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遺産
[試食品/SF ショートストーリー]
Ver 1.0.0 (2004/01/22〜)


  遺産


 いつ戦争が始まるのか――
 このところ俺たちの話題はそればかりだ。
 今日も食堂のあちこちのテーブルで徴集
兵たちが酒やデザートを賭けて開戦日時を
予想している。
 もし戦争が始まれば、この星を二分する
勢力同士の戦いだ、ただでは済まない。い
まだ和平交渉が続けられてはいるが、交渉
の当事者でさえ、このまま丸く収まるとは
思っていないだろう。
「戦争は御免だが、最近メシの量が増えた
のは嬉しいね」などと俺たち新参兵が暢気
に笑っていると、隣にいた古参兵がニヤニ
ヤしながらこんなことを言って脅す。
「つまりは前線送りも近いってこった。最
後の晩餐だ、せいぜい食っとけ」
 と、壁のディスプレイに電源が入って昼
のニュースが始まった。昼休みのテレビも
食事のボリュームアップと共に最近始まっ
たサービスのひとつだ。
《最初は、先日発見された古代文明の遺物
に関するニュースです》
 アナウンサーのセリフに俺はおやっと思
った。戦争以外のニュースがトップ項目と
は珍しい。
《我々の星をめぐる四つの環のうち最も外
側のD環に属する小惑星から、厳重に保護
された状態で発見された物体は〈シーディ
ー〉と呼ばれる一種の記憶媒体であること
が分かりました。古代の人々がその中に残
した情報は意外なものでした。まずはこれ
をお聞き下さい――》
 アナウンサーの声に続いて、解読された
データがスピーカーから流れる。
“イエスタディ……”
 歌。人の歌声だった。
 男が歌うその歌詞は聞いたこともない言
葉で、まるで意味は分からない。その旋律
も、これまでに聴いたどんな音楽とも似て
いない。だが不思議に心奪われる歌だった。
俺ひとりではなく、食堂にいる兵士のすべ
てが初めて耳にする音楽に聴き入っていた。
 最初の曲に続いて、解読された太古の音
楽が次々と再生される。ビートルズ、バッ
ハ、モーツァルト――そういった人々がこ
れらの素晴らしい作品を作ったのだと言う。
 ニュースは次の項目に進んだ。例によっ
て緊迫する世界情勢のニュースだ。今日も
あちこちの国境線で小競り合いが起きてい
た。
 俺は兵士全員に支給されている汎用レシ
ーバーで、いま終わったニュース項目を呼
び出し、もう一度太古の音楽を再生した。
支給品の装備を私的に使うことは禁止され
ているが、あとで大目玉を喰らおうと俺は
気にしなかった。
 俺は太古の、しかしまったく新鮮な音楽
に耳を傾けながら窓の外に目を向ける。
 青空を斜めに横切って、色と太さの違う
四本の線が巨大な虹のようにかかっている。
俺たちの星のまわりを巡る、岩と塵が寄り
集まった環――この素晴らしい音楽を生み
だした古代文明の成れの果てだ。
 遥かな過去、高度な文明を築いた俺たち
のご先祖様は惑星全土を巻き込む大戦争を
起こした。争いは止むことなくエスカレー
トし、最終的に自分たちの惑星そのものを
粉々に砕いて消滅させてしまった。
 そのハルマゲドンを生き延びた僅かばか
りの人間が移住した当初、この星に青空な
んてものはなかった。彼らは水と大気を一
から作り出し、不毛の地を開拓して、よう
やく失われた母星と同じ青い空と海と緑の
野山を作り上げたのだった。
 汎用レシーバーのヘッドホンからは〈田
園〉とタイトルのついた曲が流れている。
 この曲を作ったベートーベンという男は
当然、この星の現在の姿など知らなかった
はずなのに、軽やかな旋律はまるであつら
えたように窓の外の穏やかな風景と調和し
ている。
 この音楽を聞いただけでも、この芸術家
が生きた星がいかに素晴らしいものだった
か分かる気がする。しかし、もはやその星
は存在しないのだ。
 パンッ――と突然、窓の外で上がった音
に夢見心地から引き戻された。銃声だ。
 ついに戦争が始まったか!
 しかしどうも様子がおかしい。慌てて立
ち上がったのは自分ひとりで、周囲の連中
は落ち着いたものだ。いや、そうではなか
った。静かな興奮といったようなものが満
ちている。
 すべての視線が壁のディスプレイに注が
れている。入ったばかりの速報原稿をアナ
ウンサーが興奮気味に読んでいる。
《それでは双方の和平使節団長の会見をご
覧下さい》
 画面に微笑を浮かべた二人の男が映った。
俺たちの陣営と相手方の和平使節だ。相手
方陣営の使節が穏やかな声で話す。
《大きな過ちを犯し、地球という母星を滅
ぼしてしまった我らが祖先は、しかし素晴
らしいものを残してくれました。音楽です。
この美しい遺産は百万言よりも雄弁に、月
に生き延びた我々に語りかけています――》
 なるほど。さっきの銃声は浮かれた誰か
が撃った祝砲だったのだ。
 戦争回避というテロップが画面に重なり、
喜びに沸く各地の様子が映し出された。
 俺は目を閉じてヘッドホンから流れる遺
産に意識を戻した。

                (了)


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齋藤ケン坊 jofutsu@yahoo.co.jp

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