ユカいなくなった次の朝。
 シンジは久しぶりにキッチンにいる。結婚後シンジが調理をする機会は極端に減った。
家庭に入ったアスカは、ユカが産まれたあと、シンジがキッチンに入るのを禁止したのだ。
実際会社も忙しいシンジはたすかっていたが、アスカはアスカなりにママの姿をユカに
見せていたのかと、いまさらながらに思う。
 アスカは起きたときからぼーっとした表情で魂が抜けたようだった。みかねたシンジが
リビングに連れて行き、かわりにシンジが朝食を作っている。久しぶりだったが体は覚えている
らしく、わりとスムーズに仕上げていくことができた。

「アスカ、できたよ・・・って、あれ?」

リビングにいるはずのアスカがいなかった。もしやと一瞬慌てたが、あたりを探してみると、
ユカの部屋のドアがあいている。シンジが向かうとアスカは、
ユカのランドセルをじっと見つめていた。

「アスカ・・・。」

シンジの声にアスカが気づく。

「シンジ・・・。」

アスカはランドセルをなでてみる。そのときランドセルから飛び出した筒のようなものが
シンジの目に入った。

「なんだろ、これ。」

「さあ・・・。」

「あけてみようか?」

「・・・うん。」

アスカが筒のふたを抜いてみると、中に紙が入っている。
気をつけてそれを取り出し、広げてみる。

「賞状?」

シンジとアスカは、じっとそれをみつめていた。








family 〜後編〜









 夕食の食器を洗い終わった綾波は紅茶を入れるためにお湯を沸かしている。食器棚から自分のと
ユカの分を取り出す。
 ユカがここに来てからすでに5日経過していた。綾波はリビングにいるユカをそっとのぞいてみる。
ユカはテレビを見ていたが、何かほかのことを考えているようにも見えた。

ピンポーン

ドアホンが鳴る。

「あたしが出る!」

言うがはやいかユカは飛び出すようにドアに向かう。
しかし、しばらくして今度は元気なく戻ってきた。

「なんだったの?」

「ん・・・粗大ゴミのお知らせ。」

声をかけられたユカは綾波に微笑みかえすが、少し無理があった。元の位置にもどったユカだったが、
もうテレビを見ていなかった。
綾波はできた紅茶をテーブルに置くが、ユカはそれに気づかない。

「どうしたの?」

綾波が心配そうに問い掛ける。

「・・・なんでもないよ。」

なにかあるような顔でユカが答える。

「ママのこと考えてたんでしょ?」

「ち、ちがうわ!あんなママのこと。」

そういったユカだったが綾波の心を見透かされそうな瞳に、思わず目をそらしテーブルの紅茶に口を
つける。

「あつっ!」

紅茶の熱さに思わずカップを口から遠ざけた反動で、手に熱い紅茶がかかってしまった。

「あらあら、たいへん!」

綾波はタオルを取り出し手を拭いてやると、紅茶のかかった手を両手で包み込む。

「ごめんなさいね、熱かったの言わなくて。」

「いえ、いいんです。」

「水で冷やしとこうか。」

「大丈夫です、手が冷たいから。」

「・・・そう・・・。」

「?」

綾波の声が妙にひっかかったユカは自分の言ったことの重大さに気づいた。

「ご、ごめんなさい!」

手を引っこめたユカは綾波の顔を見ることができなかった。すると綾波がユカの手をとると、
さっきと同じように両手でユカの手をつつんだ。

「ユカちゃんの手は暖かいわね。」

ユカはその言葉がいやみに聞こえて、うつむいてしまう。

「きっと、心も温かいのね。」

「えっ?」

思わず顔を上げるユカ。

「大好きな人がいるから、心が温かいのね。大好きな人がいるから、その人を大切にしたいから
自分の心を大切なものでいっぱいにして、その人にあげようとおもうの。だから自分の心も大切な
気持ちでいっぱいになって、温かくなるの。」

「・・・・・・・。」

「ママのこと好き?」

「ママは・・・きらい。」

「うそ・・・。」

「うそじゃない!」

「さっきもママのこと考えてたんでしょ。」

ユカは綾波の顔が見れない。

「ベルが鳴ったとき、ママが来たって思ったんでしょ。嫌いだなんて言って、そんな自分が
いやなんでしょ。」

ユカはもうなにもいえずにいた。

「だからうそはだめ。自分の大切なもの見失っちゃだめ。ユカちゃんが冷たくなったら、ママまで
冷たくなるわよ。」

「・・・大丈夫、ママはわたしのこときらいだから。」

「そんなことないわ、・・・ユカちゃんは知らないと思うけど、いつも夜遅くにママから電話が
かかってきてたのよ。」

「!?」

おもわず綾波に振りかえるユカ。

「ユカが風邪をひいてないか、迷惑かけてないかってすごく心配してるのよ。」

ユカには信じられなかった。

「・・・じゃあ、どうしてママは来てくれないの?」

「ユカちゃんといっしょ。ママもユカちゃんに嫌われていると思っているからよ。」

ユカの心がぎゅっとなり、熱くなった。

「だから大丈夫、ユカちゃんが正直になってくれればいいの、ママはいつもユカちゃんのことを
大切に思っているんだから?」

「おねえちゃん!」

たまらずユカは綾波に抱きつく、ながした涙はとまらず、体も心も震えがとまらないが、綾波が
そっと抱き寄せる。

「わたし、ママのこと好き!好き!大好き!ううっ、ううっ。」

綾波はユカのことばにうなずきながら、ユカの頭をゆっくりなでてあげていた。








「いいの?ここまでで。」

「うん、あとは1人でも平気。」

次の日の朝。綾波は駅までユカを見送っていた。

「気をつけて帰るのよ。」

「うん。・・・あの、ご迷惑かけてすみませんでした。」

「いいのよ、気にしないで。」

「・・・あのー。」

「なに?」

「・・・昨日のおねえちゃん・・・とってもあったかかったよ。」

その言葉に綾波は一瞬おどろいた感じだったが、少し顔を赤くして、ユカにやさしく微笑んだ。

「また、来ていい?」

「家出しに?」

「ううん、今度はパパとママと一緒に。」

「・・・うん。」

すこしの間だったが、ユカはもう1人大切な人が増えたような気がした。
発車のベルが鳴る。

「それじゃあね、ユカちゃん。」

「うん、バイバイ。」

小さく手を振るユカ、それにあわせて綾波も手を振る。
空気が抜ける音とともに、ドアが閉まる。ゆっくりと電車が動き出すと、ユカは客室にいって
窓を開け、顔を外に出した。

「絶対に来るからね!」

その言葉が綾波に聞こえたかはわからなかった。ただ綾波はユカの乗った電車が見えなくなるまで、
ずっと手を振っていた。








 電車を降り、改札を出ると見慣れた町並みがあった。ふと現実に戻された感じがしたユカはいまさら
ながら家に帰ることを躊躇していた。

「ユカ。」

後ろで呼ぶ声が聞こえて、振り返るとシンジがそこにいた。

「パパ!」

シンジのところにかけよるユカ。

「あの・・・私・・・その。」

シンジの前にたち、あやまろうとするがなにかが足りないような気がして、よけいになにも
言い出せないでいた。すると、シンジがゆっくりとユカの肩を抱く。

「帰ろうか。」

「・・・うん。」

ユカはほんの少し微笑んだ。








「ちゃんと言えるね、ユカ。」

「・・・うん。」

ドアの前でユカはこれ以上なく緊張していた。シンジがドアのボタンを押すとシュッっとドアが開いた。

「ただいま、帰ってきたよ。」

その声で早い足音が帰ってくる。その足音にユカもそわそわしてきた。
ユカの前にアスカの姿が見えると、ユカは少し身じろぐがすぐ後ろのシンジがそれをさえぎる。
まともに顔をみれないユカだったが、すこし顔をアスカに向けると、自分を強い目で見られていた。

「あの、ママ・・・。」

今のアスカの表情の強さ、そして自分のやった罪の深さに押しつぶされそうで声が出ない。そんな
ユカにしびれをきらしたか、アスカが右手を振り上げる。

「ひっ!」

身を縮めてビンタの衝撃に耐えるユカ。しかしいつまでたってもたたかれなかった。変に思ったユカの
頬にそっとアスカの手が触れる。ユカがそっと目を開けてみると、涙を流したアスカがいた。

「もう、ママを心配させないで・・・。」

頬からつたわる手のぬくもりに胸を熱くするユカのいつのまにか涙を流していた。

「ママ、ユカのこと愛しているから。」

アスカは左の手でもユカにふれるとゆっくり顔をなでる。

「ごめんね、あんなこと言って。」

アスカはユカを力いっぱい抱きしめる。その包まれた腕の強さにユカの気持ちが爆発した。

「ごめんなさい、ママ、ママ。」

「ごめんね、ごめんね、ユカ。」

ユカもアスカを抱きしめる。アスカもユカももう離したくなかった、大切な人を、愛しているひとを。
本当に「家族」と思える瞬間をもう無くしたくなかった。








アスカとシンジはユカにつれられ、市民会館にきていた。

────全国小学生絵画コンクール────

全国から集まった小学生の作品から優秀作を展示していた。

「パパ!ママ!こっちこっち。」

昨日とは別人のように明るいユカが二人の手を引っ張っていく。

「ちょっと、他の人のも見たらいいじゃない。」

「だーめ、まずあたしの!」

ユカの部屋にあった賞状はこのコンクールからもらった賞で、その絵も展示されていたのだ。
目的の「高学年の部」のスペースにつくと今度は二人を立ち止まらせるユカ。

「ちょっと待っててね。」

そう言って、自分だけスペースの中に入っていくユカ。

「ユカって絵がうまかったんだね。」

シンジは関心していた。

「あたしも知らなかったわ、家でそんなところ見たことなかったもん。」

アスカも同じだった。

「どんな絵なんだろうね。」

「さーね、どっかの文化財とかそんなものじゃないの?」

そんな話をしているとユカが手招きをしている。
二人がユカもとに向う。

「どれなの、ユカ?」

アスカが聞くと、ユカは少し照れたようすで、絵のほうに指をさす。

「これっ。」

指先の方向の絵を見た瞬間、二人ははっと息をのむ。

「うそ・・・。」

アスカが思わずつぶやく

──── 高学年の部・佳作・「母」────

キャンパスには、オレンジの色を基調として椅子に座ってこちらを向いたアスカがいた。
その顔は、ほんの少し微笑んでいるようだった。

「これ、ユカが描いたの?」

「なにいってんのパパ、あたりまえじゃない。」

シンジは信じられない顔をしていたが、アスカはそれ以上に信じられなかった。
モデルになった覚えもなければ、そんな絵を書いていたことすら知らなかったからだ。
ユカがすべて自分の想像で描いたものだった。
アスカはユカのほうをみる。ユカは照れながら、少し不安な表情をみせる。そんなユカの頭を
アスカは優しくなでてやる。

「ありがとう、ユカ。ママうれしいわ。」

アスカは目が潤んでいた、あらためて知ったユカの気持ちに、胸が熱くなる。

「あっ、ユカちゃん来てたんだー。」

ユカの友達もコンクールにきていた。

「おめでとー」

「ありがとー」

「ユカのお母さん、そっくりだね。」

「そー?よかった。」

「ユカのママきれい!」

「すごいよねーユカ、うちの学校で1人だけだもんね。」

「ユカちゃん、本当におめでとー」

いつしかユカの周りには友達が輪を作って、ユカを祝福していた。それをみたアスカは思わず
シンジの肩で泣いていた。

「どうしたの、アスカ?」

「うれしいのよ、あの子あんなに友達がいっぱいで、よかった、よかった。」

「そうだね、ほら泣いてないで、みんなから変に思われちゃうよ。」

シンジにそういわれて、アスカは涙を拭くと、友達に囲まれて楽しそうにしているユカの姿を
そっと見守っていた。








「なんか考えすぎだったのかなあ。」

寝室のベットでアスカが独り言のようにつぶやく。

「なにが?」

隣にいるシンジが聞き返す。

「ユカのことよ。こっちがいろいろ考えなくても、子供は子供なりにうまくやってるのかなって。」

「うーん、ユカももう6年生だからね。」

「でもあたしの知らないユカがいたなんてちょっとショックだな。」

「そうかなー。」

「あたしさ、やっぱり自分の子供のころって幸せじゃなかった。だからユカにはそうならない
ようにって思ってたのに、いつのまにか自分と同じことさせてた。幸せになれないって
わかってたのに・・・。」

「・・・・・・。」

「やっぱり、母親失格だったのかなあ。」

「そんなことないとおもうよ。だっていままで一度もやったこともないことしてるんだから、
わからなくてあたりまえだと思うし。」

「・・・あたしたちの時もそうだったのかな?」

「えっ?」

「あたしたちのパパとママよ。やっぱりわからないなりに私たちを育ててたのかなって・・・。」

そういったアスカもシンジもそれ以上言葉が出なかった。どこか避けていた自分の親のことが
いまになってわかってきたような気がしてきた。

「なーんかユカに教えられた感じね。」

悔しそうでどこかうれしそうなアスカ。

「で、わかったの?ママのやり方。」

「うーん、まだわかんない。・・・でもあの子がきっと教えてくれる。」

「うん、それが家族ってことじゃないかな」

「そっか、家族か。」

その言葉にシンジもアスカもうれしくなってくる。求めていたことを見つけたように、
今この雰囲気を二人は幸せそうに味わっていた。











「パパ、ママ、どお、似合う?」

新しい制服に身をつつんだユカがうれしそうに二人にみせている。

「似合うよ、ユカ。」

「なんか、なつかしいわね。」

あのあとシンジとアスカとユカは今後のことを3人で話し合った。そのときに、ユカが

「パパとママと同じ中学校に行きたい。」

と提案したのだ。第3中学なら試験はないからそのまま進学できる。私立をすすめていた
アスカもユカがそうしたいならと、あっさり許可した。

「でもなんで同じ中学がいいの、ユカ?」

ユカはちょっと顔を赤くしながら、

「うーん、パパみたいな彼氏を作るためかなー。」

思わずシンジもポッとなる。

「あーだめだめ、シンジは優柔不断で男らしくないし、こんな男はやめときなさい。」

「ひどいな、アスカ。ぼくだって、アスカとユカだったらユカを選ぶな。」

「なんですってーー!」

「ちょっと、ちょっとパパもママもけんかはやめて。」

シンジの口をひっぱるアスカ。ユカもあわてて止めに入った。

「もうママったら、やきもち焼いちゃって。」

いじわるくユカが言うと、アスカはぷいっと横をむく。向いた拍子に時計が目に入った。

「・・・ちょっと、ユカはやくいかないと遅刻よ。」

「ほんとだ!始業式から遅刻ってやばい感じー!」

「ユカ、車とかに気をつけて。」

玄関までユカを見送る二人。

「じゃあ、いってきます。」

「いってらっしゃい。」

「いってらっしゃい。」

ユカは学校にむかって全力疾走する、どうやら本当にやばいらしい。

「まったく、彼氏を作るだなんてユカも色気づいちゃって。」

「でもユカなんか急におとなっぽくなった感じだね。」

ユカを見送りながら、今の幸せをかみしめる二人。

「もうすぐ、お姉さんになるもんね。」

アスカはおおきくなった自分のおなかをさする。

「つぎは男の子かな?」

「さーね、でも男でも女でも私は幸せにしてあげたい。あたしがあの子のおかげで
やっと自分じゃない、人のためになにかしてあげたいって思えるようになったから。」

「うん。」

シンジはアスカのうしろから、そっと抱きしめる。

「なに?」

「いや、アスカも急にママらしくなったかなって。」

「まったく、うちにはおっきい子供がいたわね。」

アスカはあきれた顔でシンジを見る、シンジも思わず顔を赤くしてしまった。

「もーシンちゃんはあまえんぼさんねー、ママのおっぱいのむ?」

「バ、バカッ!」

「ハハハハハ、あかくなってやんの。」

「もう、・・・ハハハ。」

手をたたいて笑うアスカ、つられてシンジも笑い出す。

もう、つらくはなかった。こころのなかにぽっかりと空いた隙間が、少しずつ
少しずつ、満たされていった。ここから始まる絆をいつまでもつなげていきたい
そう思ってやまない、ふたりだった。




A.D.2033

またひとつ、家族がうまれた。





(おわり)



あとがきにかえて

みなさん、こんにちわ。
まずは読んでくださいまして、ありがとうございました。
約2年半振りですね(^^;)
takeoさんには「書きますから」「書きますから」と言いつづけての2年半(爆)
ご迷惑をおかけしましたm(_ _)m
今回のお話はかなりディープでしたが、みなさんが一度は悩む事柄だと思います。
ましてやシンジとアスカならなおさらではないかと。
一応僕なりに考えた結論がこれです。
もしよろしければ、感想などいただけると嬉しいです。
最後に読んでくださった皆さんと、この場を提供してくれましたtakeoさんに
お礼申し上げます。
ではまた。



ゆきうらさんに頭の上がらないtakeoのコメント

いや〜、投稿を頂くなんて、何年振りでしょうねぇ……(笑)
思わず遠い目をしてしまいましたが、ゆきうらさん、本当にありがとうございました!

今回のテーマは、やっぱり「家族」ですね。
家族って難しいですよね。ワタシのようにイイ歳になってきて、周りも子持ちが珍しくない
ようになってくると、改めてそう思います。
親もねー、親をやるのは初めてですしねー(笑)
子供も子供をやるのは初めてなんですよね。
それが、「家族」なんでしょうね。きっと。
そんなコトに改めて気付かされた、本作品です。
いやいや、読み応えがありました。うん。





皆さん、ゆきうらさんへ、是非感想メールを!


ゆきうらさんへのメールは ゆきうらさん [yukiura@mb.infoweb.ne.jp]






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