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「メルヘン紀行」新潟日報書評


にいがたの一冊

メルヘン紀行

風景の思い深く
 

 「川は練り絹の風の揺り篭だ」―冒頭の一文にいざなわれるように、みやこうせい氏の言葉の海に乗り出した。
 美文である。美辞麗句を並べたよそよそしい文章ではない。愛憎と詩情あふれる文の列なりに、私はすっかり酔いしれてしまった。これからは川を見るたび私も同じ言葉を眩くだろう、「川は……風の揺り篭」と。湖に行けば、ああ、これが【大地のひとみ」と湖面を見やるだろう夏せみは「じらじら」と鳴き、山は「ぎんがぎがが」と光り、湖に降る雪は「チッ!」と舌打ちして波間に消えるだろう。
 氏は人を思うように風景を思う。風景に恋し、風景を求め、いつしか風景と一体化している、本書は氏と風景とのすこやかな交情から生まれいでた夢のような本なのである。
 みやこうせい氏はエッセイスト・フォトアーティスト・翻訳家。数力国語を自在に操り、自由に地球を歩き回る氏が、日本の「季節の花、まつり、風土を追って北から南まで」を旅してつづった。
 極限まで練られた日本語が、日本の風景とそこに暮らす人々を生き生きと描き出す。日本はこんなに広くそして深かったろうか。日本語はこんなにも美しい言葉だったのか。
 「抒情にしとど流されるロマンの旅」の途上に、秋山郷は登場する。津南から中津渓谷に沿って秋山郷に至る道。氏は道端に揺れるコスモスの「淡くはかなげな透いた桃色を胸の地図にそっとはりつけ」、前方にまぶしくひろがるすすきの原が、太陽のかげんで「ぎらり」かがやくのを「銀色の短剣をふりかざす一団」と見て、「星月夜(ほしこぼれ)にはいかに」と想像する。氏の前に無防備に身を横たえる秋山の野や谷や川たち。
 だが氏が見ているのは自然の風景だけではない。山の中の小さな集落の、ささやかな稲田や家の周りの可憐な花にも、それらを「営々としてきずいた」人々の思いを感じ取り、そこに「人の一心な生き様」を見るのである。
 庭先で豆を打っていた老女が、氏のために「のよさ節を披露してくれる。つぶやくように唄い始めたのよさの哀しい調べが夕闇に流れる。遠い日と重なる郷愁の風景。
 七十余点の写真は、写真集「北上川」や詩集「光る砂漠」〈矢沢宰―見附出身―著)の写真家園部澄氏のもの。
 文章も写真も、自然や人のいい表情を伝えて、今の今まで忘れていた感情を思い出させてくれる。憧かしく美しく、酔わせる一冊である。

 山下多恵子(国際啄木学会会員・「北方文学」同人

みやこうせい著
未知谷 (2310円)

新潟日報 平成17年7月31日(日曜日)
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