さよなら・・・シンジ
 
 アスカ・・・どうして
 
 もう私はいない方がいいわよね
 
 待ってよ
 
 行かないでよ
 
 もう僕を一人にしないでよ
 
 
 「またこの夢か」
 
 




 命の価値は another story

 Another Final 「I need you.」 前編




 
 
 アスカがいなくなって 一ヶ月と少したった九月の中頃
 
 シンジはイタリアのイモラサーキットにいた
 
 世界ロードレース選手権のイタリア・イモララウンドにスポット参戦するために
 
  シンジのライバル、関口ヒデキは鈴鹿8耐の後に世界選手権へステップアップしてしまった。そして8月の終わりに行われたチェコ・グランプリの250CCクラスで優勝してしまった。同日に行われた全日本選手権・鈴鹿ではシンジの完勝に終わった。それをふまえてスポンサーの『E Project』とワ−クスライダーが一人怪我したHRCが急にイモラへのスポット参戦を提案してきたのである。
 
キタハラRT側、特に監督の北原は最初は乗り気では無かった
確かにシンジには国際ライセンスが発給はされてはいたが
断ろうとしていた
それだけシンジはひどい状態だった
固形ブロック食やレトルトしか食べていなかった状態で夏を過ごしていた
栄養失調になってもおかしくはなかった
 
身も心も安らぎが必要な状態
本人はその安らぎを望まない
まるで自分自身への罰
そして三人の少女への償いであるかのように
自分自身に鞭を打つ
彼のその内罰的な性格は
自分を必要以上に苦しめていた
 
 
 
 アスカはドイツにいた
 
 卒業した大学の研究室を頼って、研究員として暮らしていた
 
 住所はドイツへ来てから3週間後にヒカリだけに教えた
 
 シンジ関係の雑誌・記事を送って貰うため
 
 無論、誰にも教えないようにと釘を刺して
 
 アスカは『シンジのため』だけを想い
 
 『あの場所』を離れた
 
 たとえそれがアスカのためでなかったとしても
 
 
 イモラのレースウィークにアスカはヒカリから送られてきたシンジ関係の雑誌・記事を読んでいた。
 
 
 吹っ切ったと思っても
 吹っ切ることは出来ず
 未だにシンジのことは頭の中を駆けめぐっていた
 
 
 新聞の記事の切り抜きを見てアスカは固まった。
 そこには
 『天才・碇シンジ 世界へ初挑戦』
 と書かれていた。
 詳しく読むと、9月中旬のイタリア・イモラグランプリにスポット参戦するとのこと
 更に、マシンのカラーリングも発表されていた
 
 カラーリングは赤をベースに白、青を使ったトリコロールカラーだった
 
 そして、そのカラーリングはシンジが提案したとのこと
 
 アスカはその事を嬉しく想い、悩んだ。
 『見に行きたいけど今更どんな顔して見たらいいかわからない』
 『でも、ヨーロッパでシンジを見られる』
 
 悩んだ末、大学へ電話を掛けるとすぐに荷物をまとめた。
 行く先はイタリア・イモラサーキット
 シンジを遠くからでも見るために
 
 
 
 練習日
 
 各チームのマシンが思い思いにサーキットを駆ける。
 どこまでセッティングを煮詰め
 決められた時間の中でどれだけのタイムを出せるか
 そして土曜日の予選、日曜日の決勝へつなげられるか
 選ばれたライダーだけが駆けるサーキット
 その中を
 シンジは何も考えずに走っていた
 当てられても怒る気もしない
 それでも3番手のタイムだった
 
 公式予選日
 
 モーターホームの中でシンジは
 
 スーツに着替えていた途中に自分の胸の傷を眺めた
 
 涙がこぼれてきた
 
 今は
 
 この傷を見るたびに
 
 アスカのことを思い出す
 
 そして
 
 彼の内罰的な性格は彼を苦しめる
 
 
 予選でシンジは遅いマシンに引っ掛かり
 思うようにタイムは伸びなかった
 
 やはり世界選手権
 
 選手のレベルが圧倒的に高い
 
 アスカはスタンドからシンジを見ていた
 
 その走りを見て
 
 悲しかった・・・・・
 
 『もうシンジを引き留めるものは何もないんだ・・・・・』
 
 そう感じるしかなかった
 
 アスカにしかわからないこと
 
 シンジの瞳には何もうつってはいなかった
 
 
 
 アスカは決勝日のグランドスタンドのチケット、パドック・パス、ピットウォークをダフ屋から買った。
 その時、知ってる少女を見つけた。
 でも、アスカの知っている少女とはだいぶ違っていた。
 そのヒトはアスカを確認して
 疲れ切った笑顔を向けた
 そのヒトは
 前の輝かしい向日葵のような笑みではなく
 輝きの薄れた本間ユキだった
 
 
 彼女もまたシンジから離れていった
 
 菅野ヒデトの誘いは乗り気ではなかったが
 
 自分の思いを断ち切るために
 
 『あの場所』から離れるために
 
 管野の誘いに乗ってイギリスへ渡った
 
 そこにあったのは
 
 ユキを待っていた仕事の山と
 
 苦悩と葛藤の繰り返し
 
 そして
 
 たった一ヶ月もしないうちに
 
 やつれきってしまった
 
 まるで向日葵が枯れるかのように
 
 
 ユキはもう逃げ出したかった
 
 イギリスには興味も何もなかった
 ただ
 日本を離れたかった
 イギリスへ来れば
 仕事の山での中で
 忘れられると思った
 
 でも
 シンジ君の優しさがこみ上げてくる
 忘れようとしても
 忘れられない優しさ
 
 シンジ君に
 ぬくもりを感じた
 胸がときめいた
 恋をした
 
 でも
 
 でもっ
 
 ダメだった
 
 「僕には人を好きになる資格はないんだ」
 
 「僕は人殺しなんだ」
 
 そう言われちゃった
 
 私は好きなのに
 はじめて好きになった人なのに
 
 どうして
 なぜっ
 
 嫌
 いやっ
 イヤ
 イヤァァァァァ
 
 恐れていた彼の拒絶という『恐怖』に飲まれ
 
 自分を自分で押しつぶしてゆくユキ
 
 
 彼女は知らなかった
 シンジの優しさは
 本物の優しさではなく
 彼の処世術のためだったこと
 
 
 ユキは今、仕事でイタリアへ来ていた
 
 TV局のゲストレポーターとして
 
 それは、管野が組んだ仕事だった
 
 二人は互いに言葉を持たなかった
 
 二人とも
 
 カタチは違えても
 
 同じ少年に恋をした少女
 
 勘違いから別れたアスカ
 
 少年の拒絶から逃げ出したユキ
 
 
 時計は止まらない
 二人には
 周りの声は届かない
 
 
 二人は挨拶を交わしただけで別れてしまった。
 
 
 アスカは日本を離れて少ししてから、だいぶ落ち着いた。
 最初はやや不安定だったが、時間がたつにつれてシンジの事を楽に考えられるようになった。
 『私の出番はもう終わったのよ』
 
 『だから私があそこにいる理由もないの』
 
 そう考えて忘れようとしていた。
 
 でも、忘れられない。
 
 あの時の後悔を引きずりながらドイツで一ヶ月間過ごした。
 そして
 もう一度逢いたいと思ったから
 イモラまで来た
 
 
 
 ユキはボロボロだった。
 
 恐怖を感じた
 
 シンジのあの時の表情が
 普段のシンジとあまりにもかけ離れていて
 シンジの過去も知ってしまった
 
 怖かった
 
 それでも必死で一ヶ月間やってきた。
 忘れようとした。
 
 でも
 もう一度逢いたかった
 このままでは納得がいかなかった
 
 
 
 シンジはもうどうでもよかった
 
 体重は7kgは落ちた
 
 コウジもユミコも心配した
 
 だがシンジは
 
 人の優しさも自分の体も気にもとめなかった
 
 でも、シンジは参戦の際
 
  カウルのカラーリングをこれから赤をベースにすることを頼んでいた
 
 普段のシンジなら『頼む』事などは自分からしないはずなのに
 
 そしてユミコは実感した
 
 この少年に対し アスカがどれだけ大きな存在だったかを
 
 そして気づいた
 
 ユキも自分もコウジも監督も誰も少年の頭の中には無く、唯一アスカだけがいたことを
 
 そして
 
 スタンドにアスカがいることを
 
 
 北原が双眼鏡でコースを眺めていたら、スタンドの最前列に見慣れた金髪の少女を見つけた。
 そしてコウジに呼びかけた。
 「あれ、アスカちゃんじゃないか?」
 その言葉を聞いてコウジは北原の双眼鏡を奪った。そしてスタンドを見る。
 「いた・・・・・・」
 ユミコを呼び、双眼鏡を渡してスタンドを見させる。
 「アスカちゃん・・・・・」
 ユミコは走り出した。ピット裏に止めてある自転車に飛び乗ると、すぐに走り去った。
 クルー一同は「唖然」とした。
 
 フリー走行中
 シンジはストレートを駆け抜けていた
 ふと、覚えのある視線を感じた
 そして呟く
 「アスカ・・・・・」
 
 アスカはシンジが自分を「見つけた」と直感した
 あのユニゾン特訓の応用なのだろうかすぐに確信した
 嬉しかったけど何か悲しかった
 そして、そこから離れようとしたとき
 腕を捕まれた
 相手の顔を見ると見覚えのある女性だった
 
 ユミコは全力で走った
 アスカを必ず捕まえるため
 シンジのためかもしれない
 それはチームのためかもしれない
 でもアスカ本人のために
 同じ女としてアスカを捕まえた
 アスカの目を見て確信した
 
 『嘘をついてたのね・・・・』
 
 ユミコは決めた
 
 アスカを絶対ピットへ連れていくと
 
 
 シンジはピットの椅子に座ってうつむいていた。
 
 それしかやることが無いかのように
 
 関口ヒデキはシンジを尋ねて来た。
 シンジがイモラに出ると聞いたときから会ってみたかったからだった。
 
 
 「シンジ君」
 
 顔を上げるシンジ。
 その表情は8耐の時とはうって変わり無表情。
 8耐の時にはあった輝きがなかった。
 そして俯く
 
 「どうしたんだい?」
 尋ねるヒデキ。シンジは顔を上げない。
 「何か・・・・あったんだろ。」
 少し反応するシンジ
 ヒデキは微笑して続けた
 「何があったか俺は知らないけど、良かったら相談ぐらいはのるよ。」
 
 しばしの沈黙
 
 次に口を開いたのはシンジだった
 
 「もう駄目なんですよ・・・・僕は」
 
 「アスカもユキさんも傷つけてしまった」
 
 「誰も傷つけたくないと言っておきながら」
 
 「また他人を・・・・・アスカを傷つけた」
 
 「もう救いようのない大馬鹿野郎なんだ」
 
 「アスカは優しかった」
 
 「でも、僕は気がつかなかった」
 
 「優しさなんか欠片も無い、狡くて臆病なだけなんだ」
 
 「だったら一緒にいない方がいい」
 
 ヒデキは一通り聞いて俯いたシンジを見た
 
 下に黒いシミが出来ている
 
 「シンジ君、お節介かもしれないけどいいかい?」
 反応は無い。それでも続けるヒデキ
 「アスカちゃんは多分、君のことが今でも好きなんだと思う。」
 
 「それに君もアスカちゃんのことが好きだろう。」
 ピクッと反応するシンジ、そして反論
 「でも・・・・、僕は人を好きになる資格なんか無いんですよ」
 図星からか、声は少しうわずっている
 「シンジ君が他人を好きになってはいけないなんて、誰が決めたんだい?」
 「・・・・・・・・・」
 「それはシンジ君が勝手に決めているだけだ」
 「・・・・・・・・・」
 「第一『人を好きになる』てことは他人に制約されることじゃぁないだろう」
 「・・・・・・・・・」
 「君は今は自由なんだ」
 
 「だからここにいるんだろう?」
 
 「自分を鎖で縛る必要も、縛られる必要もどこにも無いよ」
 
 「あるのはシンジ君の自由意志だけだ」
 
 「やっぱり説教じみちゃったね。やっぱオヤジ臭いかな」
 
 
 「ま、明日の決勝も頑張ろう。じゃぁ」
 
 ふらっと去っていくヒデキ
 
 俯いたままのシンジ
 
 
 目の前に一人の女性、むしろ少女といった方がいいだろう、一人の少女がシンジの前にやってきた。
 
 顔を上げるシンジ
 
 その瞳が捕らえたのは
 
 間違いなく、アスカだった     


 続く


こんにちは、緒方紳一っていいます。
最初は『自分でも書けないか』と思って『命の価値は』の作者、takeoさんに「なんか自作小説を投稿しても良いですか?」
と尋ねたら快諾を頂きました。が、まさか『命の価値は』の外伝、しかも勝手に自分的最終回を書いてくるなんて無礼にも程がありますね。>僕
前に、ニセ最終回として三愚者の尾崎さんが外伝を書いておりましたが、そのパクリってつもりは全くありません。
(かなり似てるかもしれませんが)
これは僕の中で勝手に考えついた参拾話からの分岐です。
かなり展開も強引で勝手かもしれません。
シンジをイタリアに行かせたのは、8耐の後のスケジュールを見たらヨーロッパでのレースが残り少なくて無理のない日程ということでイモラを選びました。

もし使って頂いたら、後編の方を送ります。


takeoのコメント

緒方さんに投稿を頂きました。それも、拙作の外伝!
本当にありがとうございます。
こういう作品を頂くのは、作者冥利に尽きますね♪
もしかすると、『さっさと続きを書け』という、プレッシャーだったりして(^^;;;
(緒方さんは『無礼』などと仰っておりますが、そんなことはまったくありません。ただ、嬉しいだけです)

さて、本作品ですが…。
『命の価値は』の第参拾話からの分岐、とのことです。
もちろん私は、完全にノータッチです。
最終話とのことですが…。

イタリアGPにスポット参戦したシンジ。アスカとの再会。
これからどうなるんでしょうね?
三話構成となるとのことですので、実に楽しみです。



皆さん、緒方紳一さんへ、是非感想メールを!


緒方さんのページは RIDE on AIR  [http://plaza.across.or.jp/~takesima/]
緒方さんへのメールは 緒方紳一さん   [takesima@po2.across.or.jp]







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