「雨・・・。水が降る事・・・。嫌いじゃない・・・。」

彼女は、教室の自分の席で頬杖をつきながら、窓の外を見ていた。

そこでは、7月になってもまだしつこく頑張っている梅雨が、雨を降らせてい た。

彼女は、雨の日が嫌いじゃなかった。

というか、水が嫌いじゃなかった。

自分が、溶けていくようなカンジが嫌いじゃなかった。

身も心も、溶けていってしまうような、そんな感覚が・・・。

嫌いじゃなかった。

だから、雨が嫌いじゃなかった。


"... with Rei."


「へえ・・・。綾波は、雨って好きなんだ・・・。」

シンジは、レイの独り言を耳にしたのか、そんなことを言いながら、彼女に近 づいてきた。

レイは、いきなり声をかけられたにもかかわらず、驚いた様子もなく、シンジ の方を振り向いた。

そして、コクリ、と無言でうなずく。

端から見れば、無愛想な事このうえない。

でも、シンジは、それが彼女に出来る精一杯だと知っていたから、うなずいた 格好のままうつむいているレイに、ニッコリと微笑みかけた。

うつむいているレイの白い素肌が、少し桜色に染まっていたように見えたのは 気のせいだっただろうか・・・?

だが、シンジはそんなことは気にもとめずに・・・。

というよりも、気付きもせずに、窓の外に目を向けた。

外は、あいも変わらず雨が降り続いている。

「雨の日も、確かにいいけど・・・。でも、明日は雨降って欲しくないな・・・。」

シンジは、ポツリ、とつぶやいた。

「なぜ・・・?」

シンジのつぶやきに、レイは、シンジを見つめていた。

そんなレイに、シンジは、

「だって、明日は七夕じゃないか。」

と、さも当然、という風に言う。

でもレイは、

「七夕って・・・?」

シンジの言う意味がわかっていないようだ。

その証拠に、シンジの、

「え・・・!? 綾波って、七夕知らないの・・・?」

という言葉に、レイは、

「知らない。」

そう、短く答えた。

そんなレイに、シンジはちょっと驚いたが、すぐに説明をしてあげた。

「七夕っていうのはね・・・。」

シンジは言う。

「年に一度、一組の恋人達が出会う事の出来る日なんだよ。」

「恋人達の、出会える日・・・。」

「そう、恋人達・・・。

夜空に輝く星々の中に、織り姫と彦星という一組の恋人達がいるんだ。

でも二人は大きな天の川の両岸に住んでいて、互いに行き来する事が出来ない。

互いの顔を見る事も、声を聴く事も出来ないんだ。」

「・・・。」

「でも、年に一度だけ、七月七日だけ。二人は、その大河を渡って、出会う事 が出来るんだ。」

「・・・!!」

「ただし、その日は晴れていなくちゃいけないんだ。」

「!?」

「その日が雨だと、天の川は溢れて、二人は川を渡る事が出来ない。年に一度 の機会にも、出会う事が出来ないんだ・・・。」

「・・・。」

シンジの説明を聞きながら、レイの表情はクルクルと変わった。

時には驚きの表情。

時には悲しみの表情。

そして今は・・・。

「だから、明日は晴れて欲しい。独りでいるのは寂しいと思うから。」

「・・・。独り・・・。寂しい・・・。」

今の彼女の表情は、綯交ぜになった様々な感情をひとまとめにして、何かを決 意したかのようなものであったか・・・。

シンジは、そんな表情のレイを見て、

「綾波・・・?」

一言言葉をかけたけれど、レイが、

「・・・。」

無言のまま窓の外に目をやっていたので、自分も一度そちらに目をやる。

そして、もう一度レイに視線を移して、彼女に反応がないのを確かめると、ち ょっと寂しい気持ちを胸にしながらも、彼女から離れた。

その日の授業中、レイは、ずっと窓の外に目を向けたままだった。

その日。

七月六日に降っていた雨は、夜半になっても降り止むことはなく、夜が明けて も、まだ降り続いていた。

七月七日の朝。

七夕の日の朝の天気は雨だった。

シンジは、教室の窓から外を見ていた。

昨日、雨が降って欲しくないと思ったので、彼はテルテル坊主を家のベランダ にかけておいたのだったが、効果はなかったようだ。

「ふう・・・。」

と、一つため息をつく。

でも、そのため息は、雨のせいばかりではなかった。

それは、いつも窓際で外を向いている少女の姿が、今日は教室に見えなかった からでもあった。

「どうしたんだろう、綾波・・・。」

心の中のつぶやきを、ポツリ、シンジは口にしていた。

そのつぶやきを耳にした、赤い髪飾りをした少女が渋い顔をしていたのだが、 シンジは気付きもしなかった。

そうして、七夕の日の学校生活は終わった。

結局、レイは学校に姿を見せなかった。

下校の時。

レイの事を気にしているシンジが、彼女の部屋に向かったとて、あまり不思議 ではなかっただろう。

シンジは、途中まで一緒に帰っていたトウジやケンスケ達と別れると、一路、 レイの家へと向かった。

その日は、日が沈むころになっても、やはり雨は上がらなかった。

レイの部屋の前まで来ると、いつものようにドアベルを押す。

でも、予想したように、そのベルは鳴らない。

だから、シンジはいつものように、勝手にドアを開けた。

もちろん、開ける時に声はかけている。

最初にここを訪れた時のようになりたくはなかったからだ。

まあ、声をかけていても結果は同じ、という意見もあったが・・・。

「綾波・・・?」

とにかく、声をかけながら、恐る恐る、といったカンジでドアを開け、中に足 を踏みいれた。

そして・・・、

「・・・!?」

シンジはそこに見た。

「な・・・、なんだこりゃ・・・!?」

部屋中に吊るされている、物凄い数のテルテル坊主を・・・。

「・・・テルテル・・・坊主・・・???」

天井には、膨大な数の白いテルテル坊主。

そして、床には、その材料となったのであろう、白いティッシュペーパーが散 乱していた。

「なんなんだ・・・いったい・・・???」

シンジが、そう疑問に思ったとて、なんら不思議ではなっかった。

とにもかくにも、部屋はすごい散らかりようだった。

しかし、肝心のレイの姿が見えない。

無人の部屋に、いっぱいのテルテル坊主。

それは、一種異様な光景だった。

しかし、その異様な光景も、レイのいないことを把握したシンジにとっては、 気に止めるべき価値もなかったのかもしれない。

なぜなら、シンジは、部屋に入って来た時こそ、その異様さに驚いていたが、 レイのいない事を悟ると、すぐにその部屋を後にしてしまったかのだから。

レイの部屋を後にしたシンジは、彼女の団地の周りを歩いてみた。

レイの行きそうな場所などに心当たりの無いシンジとしては、彼女を探すにし ても、これぐらいしか思い付かなかった。

これで見つからなければ、あとシンジに思い付くのは、ジオフロントくらいな ものだっただろう。

だが・・・。

そのシンジが、団地のそばの公園にさしかかった時、

「・・・!?」

シンジは見た。

なにか、白いものがゆらゆらとしているのを・・・。

「まさか、幽霊・・・!?」

な訳もない。

近づいてみると、それは、白い長いポンチョのような物をかぶった人だと知れ た。

そして、それと同じ様に白い肌の持ち主は・・・。

「綾波・・・!!??」

シンジは、そう口にすると、レイの元に駆け寄った。

「碇くん・・・。」

レイも、シンジをみとめた。

近づいてみると、レイのかぶっていた、白いポンチョのようなものは、実はシ ーツのようであった。

そしてもちろん、シーツに防水加工など施してあるわけもない。

そのシーツは。

そして、それをかぶっているレイは。

びしょ濡れだった。

随分長い間雨に濡れていたのだろう。

全身が、絞っても絞りきれないくらい濡れているようだった。

「あ、綾波・・・。どうしたの一体・・・!? 学校を休んで、こんな・・・。 こんな格好で雨の中で・・・。」

シンジは、自分の持っているカサを慌てて差し出した。

そんなシンジにレイは一言、

「テルテル坊主・・・。」

それだけ言った。

「へ・・・?」

いきなりの理解不能なレイの言葉に、シンジは思わず間抜けにそう反応してし まった。

とはいえ、もちろんシンジはテルテル坊主が何なのかわからなかったわけでは ない。

ただ、なぜ、テルテル坊主なのかがわからなかったのだ。

呆気にとられているシンジに、レイは言葉を続けた。

「赤木博士に聞いたの・・・。」

「リツコさんに・・・?」

「そう・・・。雨を止めるには、どうすればいいか、って・・・。」

「雨を止めるには、って・・・!?」

「そうしたら、博士は、この国では古来から、『テルテル坊主』という神聖な 雨除けの護符をつかうんだ、って・・・。」

「神聖な雨除けの護符・・・!!??」

リツコさんは、何を考えてるんだ・・・!!!???

「だから、たくさんテルテル坊主を作ったの。たくさんたくさん作ったの・・・。 でも・・・。」

「でも・・・?」

「雨は止まなかった。だから、私自身がテルテル坊主になって今朝から・・・。」

「そうか、綾波がテルテル坊主になって今朝から・・・、って!! 今朝か ら・・・!!!」

慌ててシンジはレイの顔に手をやる。

案の定、彼女のただでさえ低い体温は、更に低くなっているらしく、レイの肌 はとても冷たくなっていた。

「なんだってこんな無茶な事を!?」

シンジは、レイの冷たくなってしまった頬に手を当てたまま叫んだ。

レイの事が心配だったから・・・。

叫ばずにいられなかった。

シンジの表情は、心配で、そして、泣きそうで・・・。

そんなシンジにレイは、何を思うのだろうか・・・?

彼女は、シンジの目を見ながら、

「独りはいけないの・・・。」

そう答えた。

「え・・・?」

その一言の意味は、シンジにはわからなかった。

だが・・・。

「独りはいけないの・・・。独りは寂しいの・・・。だから・・・。」

「・・・。」

「だから、雨が降っちゃいけないの・・・。川が、溢れてしまうから・・・。」

だが、レイのその言葉で、シンジは悟った。

彼女が、七夕の事を言っているのを。

あの、織り姫と彦星のために、こんなことをしたのを。

そしてなにより・・・。

「綾波・・・。」

彼女が、独りで寂しがっていたのを・・・。

だから・・・。

「キミは、独りじゃないよ・・・。」

だからシンジは、彼女を抱きしめた。

「ボクが、そばにいるよ・・・。」

片手に持っていたカサは、既に地面に落ちていた。

「だから・・・。」

降り注ぐ雨も、気にはならなかった。

「だから、綾波は、独りじゃないんだ・・・。」

ただ、しっかりと抱きしめた。

「碇・・・くん・・・。」

最初は驚いていたレイも、次第に、シンジの背に腕をまわした。

その表情には、安らかなものがあった。

二人とも、安らかなものがあった。

ただ、一つだけ言えた事は。

『あたたかい・・・。』

レイが、シンジのぬくもりを感じていた事。

そして、シンジが、降り注ぐ雨にも、冷たさを感じていない事だけだった。

「・・・。」

「・・・。」

そして・・・。

二人の重なり合った心は、行動としてあらわれ・・・。

不思議な吸引力をもって・・・。

二人の唇が、静かに重なり合った。

降りしきる雨の中で、溶けていくような感覚の中、唇の感触だけが、なぜかは っきりとしていた・・・。

すると・・・。

今まで数日間降り続いていた雨が・・・。

二人に降り注いでいた雨が・・・。

次第に引いていき・・・。

空を覆っていた雲も・・・。

「見て、綾波・・・。」

レイを抱きしめたまま、シンジは目で空を指す。

レイが、顔を上げると、そこには満天の空が広がっていた。

今まで降っていた雨の痕は、どこにもなかった。

雲一つ、残ってはいなかった。

「碇くん・・・。」

「綾波・・・。」

レイの表情には、笑顔が浮かんでいた。

シンジの表情にも、笑顔が浮かんでいた。

天かける恋人達は、これで出会う事が出来ただろう。

「でもね・・・。」

空を見上げていた視線をシンジに向けて、レイは言った。

「やっぱり雨・・・、キライじゃないわ・・・。」

「どうして・・・?」

シンジの素朴な質問に、レイは、

「・・・。」

顔を赤くしてうつむくばかりだった。

なぜなら・・・。

『碇くんと会えたから・・・。』

と言うのは、ちょっと恥ずかしかったから・・・。

星祭りの夜・・・。

二組の恋人達は、出会う事が出来た・・・。

おしまい


Go Back to the Index of "Rainy Season with..."

メーリングフォームで感想を今すぐ!!

普通に ohnok@geocities.com に送るのもOKだ!!


This page is maintained by Kazuhiko Ranmabayashi (ohnok@geocities.com) using HTML Author. Last modified on 06/28/97.