【資料】宝塚音楽学校96期裁判訴状
【解題】
瀬戸 宏
*『近現代演劇研究』11号(2023年11月、日本演劇学会分科会近現代演劇研究会)掲載の「宝塚音楽学校96期裁判訴状」冒頭に附された筆者の解題。
宝塚音楽学校96
期裁判とは、2009(平成21)年11 月2 日に宝塚音楽学校(以下音校と略記)96 期のある生徒が不当に退学させられたとして、退学の取消などを求めて音校を神戸地方裁判所に訴えた地位確認等請求の民事裁判である。事件番号は、平成21
年(ワ)第3485 号であった。訴状によれば、退学に至る過程で同級生によるさまざまないじめや事実の捏造があり、音校はそれを確認することなく原告を退学処分にしたのである。
実は本裁判に至るまでに原告は二度仮処分申請を神戸地裁に起こし、すべて勝訴していた。音校は大阪高裁に控訴したが敗訴し、退学を取り消す仮処分は確定していた。しかし音校は復学に応じることなく逆に仮処分に異議申し立てし本訴を求める“起訴命令の申し立て”を行った。原告が本訴しなければ仮処分は失効するので、やむなく本訴したのである。裁判は結局、翌年2010(平成22)年7
月14 日にほぼ原告の主張が認められるかたちで調停が成立し、裁判は終結した。
この裁判は音校という演劇界、芸能界で広く知られた学校が舞台であり、また正規の裁判のため新聞や週刊誌などマスコミでも取り上げられ、宝塚歌劇団関連インターネット掲示板などでもさまざまな議論が行われるなど、大きな反響を呼んだ。この裁判は、生徒間のいじめやそれに対する音校の姿勢など一般教育問題と同時に、日本の演劇界、芸能界に大きな位置を占める宝塚歌劇団の俳優養成過程の矛盾の表れなど宝塚歌劇団固有の側面もある。しかし問題の重要性にもかかわらず、マスコミやインターネットの議論は、正確な情報に基づく冷静な議論とは言いがたい面も多かった。日本演劇界の重要事件の歴史的資料としても、裁判記録など資料の公開が望まれた。
筆者は関西地区で演劇研究に従事する者として早くからこの裁判に関心を持ち、裁判の傍聴や裁判記録の閲覧、各種資料収集を行ってきた。このような活動を通して、会員である国際演劇評論家協会(AICT)日本センター関西支部の機関誌『Act』20
号(2011 年7 月)に「宝塚音楽学校96 期裁判を考える−書評『ドキュメント タカラヅカいじめ裁判』」を発表し、本誌『近現代演劇研究』の発行母体である日本演劇学会分科会近現代演劇研究会の2011
年12 月例会で「宝塚音楽学校96 期裁判について」と題する報告をおこなった。
また資料収集の過程で原告の弁護士や原告の両親と面談する機会を得て、それを公表する許可も得ることが出来た。ただしインターネット上で公開すると無制限に拡散し原告や同級生を傷つける可能性があるので公開は印刷媒体に限る、公表以前に原稿をみせる、という条件がつけられた。
本来、もっと早く裁判記録を公開するつもりだったが、裁判記録全体を公刊すれば膨大な量となり、それが物理的経済的に可能か、取捨選択するとすれば何を選ぶべきか、原告側資料は公開許可を得ているが被告側(宝塚音楽学校および裁判に関わった96
期生)資料を同意無しに公刊できるか、などの問題を簡単に解決できなかった。特に被告側資料は、裁判での被告側の態度からみて公刊許可を求めても、とても同意が得られるとは思えなかった。そのほか各種の事情があり、公開許可を得ていながら今日まで資料公開ができなかった。そのことがずっと心に残っていたが、今回、本誌の編集を担当することになったのを機に、筆者の責任で最も基礎的な裁判資料である訴状を本誌で公開することにした。訴状で、原告主張の基本内容を知ることができる。本誌は現時点で掲載論文のネット公開をしていないことも、本誌を発表媒体に選んだ理由の一つであった。原告弁護士や原告両親から公開許可を取り付けてからかなり時間が経過していたので、今回の公開にあたって改めて同意を得た。
公開にあたって、個人情報保護と本誌紙幅の制限により、以下の点について原文を加工した。
1.原文では原告などは実名だが、原告は原告とのみ記し、頭文字なども用いなかった。個人情報を推測させる地名などは、すべて(略)とした。
2.被告側関係者も実名で記されているが、音校職員などは著名な者も含めて乙1、乙2、乙3・・、96
期生はA、B、C・・と記号化した(乙は裁判用語で被告を表す)。
3.紙幅の圧縮のため、原文の空き行を詰めた。原文のアラビア数字は全角だが、すべて半角とした。後半の仮処分裁判判決引用部分のうち、大阪高裁判決文引用は、一審神戸地裁判決文とほぼ同趣旨のため省略した。文末の添付資料リストは、仮処分裁判判決文などのため省略した。
これ以外は原文のままである。神戸地裁保存の記録は裁判終結から5年以上たち、すでに廃棄されている。原告側、被告側には裁判資料が保存されていると思われるが、それらは私物であり簡単に閲覧出来るものではない。事件からすでに10
年以上が経過し、原告は現在は一般人として平穏な生活を送っており、96 期生も多くはすでに宝塚歌劇団を退団している。この事件はすでに歴史となったが、本資料の公開によって読者が事件から教訓を汲み取り、宝塚歌劇団研究、演劇教育研究の双方が進展することを望んでやまない。
*すでに『近現代演劇研究』12号が発行されたので、【解題】を転載する。訴状本文は解題に記した理由により、ネット公開しない。『近現代演劇研究』11号は国会図書館(東京館・関西館)に収録されているので、訴状本文の閲覧を希望する人は国会図書館で閲覧していただきたい。国会図書館は会員登録(無料)すれば、文献複写郵送サービスもおこなっている。なお複写した訴状本文をネット転載することは、個人情報保護と著作権保護の関係でお控えください。