"No Fear!" 50000Hit記念小説



  転校生



  高嶋栄二






「はじめまして、霧島マナといいます。」

そう名乗った彼女は、短い髪を軽く揺らしながら綺麗な笑顔を振り撒いた。
まるでこれからの新しい生活に、希望を膨らませているかのように・・・・


ふぅん、案外性格の良さそうな娘じゃない・・・・

大して気乗りのしない顔をして、転校生を横目で見やる。
それもそのはず。
赤みがかった長い髪の先を行儀悪く口に咥えた少女には、それ以上に気になる
存在があったのだ。
気になる・・・と言う程度の次元ではないのかもしれないが・・・・

そして彼女はすぐに視線を転校生から彼の元に向ける。
彼は短くした黒髪とまだ子供らしさを多分に残す繊細そうな白い顔を持っていた。
が、彼女が愛したのは彼の外見ではない。
まさに彼の繊細で優しい心が、頑なな彼女の心をも解きほぐしたのだ。
しかし、彼はまだはっきりとわかっていなかった。
彼女の心の中を見るということが、彼女にとってどういうことを意味している
のかを・・・・

「シンジ・・・・」

誰にも聞こえない声で、彼女はそうつぶやく。
クラスのみんなが彼女でなく、新しくやってきた転校生を見ているから、こう
いう顔をしていたのだ。いつも他人の注視を受ける彼女にとって、彼への想い
を周囲に明確にした昨今でさえ、切ない想いを垣間見せるような表情はしなか
った。

「・・・・」

シンジという彼も、彼女の視線には気付かなかった。
しかし、それは無理もないことだ。
好奇心いっぱいの中学生にとって、転校生が来たと言うのにそれに注目しない
という方がどうかしているくらいだった。

彼は他の大勢と同じく、霧島マナと言う転校生のことを見ている。
確かに興味がなくはないものの、それほど強い印象を感じたようには見受けら
れなかった。
彼女はそれを見て安心すると同時に、一人の存在に気がついた。
他の誰もが転校生を見つめている中、自分と同じくある他の存在にしか興味を
示さない少女・・・・

しかし、彼女にとって、それは意外な事ではなかった。

綾波レイ・・・・

自分とは近しい存在。
そして、同じ人を愛している・・・・・
そのレイと言う少女が見つめているのも、シンジという少年だった。
しかし、今の境遇は、彼女と大きく異なっている。
彼女が彼とは遠く離れたところに座っているのに対して、レイと言う少女の席
は、彼のすぐ隣であった。それが彼女には口惜しく、そして不安を掻き立てる
ことであった。

「じゃあ、霧島さんは・・・・そうねぇ、そこ!!丁度アスカの隣が空いてん
じゃない。取り敢えずそこに座ってくれる!?」

若い美人の先生にそう言われたマナは、指差された方に視線を向けた。
そして、先生が言った空いている席を見、新しく決められた自分の席の隣に座
っている、アスカと言うクラスメイトを見た。

「・・・・」

マナはその時の光景を、それ以後もずっと忘れなかった。
自分ではなく別の方向をじっと見つめている、彼女の表情を・・・・

それまで人がこんな顔をするところを、彼女は見たことがなかった。
そして自分でもそんな顔をしたことがないと思った。
それはまさに、恋するものだけが見せることの出来る、そんな表情だったのだ。

しかし、それは一瞬で掻き消えた。
アスカと言う少女は、すぐに自分に注目が集まったのに気付き、いつもの強気
で明るいアスカに戻した。それはアスカにとって、いつものことであった。

「いい、霧島さん?」
「え、ええ・・・」
「じゃあ、席に着いてちょうだい。細かいことは、隣のアスカに聞いて。」
「は、はい、わかりました。」

マナはそう応えると、自分の席に向かった。
そして席に着くなり、アスカがマナに声をかける。

「アタシが惣流・アスカ・ラングレー。よろしくね。」
「よ、よろしく。霧島マナです。」

まるでさっきとは別人みたい・・・・

マナは心の中で驚いていた。
アスカの見せる強気な態度は、さっき見た恋する乙女とは正反対であった。
まるで、絶対に男なんか信じないというような、そんな雰囲気さえ醸し出して
いた。

そしてマナは、もう一度あの時の彼女が見たいと、心の中で強く願った・・・


アスカはやさしく隣の自分に教科書を見せてくれた。
マナはそれをやさしさだと思っていたのだが、アスカにとっては違っていた。
アスカにとってのマナは、自分の隣の席に来た娘だという印象しかなく、教科
書を見せたというのも、して当然の、義理の範疇でしかなかったのだ。

「ありがとう、惣流さん。」

休み時間になって、ようやくアスカと歓談の時間を持つことが出来ると思った
マナは、まず教科書を見せてもらったお礼を述べた。

「いいのよ、別に大した事じゃないから。」
「そう・・・ですか?」
「そうなのよ。それよりアンタ、その惣流さんっての、やめてくれない?」
「えっ・・・?」

マナはいきなり自分のことを「アンタ」と呼ばれたことに驚き、そしてその後
アスカの言葉の内容に驚いた。しかし、アスカはマナの驚きも覚めやらぬうち
に、畳み掛けるように言った。

「アタシのことはアスカって呼んでちょうだい。みんなそう呼んでるから。い
いわね?」
「え、あ、はい・・・・」
「じゃあ、そういうことだから。」

アスカはさっさとマナとの話を切り上げると、いつものように彼の元へと駆け
寄った。

「シンジ〜!!」

アスカは彼と離れ離れになっていた時を埋めようと、元気よく彼の名前を呼ん
で、自分が彼の元に帰ってきたことを訴えかけた。

「シンジ、か・・・・」

マナは知った。
さっきアスカが向けていた視線の先には、シンジと言う彼がいたことを・・・・

マナはアスカ達の輪の中に加わりたかった。
が、他のクラスメイトがマナを放さなかった。
そして転校生にはお馴染みの質問攻めにあっていた。
こうしてマナにとって転校して最初の休み時間は終わった・・・・

アスカはさっきと同じく、マナに教科書を見せてくれた。
しかし、これもさっきと同じく、マナと個人的な会話をしようとはしなかった。
そしてこの二時間目になって、マナはようやく気付いた。
アスカの意識が、自分はもちろん、教科書にも先生にもなく、ただ彼の元にあ
ることを・・・・
さすがにホームルームの時ほどはっきりとではないが、アスカは時折ちらちら
と彼の方に視線を向けていた。それは本当に微妙なもので、アスカを観察しよ
うという意図でもない限り、そうとわかるものではなかった。
しかし、マナはずっとアスカのことを気にし続けていたので、そしてアスカの
相手である「シンジ」に興味を覚えていたので、そんなアスカに気付いたのだ。

「あ、あの・・・・」

授業が終わって休み時間になると、マナは勇気を持って、アスカに話し掛けよ
うとした。しかし、それはかなり小さな声であったので、シンジにしか意識を
向けていないアスカには届くはずもなかった。
そしてまた、マナは大勢のクラスメイトに囲まれることとなった。
しかし・・・・

「霧島さん?」

そばかすのあるおさげの女の子が、マナの前に現れた。
他のクラスメイトが彼女に場所を空けた為、マナもこの少女は他の人達とは違
うと悟って、少し身構えた。すると、そんなマナのわずかな変化を素早く察知
して、その女の子は微笑みながらやさしく言った。

「そんな身構えなくてもいいわよ。あたし、洞木ヒカリ。このクラスの委員長
をしてるの。よろしくね。」

ヒカリと名乗るその少女は、そう言ってマナに手を差し出した。

「よ、よろしく・・・洞木・・・さん。」

マナは「洞木」という聞きなれない名前に戸惑いながら、差し出された手を取
り握手した。ヒカリもそういうのには慣れっこなのか、大して気にした様子も
なく、マナに言う。

「ヒカリって呼んで。女の子達はみんなそう呼んでるから。」
「女の子達・・・?」
「そう、男連中はあたしのこと、委員長って呼ぶのよ。ヒカリって言うちゃん
とした名前があるのに・・・・」

ヒカリはそのことに不満があるようだった。
しかし、初対面の自分にそういう話をしてくれたヒカリに対して、マナは少し
だけ心を許した。そして、他のクラスメイト達とは一線を画す存在として、ヒ
カリを位置づけたのであった。

「でもね・・・・一人だけあたしのこと、洞木って言う姓で呼んでくれる男の
子がいるのよ。」
「そう・・・なの?」

マナはヒカリに興味を覚えた矢先のことであったので、その一人の男の子が誰
なのか気になった。

「碇シンジ君って言う子よ。ほら、あなたの隣の席のアスカのすぐ側にいる・・・」

マナは驚いた。
ここでもまた「シンジ」と言う男の子が出てきたことに。
そして、すぐにヒカリの表情を窺う。
しかし、マナが想像した表情は、ヒカリの顔には浮かんでいなかった。

ヒカリはそんなマナをよそに、アスカ達の方を見ながら言う。

「まあ、このクラスでは一番目立つ男の子よね、碇君は。あなたもすぐにわか
ると思うけど・・・・」
「どういうこと・・・なんですか?」
「あたしはアスカの親友だし、碇君ともかなり親しくさせてもらってるから、
他人事とは思えないんだけど、碇君とアスカ、それからあの珍しい水色の髪を
してる綾波さんの三人が、色々ある訳・・・」
「・・・・」

マナも年頃の女の子。
ヒカリの言う「色々」というのがどういう事くらいはすぐにわかった。
そしてアスカのあの顔を見てしまったのだから、マナの想像はより確信へと変
わっていった。

「三角関係・・・・なの?」

ヒカリはいきなりはっきりとそう言われたので、少しだけ驚いて、視線をマナ
の元へ戻す。そして割と平静なマナの表情を見て安心したのか、静かにマナの
問いに答えた。

「まあ・・・はっきり言えばそういうことかな?でも、ただの三角関係じゃな
いんだけど・・・・」
「ただのじゃないって・・・?」
「まあ、普通じゃないってはっきり言えるのか、あたしにも難しいところだけ
ど、とにかく碇君が普通とは違うのよ。」
「・・・・」
「アスカも綾波さんも、碇君が好きなのには変わりがないし、二人ともそれを
隠してるわけじゃないんだけど・・・・」
「・・・その碇君が、他の女の子が好き、とか?」
「いや、そういう風に碇君がはっきりしていれば、アスカ達も取り敢えず落ち
着けるんだけど・・・・」
「・・・・」
「アスカが言うには、碇君って人を愛することを知らない・・・らしいのよ。」
「・・・・人を愛することを知らない・・・・」
「アスカも可哀想なのよ。あんなに碇君に想いを寄せてるのに、それが返って
来ないんだからね・・・・」

ヒカリはそう言うと、再びアスカ達の元に視線を向けた。
そしてマナは・・・・ヒカリの話を聞いている間も、ずっとアスカと、それか
らシンジのことを見つめていた。

人を愛することを知らないとはどういうことか・・・・?

マナにはよくわからなかった。
確かにマナはまだ初恋というものを知らない。
しかし、両親の愛情に育まれて育ったマナは、恋はともかく愛についてはなん
となく肌で感じて知っていた。

そしてマナはシンジを見る。
アスカとそれからレイと言う女の子と話をしながら楽しそうな顔をしている。
どう見てもただの普通の男の子にしか見えない。
どこにでもいるような、取るに足りない男の子にしか・・・・

しかし、現にあのぱっとしない男の子が、アスカとレイの二人を強烈に魅き付
けている。一体彼のどこに、そんな魅力があるというのか・・・・?
そして「人を愛することを知らない」とはどういう事なのか・・・・?

マナはいつのまにか、シンジに興味を覚えていた。
そしてアスカのこと以上に、シンジについてもっと知りたいと思うようになっ
ていた。

それが、霧島マナの転校して一日目の出来事であった・・・・・






50000hit記念投稿第一弾は、皆様おなじみの「かくしEVAルーム」の高嶋栄二さんです!
高嶋さん、ありがとうございました!!

いやぁ、いいですねぇ。まさしく高嶋さんの世界です。
なんとも言えない独特の雰囲気が、読む人の心を惹き付けます。
「かくしEVA」の大ファンである私としては、非常に嬉しい作品ですね。

しかも主人公は霧島マナ嬢です。
マナから見たシンジ、アスカ、レイ。そしてシンジに興味を持ち始めるマナ。
その心に、ぐっと惹き込まれてしまいます。

さてこの作品は、今までの高嶋さんのものとは大きく違う点が、一点あります。
それは何処でしょう?
解った方は、是非高嶋栄二さんに感想のメールを!
反響次第ではいい事があるかもしれませんよ?


高嶋さんのページは  かくしEVAルーム

高嶋さんへのメールは 高嶋栄二さん [hidden@mti.biglobe.ne.jp]






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