「別に、雨の日がキライなわけじゃないのよね・・・。」

彼女は、自分の部屋・・・。

・・・というか、研究室の窓の外に目を向けた。

外には、雨こそ降ってはいないものの、どんよりとした雲が空を覆っていた。

時間はまだ早いというのに、太陽の光は、その厚い障壁を通り越える事ができ ず、地上は、夜のように暗かった。

だが地上は、闇に覆われているだけ。

雨の降りそうな気配は感じられず。

風もない、無風状態。

とても静かだった。

しかしこの、静止した闇の中で、彼女は、

「これしか方法はないのよ・・・。」

怪しげな装置の完成を急いでいた。

すべては、嵐の前の静けさだったのだ・・・。


"... with Ritsuko-san."


碇シンジが居残り勉強を終えて学校を後にした時、嵐の尖兵は、すでに第3新 東京市に到達していた。

雨こそまだ降り出してはいないものの、物凄い強風が、街に吹きつけている。

竹林は、そのしなりを最大のものとし、街には警報が流れていた。

そして、シンジは・・・。

「まいったな・・・。なんだってこんな時に限って・・・。大体、梅雨だって まだ終わってないっていうのに、なんで台風が来るんだ・・・!?」

誰にとも無く悪態をついていた。

腕を前に出して、自分の顔を守りながら、ヨタヨタと歩いている。

強風に吹き付けられて、うまく歩けないようだ。

自分としては、重心をできるだけ下にして、前進しようとしているのだったが、 体重も軽く、力もこれといってないシンジには、どうやら無理であるようだ。

それでも歯を食いしばって、一歩足を踏み出そうとする。

だがしかし、シンジが片足を宙に浮かした瞬間・・・。

「・・・!!」

今まで以上の突風が吹いてきた。

そして、体重の軽いシンジの身体を運び去る。

「そ、そんな・・・!!」

シンジは、その瞬間、空を飛んでいる感覚を覚えた。

実際、シンジの身体は宙に浮かんでいた。

だが・・・。

それも一瞬の事だ。

シンジは、歩いていた歩道から吹き飛ばされて・・・。

キキキキキキッッッッ・・・!!!

車道を走っていたRV車にぶつかった。

「・・・!!」

そこで、シンジの記憶は途切れた。

「ん・・・。んん・・・。」

シンジが目を覚ました時、辺りはとても騒がしかった。

良く聞くと、それが雨と雷の音である事が良く分かる。

そして、それに混じって人の声が・・・。

『・・・大型で強い勢いの台風7号は、すでに本土に上陸しており、その進路 は、第3新東京市を直撃する模様です。最大瞬間風速40メートル以上、中心部の気 圧は・・・。』

シンジは、少しガンガンする頭を押さえながら、身体を起こした。

「ここは・・・?」

シンジが寝ていたのは、車の中。

それも、大きめのRV車の中だったらしい。

そして、先程の声は、どうやらラジオのようだ。

車内のラジオからは、今も同じ様に台風情報が流れている。

そして、車のウインドーの外は、ラジオの言っている通り、大荒れの状態だ。

「ボクは、なんでここに・・・。」

素朴な疑問を口にしてはみたが、この車内は無人。

誰も、シンジの疑問に答えてはくれなかった。

その代わりにラジオが、

『ピ・ピ・ピ・ポーン・・・。七時になりました、春原弥生のピエロの時間が やってきました・・・。』

と、時刻を告げてくれた。

「七時か・・・。」

シンジが学校を後にしたのが4時半ごろ。

強風に煽られて、なかなか前に進む事が出来なかったから、街を歩いていた頃、 すでに5時になっていたとしても、それから2時間も経ってしまっている。

自分の頭に残っている最後の記憶はといえば・・・。

そう・・・。

風に飛ばされて、車にはねられたんじゃ・・・。

でも、その割には全然平気だな・・・?

そんな事をシンジが思っていると、車の後ろが開いた。

強い風と雨が吹き込んで来る。

そして、そこにいたのは・・・。

「リツコさん・・・!?」

赤木リツコ、その人だった。

白衣の上に透明の雨合羽を着ている。

どういうセンスをしているんだ・・・??

と、思わないでもなかったが、シンジ自身も、あまりえらそうな事を言えるセ ンスをしていなかったので、口には出さなかった。

「シンジくん、起きたのね。」

リツコさんが、車に入って来ると、後ろの荷台の部分に置かれているコンソー ルパネルの前に座った。

シンジはいままで気付かなかったけど、車の中は、電装品で一杯だ。

こんな車に乗っているのは、確かに彼女だけだっただろう。

「リツコさん。あの・・・、どうして・・・。」

シンジが、恐る恐る、といったカンジで口を開く。

なんで恐る恐るかというと、暗い車内で、雷をバックにしているリツコさんの 姿に、往年のマッドサイエンティストのイメージがぴったり重なっていたからだ。

でも、

「びっくりしたわよ。いきなりシンジくんが車の前に飛び出して来るんだも の。」

と言いながら、車内灯をつけたから、そんなイメージも一気に吹き飛んだ。

「あの車は、リツコさんの車だったんですか・・・。」

シンジは、気を失う前の最後に覚えているRV車を思い出していた。

「ええ・・・。でも良かったわ、特に外傷もなくて。脳波にも異常は無かった し・・・。」

「そんな事までしてくれたんですか・・・。」

「それはね・・・。」

何でもないのよ、とでも言いたげなリツコさんだったが、シンジが、

「ありがとうございます。」

ペコリ、と頭を下げると、

「いいのよ、そんなこと気にしないで・・・。」

リツコさんは、そう言ってコンソールパネルに向かった。

その頬に、ちょっと赤みがさしているように見えたのは、シンジの見間違いだ っただろうか・・・。

リツコさんは、パネルを少し操作しながら、

「でもごめんなさい。本当は、すぐにでも送って行ってあげたいところなのだ けど、ちょっと今、手が放せないの。あと1時間くらいで終わるから、それまで待っ てくれるかしら・・・?」

シンジに言った。

「はい。もちろんお待ちしますよ。リツコさんの都合の良い時まで。」

シンジは、そう笑顔で答えた。

リツコさんは、シンジの笑顔を確認すると、

「じゃあ、私はまだする事があるから・・・。」

と、なにか機械を手に持って外に出ようとする。

そこに、

「あの・・・!!」

シンジは声をかけた。

「・・・?」

「なにか、お手伝いしましょうか・・・。」

シンジの言葉を聞いて、リツコは、

「ありがとう。」

そう言って微笑んだ。

シンジは、最後のボルトを締めると、その装置からロープをつたって降りた。

「でもリツコさん!! これって一体なんなんですか!?」

暴風雨の中、その丘の上に組み立てあげられた装置を見上げて、シンジは叫ん だ。

すごい暴風雨で、叫ばないと、声が届かないのだ。

二人の着ている雨合羽も、その雨の勢いには、あまり役に立っていないようだ った。

でもリツコさんは、

「すぐにわかるわ!!」

とだけ言って、レーダーのパネルから目を放そうとしない。

シンジも、彼女の側に寄って、パネルに目をやる。

それは、どうやら気象レーダーのようだった。

多分、中心が、自分達のいる場所だろう。

周りはすべて台風の暴風圏内だ。

でも、あれ・・・?

レーダーの端の方に、丸い空白地帯が・・・?

それが、どんどんこっちに近づいて来る。

「リツコさん、これは!?」

その空白地帯を指差すシンジにリツコさんは言った、

「台風の目よ・・・。」

と。

「台風の目・・・?」

「そうよ。もうじきここは、台風の目に入るわ。そうしたら・・・。」

「そうしたら・・・?」

リツコさんは、装置を見上げた。

シンジも、それにならって装置を見上げた。

「そうしたら、この装置の出番よ。」

そう言ったリツコさんの表情は真剣だった。

だから、シンジは、かける言葉を見つけられなかった。

そうしている間にも、レーダー上の空白地帯は、中心部に・・・。

つまりは、二人のいる所に近づいて来ていた。

そして・・・。

「リツコさん、見て・・・!!」

シンジが空を指差す。

「・・・!?」

リツコさんも、そちらを見る。

その先には、雲の切れ目が見えた。

台風の目だ!!

そして、レーダー上の空白地帯も、その中心に重なった!!

・・・。

・・・。

静かだった。

とても静かだった。

雨はなく、風もなく。

自分の真上の空には雲一つ無い星空が広がっている。

でも、遠くには、暴風雨らしきものが見えないでもない。

シンジは、そんな状況に対応出来ないで、一瞬呆然としてしまった。

だが、

「今だわ!!」

リツコさんの叫びに、現実に引き戻された。

「・・・!?」

シンジが彼女の方を向いた瞬間、そのパネルのボタンは押された。

そして・・・。

うぃんうぃんうぃんうぃん・・・・・。

奇妙な音を立てながら、その装置が動きだした。

装置が、物凄い光を放つ。

その光は、柱となって天まで届いた。

遠くから見たならば、光の柱が見えたに違いない。

物凄い音と物凄い光。

それにまみれて、包まれて・・・。

そして・・・。

すべては静まった。

「一体何が・・・??」

シンジがつぶやいた。

先程まで物凄い音と光を発していた装置は、今ではもう沈黙を守っている。

そして、空には満天の星空が広がっている。

雨もなければ風もない。

遠くにも、そんなものは見えない。

「リツコさん!?」

シンジが彼女の方を向くと、

「これを見てみなさい。」

リツコさんは、気象レーダーを指した。

そこには、いままでは映っていたはずの台風が見えない。

「これは一体・・・?」

いかにも不思議そうにしているシンジ。

それとは対照的に、リツコさんは微笑んでいる。

「台風を、すべて純粋なエネルギーに変換して、取り込んだのよ。結果として、 台風も消えたけどね。」

そう言って、彼女は空を見上げた。

それにならって、シンジも空を見上げる。

今の時刻は、ちょうど天の川が、天を二分する時だ。

その天の川を挟んで、ひときわ輝く一対の星・・・。

そういえば今日は・・・!!

「そういえば今日は、七夕じゃないですか!!」

シンジは叫んだ。

そんなシンジの言葉に、リツコさんは、やはり空を見上げたまま、

「そういえば、そんな行事もあったわね・・・。非科学的だけど・・・。」

と、そっけなく言った。

でも、シンジは見逃さなかった、リツコさんの表情が喜びに包まれていたのを。

だから、シンジは続けてこう言った。

「織姫さんと彦星さんも良かったですね。年に一度の機会を逃さなくって・・・。 リツコさんのおかげですね・・・。」

言いながら、シンジは彼女の表情を見ていた。

そして、その頬がちょっと赤く染まったから・・・。

「そ・・・、そうね。非科学的だけど・・・。大体、赤色巨星の二つの星のデ ートなんて、ぞっとしないわ・・・。」

リツコさんがそう言っても、

「そうですね。」

と、にこやかに答えた。

リツコさんは、そんなシンジの表情を見て、何を思ったのか、更に顔を赤くし た。

「私は、夏のエアコン代を浮かせるために、台風のエネルギーを吸い取っただ けなのよ!」

「そうですね。」

たかが一世帯の夏のエアコン代に、大型台風一個分のエネルギーが必要なはず もない。

「・・・。」

「・・・。」

二人は、黙り込んでしまった。

でも、シンジが、

「リツコさん・・・、優しいですね・・・。」

なんて言ったから、

「・・・!!」

リツコさんは、シンジに背を向けて、

「は、早く車に乗りなさい。送っていくわ!」

そう言うと、車に向かって歩きだした。

シンジも、その後に従った。

後についていきながらシンジは、

『リツコさん、どもってますよ・・・。』

と、言いたかったが、後ろから見ても分かるほど、リツコさんの耳が赤かった から、それは止めておいた。

ともかくも、天を二つに分かつ大河を挟んだ恋人達は、その年に一度の逢瀬を 楽しむ事が出来たのだから。

彼女は、自分の部屋の窓から、空を見上げていた。

雲一つ無い満天の星空だ。

「別に、雨の日がキライなわけじゃないけど、今夜だけはね・・・。」

おしまい


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