 現実逃避したくても、
 彼がそれを許してくれない

 逃げようとする私を天使の笑みで地獄のような現実に引き摺り戻すのだ



「……どうだ?
 お土産、気に入ってくれたか?」

「あの…カーマイン?
 1つだけ聞いてもいいかな?」

「いいけど…何だ?」

 首を傾げる恋人の仕草は可愛い
 しかしこれは可愛さ余って憎さ百倍という奴だろう

 相手がカーマインじゃなかったら張り倒している所だ


「……じゃあ、聞かせて貰うけれど…」

 私は意を決して紙袋に手を突っ込むと、
 中の物を取り出してカーマインに突きつける


「これは……何…かな?」

 私の手には可憐なピンク色の物が握られている

 カーマインは一瞬だけそれに視線を移すと、
 すぐに私に向き合って、澄んだ瞳で言い放つ




「だから、さっき説明したじゃないか
 メンズ用の見せブラだってば」

 お願い
 誰か幻聴だと言って


「一体どうして…何を思って、
 そんな意味のわからないモノを…」

面白そうだからに決まってるじゃないか」


 断言された!!
 有無を言わさず言い切られた!!

 私…ネタにされてる…!!



「ちなみに見せブラってのは、
 見せる為のブラジャーって意味な」

「見せたくないよ!!
 それ以前に付けないよ!!」


 確かに私はドレス着ていたけど
 髪の毛のリボンも愛用しているけれど

 でも…

 女性用の下着だけは…
 コレだけは絶対に踏み入れちゃいけない領域だと…!!

 って言うか、お願い
 これ以上、変な生物にさせないで




「こんなモノ、良く見つけてきたね
 一体、どこに売っていたの…?」

「いや、普通に紳士用下着売り場で売ってたぞ」

 そんな紳士、嫌だ

「ちなみに2枚で580円

 しかも安ッ!!


「というわけで、水色とピンクの奴を買ってきたんだ」

「………?
 ちょっと待って、袋にはピンクのしか入っていないよ?」

「ああ、水色のは俺用


 ………。
 ちょっと待て



「…か、か…カーマイン…?」

「早速付けてみたんだけどさ
 ほら、見て見て…似合うか?」

見せなくていいよ!!

「だってこれ…見せブラだし
 見せる為の物だから、見られても恥ずかしくないぞ」


 上半身ブラジャー1枚になった恋人は、
 クルリとターンするとセクシーポーズを決める

 カーマインは恥ずかしくないのかも知れない
 しかし、見ているこっちが恥ずかしい

 というか目に痛い



「…無理に見せなくていいよ
 お願いだから服を着てくれ…」

「しょうがないなぁ…」

 ごそごそ
 脱ぎ捨てたシャツを拾い上げて、袖を通そうとするカーマイン


「待って」


 私はすかさず彼を制止させた

 唇の端がヒクヒクと痙攣している
 恐らく今の私は、とてつもなく引き攣った表情をしているのだろう…


「……ブラジャーは外して…いや、外しなさい」


 珍しく命令口調

 ここで厳しく言っておかないとカーマインの事だ
 面白がってこの姿で外出しかねない


「…ブラジャー外せだなんて…メルキゼのエッチ」

「んなっ…!?」


 いや、待って
 確かに私の発言だけ取り上げれば、ちょっと変態的だけれど…

 でもこの場合
 変態認定を受けるべきはカーマインの方だ


 というか、エッチって…
 彼にだけは言われたくない言葉ベスト5に入る気がする

 少なくともブラジャーを買って、
 しかもそれを着けて帰って来るような男にだけは言われたくない…




「……と言うか…シェルも一緒にいたのなら、止めてくれれば良いのに…」

「んあ?」

「シェルは君の買い物に対して、何も言わなかったの?」

「いや…
 新境地の開拓だって興奮してたぞ?」


 ダメだ…
 静止するどころか便乗しちゃってる…


「で、火波さん用に
 凄い奴を買って行ってたな」

 便乗どころか更なる高みへ突き抜けた!?

 いや、それよりも
 何がどう凄いのか…その辺が気になるのだけれど

 心の平穏の為には聞かない方が良いのだろうか

 うん、きっとそうだ
 何も聞かなかった事にして、この話は流しておこう――…



「いや、それがさ〜…凄いんだわ
 スイッチ1つで即・昇天っていうのがキャッチコピーで…」

 聞いてもいないのに、
 勝手に説明してくれてありがとう

 ……うん
 確かこれ、下着の話だったよね?

 スイッチ?
 昇天…?


 …………。

 一刻も早くカーマインの口を塞がなければ、
 このままだとヤバい方向に話が進みそうな気がする

 私の野生の勘が警鐘を鳴らしていた


 さて
 どうやって黙らせようか

 ………。
 一番手っ取り早いのは口に何かを詰め込む手段かな



「カーマイン、出先で何か食べてきた?」

「いや?」

「そう…じゃあ少し早いけどご飯にしようか」


 私はキッチンに駆け込むと、
 その辺にあった有り合せの食材で食事を用意する

 そして盛り付けた皿を持ってテーブルに―――…


 …………。
 …………………。


「…か、カーマイン…何してるの?」

「ん?」


 テーブルの前で私が見たもの
 それは頭にブラジャーをかぶった男の姿だった



「ほら、こうすると猫耳っぽいだろ?
 お前とお揃いだにゃ〜ん…♪」

「…………。」


 私は彼が好きだ
 好きだけれど、今だけは声を大にして叫びたい

 こんなのと一緒にされたくはない、と

 というか彼の発言は
 世界中の猫耳キャラを敵に回しかねない



「…カーマイン…
 ちょっと目、閉じて?
 一撃で楽にさせてあげるから

「はっはっは
 嫌だなぁ、メルキゼ
 ちょっとだけ目がマジっぽいぞ?

「ふふふ…ちょっとマジだったらどうする?
 まだ眠るには早い時間だけど、
 このままだと朝までシーツの海に沈む事になるかな?」

「いやん、刺激的
 流石の俺もドキドキだわ」

「私もドキドキしているよ
 上手く手加減出来るかどうか心配だ


 殺伐とした会話が流れる
 しかし双方、一瞬たりとも表情を崩さず満面の笑顔

 それが余計に怖い



「お前って料理以外の所じゃ不器用だからな
 手元が狂ったらヤバいから、ちょっくら着替えてくるわ」

「そう…じゃあ、お茶を淹れて待っているよ」

 にっこり笑顔でグッド☆バイ

 しかし振り返ってネコのポーズを決めるカーマインの姿に、
 全力で敗北の念を抱くメルキゼだった







「今頃、火波さんとシェルは盛り上がってるかなぁ…」

 熱したチーズをパンの上に掛けながら、
 カーマインはのんびりと言葉を続ける


「俺の考えでは思いっ切り熱く盛り上がるか、
 逆にどこまでも盛り下がるかのどっちかだと思うんだ」

「…全ては火波のノリに左右されるというわけだね…」

「まぁ、軽くアドバイスしたから大丈夫だろうけど」


 頼むから
 これ以上、あの少年に妙な入れ知恵をしないでくれ

 あぁ…
 出会ったばかりの頃の、純粋で汚れを知らなかった頃のシェルが懐かし――…

 ……………。


「……いや…出会った時には既に、
 男好きの腐男子っぷり全開だったかも知れない…」

 というより
 昔からあまり変わっていないとも言える



「火波さんとシェルって、一見アンバランスに見えるかも知れないけどさ
 何だかんだ言って結構良いコンビだよな」

 コンビ言うな

 その言い方だと、まるで二人が漫才でもやっているかのような……

 ………。
 ある意味、間違っていないような気がするのが少々、切ない



「火波さんみたいな頼り甲斐のある大人の男が恋人なら、
 シェルも安心して甘える事が出来るんだろうなー…」

「…悪かったね、どうせ私は子供だよ
 泣く子も絶句する30歳児だよ

「うん、俺も軽く絶句しかけたわ


 30歳児
 なかなか痛烈な響きである




「まぁ…30歳児だろうが無職だろうが童貞だろうが気にするな
 そんな部分も全部ひっくるめた上で俺はお前を選んだんだから」

 一瞬、嬉しく感じる響きだが、
 素直に喜ぶには多少のトゲを感じる


「うぅ…」

「そんなに卑屈になるなよ
 相手の短所に長所を見出せてこそ真実の愛だ」

「ちなみに、どんな長所を見出せるの?」

「……………。」

「…………………。」

「…………………………………。」


 何故、そこで押し黙る



「…む、無限の可能性を感じる…って所…かな…」

 かなり苦しく言葉を飾ってくれてありがとう

 つまり
 今後に期待って解釈で言いのかな?

 とりあえず現状維持は望まれていないって事だけはわかった


人生を掛けた青田買いだな」

 そこに真実の愛はあるのか



「どうだ、俺の愛を感じたか?」

 むしろどの辺りに愛があったのかを知りたい

 この一連の遣り取りで愛を感じられるなら、
 それは余程のドM体質なのだと思う


「…私の心はで満たされたよ…」

「それはいけないな
 ラブパワーを充電させなきゃ」

「なにそれ…って、うわッ!?」


 ぎゅ〜…


 突然の不意打ち攻撃…もとい、抱擁

 早まる心拍数
 固まる猫耳男

 そして
 暴走するオタク野郎



「ほ〜ら、ラブラブモードだぞ〜」

 がぶっ

 メルキゼの鼻に白い歯が立てられる
 もちろん、痛みを感じるような事は無いのだが…

「ちょっ…!?
 これ、ラブラブモード!?
 普通は額や頬にキスとかじゃない!?
 というか私、何で齧られてるの!?」

 混乱しつつも、とりあえず突っ込みは入れるメルキゼ


「甘噛みは立派な愛情表現だぞ?」

「百歩譲ってそうだとしても、普通は耳とか鎖骨とか…
 鼻を甘噛みって聞いた事無いよ!?」

鼻パクって響きが好きなんだ」

 何かが違う



「…っていうか、それって犬の芸だよね!?
 鼻に乗せた物を食べるっていう、犬の芸だよねッ!?」

「大丈夫、俺は犬も猫も両方とも大好きだ」

 果たしてそういう問題なのか


「んじゃ、左の眉毛を舐めてやろうか」

「何でそんなに部位の選択がマニアックなの!?
 趣向が独創的過ぎて意味も無く卑猥だよ!!?」


「じゃあ右目の下睫毛を前歯で削ぎ落とす愛撫とか」

色々な意味で怖いから嫌ぁ!!

 しかも、それは愛撫ではなく単なる脱毛


「俺曰くワガママなバディ

 意味がわからない




「しょうがないなぁ…
 じゃあ、月並みだけど普通のハグでラブラブモードな」

 ぎゅうぅぅぅぅ〜…

 両手で力一杯抱き付いて来るカーマインを見下ろしながら、
 メルキゼは、ポツリと呟く


「コアラに抱き付かれているユーカリの木の気分だ…」

「じゃあ、コアラとしてはユーカリの葉を食べなきゃダメだな」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるカーマイン
 メルキゼの首に腕を回すと、精一杯の背伸びで恋人の唇を奪う

 …が、反応無し

 不信に思ってメルキゼの顔を覗き込むと、
 困ったように苦笑を浮かべる恋人と目が合った


「………ここって…葉なの?」

 そんな所にこだわるな


「細かい事は気にするな
 …それとも、唇じゃ不満か?」

「いや、満足
 少なくとも鼻を齧られるより、ずっといいよ」

 ……相当、鼻パクが嫌だったと見た



「まぁ…嫌じゃないなら良いんだ
 ほら、良くしてやるから目を閉じろよ」

「……うん…」

 恥かしそうな素振りは見せるものの、拒む気は無いらしい
 筋金入りの内気野郎が、よくぞここまで成長したものだ

 付き合い始めたばかりの頃のメルキゼを思い出し、
 現在に至るまでの苦労を自ら労うカーマインだった





「――――……。」


 ぼーっ…

 真っ赤な顔で椅子に寄り掛かるメルキゼは完璧に呆けていた
 心、ここに在らず…見事なまでの放心状態


「いやぁ…ごめん、ごめん
 お前にはちょっと刺激が強すぎたか?」

 濡れた唇を拭ってやりながら謝罪の言葉を口にするカーマイン
 しかし、口では謝っておきながら悪びれる素振りは微塵も無い

 むしろキスでヘタっているメルキゼの様子を心から楽しんでいる


「まだまだ未熟だな、息が上がってるぞ」

「……うるさい……」

 軽く拗ねてみせるメルキゼ
 あやす様に、そんな恋人の髪を優しく撫でるカーマイン

 気だるい空気の中に甘ったるいものが混じっている



「…本当に可愛いな、お前…」

「もう…バカにしないでくれ
 君は私の事を何だと思っているんだ?」

モケーレ・ムベンベかな」

 なにそれ
 本気で、なにそれ


「もっ…もけ!?」

 本気でわからない
 既に何語なのかすら謎だ

 流石にこの返答は予想していなかった


「あぁ…UMAだよ」

「う…馬!?

「違う違う、ユーマ
 簡単に言えば未確認動物の事だって」


 私、確認されてないの!?

「例を挙げるなら伝説のツチノコとかネッシー的な生物かな」

 私、ツチノコと同類!?




「俺さ…お前と初めて出会った時、
 ツチノコの第一発見者の気持ちが良くわかったんだ
 存在が確立されていない存在を目の当たりにした感動、って言うのかな…」

「ええと…それは…」

本当に存在していやがった!!
 …っていう感動的な気持ちで一杯だったんだ、俺
 猫耳男なんてコアな小説の中でくらいしか登場しないしさ」


 それって
 もしかして
 あまり認めたくは無いけれど


「…つまり君の中で私は、伝説級の珍しい生物ってこと?」

まぁ、そいういう事だ

 そこは否定して欲しかった




「愛してる…俺のモケーレ・ムベンベ…」

「お願い、やめて
 頼むからUMA扱いはやめてくれ」

「そうだよな、お前は未確認生物じゃないよな
 現にここにこうして存在しているわけだし…」

「いや、そういう問題じゃなくて…」

「でもシーラカンスは実在してるんだぞ
 恐竜やアンモナイトだっていたんだ、宇宙人とだっていつか会えるよな?」

「……………。」


 カーマイン…
 君は一体、どこまで本気で…

 というよりも


「私にとって…君が宇宙人みたいなものだよ…」


 ……ふっ
 何かを諦めた笑みがこぼれる

 頬をすり寄せて甘えてくる宇宙人…もとい、恋人を抱き寄せながら、
 メルキゼはすっかり冷め切ったお茶に手を伸ばした




カウンター260000を踏んで下さった藺草さんに捧げるSSにござります
リクエスト内容は『メルキゼ×カーマインでギャグ。イチャイチャ』というような物だったのじゃが

ラブラブな展開を試みた筈が、何故かブラブラな展開になっておりました
…いや、でも紳士用ブラって地味に流行っておるらしいのじゃよ

それはさておき
このような内容になってしまったのじゃが、とりあえず拙者的には頑張りました
何をって…モケーレ・ムベンベとかの情報収集を(笑)

それでは藺草さん、260000カウントありがとうございました