昨日から降り続いた雨も、いつのまにか上がっていた。

青い空に浮かぶ、白い雲。

その雲をまるで紡いでいくかのように、一すじの飛行機雲が翔けていく。

時は三月。

かつては春と呼ばれた季節。
























「命の価値は」外伝(ちょっとエヴァ手話風味)

Catch the Rainbow

                                     No Fear 1st Anniv ’98.3.14



                                − 創 −

























昼休み。

アスカはシンジを誘って校舎の屋上に来ていた。













『シンジ、屋上に行こう!』

『屋上?』

『そ!雨も上がったしさ!』

『・・・・・・・・うん・・・・そうだね。』












すでに屋上も乾いており、二人は並んで座っている。

アスカは先ほどから、飛行機雲を追いかけていた。



どこまでも・・・・・

どこまでも・・・・・

どこまでも・・・・・

どこまでも・・・・・

























「ねえ、シンジ。」

「うん?」

「シンジはさぁ、今、どの雲見てる?」

「・・・・・・・・ごめん。空しか見てなかった。」

「なによ〜、それぇ・・・。」





拍子抜けの返答に、ケラケラと笑うアスカ。



が、



『シンジは飛行機雲は、見てなかったのかな・・・・・。』






それは、ちいさな喪失感。






『でも、今、わたしとシンジは同じ空の下にいる。』

『だから、今はこれでいいの・・・・・。』










それは、今のアスカにとって、数少ない拠り所の一つでもあった。


























その時、




キィ・・・






屋上への出入り口のドアが開き、ショートカットの少女がアスカの瞳に映った。














「ここにいたんだ、二人とも。」











「ユキさん・・・・・・・。」










ユキは二人のところへやってくると、正面に腰を下ろした。



「シンジ君、今度のレース、山口だよね。」

「うん。美祢サーキット。」

「そっか・・・。今度はちょっと応援には行けないな・・・・・。」






ふぅ・・・・・とつぶやいたユキは、そのまま少し空を見上げた。


そうして、再びアスカとシンジの方に顔を戻した。



「今度、出演するドラマのね、役作りってゆーか・・・・・。今回は少し気合いが入ってるんだ。」


アスカは怪訝そうな顔でユキを見つめる。


「脇役なんだけどね、耳の聞こえない女の子の役なの。ドラマの中で手話を使わなくちゃいけないんだ。」

「手話?」

「うん。それでね、今、実際にろうあ者劇団を主宰している人が、指導してくれてるの。その人も耳の聞こえない役者さんなんだ。」

「そう・・・なんだ。」

「初めはね、ドラマの中だけだからって思ってたんだけど、手話を習っているうちに、魅力って言うのかな・・・・・。なんだか引き込まれちゃって・・・・。だから、せめて収録が終わるまでは、真剣にやってみようって思ってるの。」










すると、いままでユキとアスカの会話を黙って聞いていたシンジが口を開いた。


「大丈夫だよ、本間さん。チームの方は心配しなくても。本間さんには、自分のやりたいことをやってほしいし・・・・・。」



思わずアスカは、シンジとユキの顔をかわるがわる見た。



「・・・・・ありがとう。・・・・・・シンジ君。」



その時のユキの表情が、ほんのわずかに曇ったのを、アスカは見逃さなかった。







『この人は・・・・・・・やっぱり・・・・・・・』



アスカの心に去来するのは、

不安?

安心?

期待?


それとも

嫉妬?

























ふと、空を見上げると、飛行機雲は、もう見えなくなっていた。



すると、

「それじゃあ、今から撮りだから・・・・・わたし、行くわ。」

そういうと、ユキは立ち上がろうとしたが、




「そうだ!二人にプレゼントをあげる!」

そういうユキの顔は、まるでいたずらを思いついた時の、子どものよう。



そして、

「こうやって、右手の親指を立ててみて。」

ユキは握った右手の中から、親指だけを立てている。

アスカとシンジもそれに倣った。



「そうしたら、つぎは人差し指と、中指を出すの。それで、手の甲側から見ると、漢字の『七』に見えない?」

アスカとシンジは、それぞれ相手の「手」を見てみる。

「ほんとだ!確かに漢字の『七』だよ!」

シンジも珍しく声を上げた。

するとユキは、

「それでね、今度はこのまま、大きく弧を描くの。」

そしてユキは、自分の体の左側から、ちょうど顔のあたりが頂点になるように、ゆっくりと大きな弧を描いた。





「さて、ここで問題です!これは、なんという手話でしょう?」

いたずらっぽく微笑むユキ。










思わずアスカとシンジは考え込んだ。

やがて、
























「「あ!」」

「「虹だ!!」」

























パチパチパチパチパチパチ・・・・・・

「正解〜!賞品はユキちゃんの拍手〜〜〜!」












「それじゃあ、本当にいくわ。シンジ君、レースがんばってね!!」

そういうとユキは、スカートを翻して出入り口へと走っていった。







再び屋上は、アスカとシンジだけになった。










アスカはうれしかった。

ユキの質問に、シンジと同時に答えたことが。

たとえ、むかし二人でユニゾンの特訓をやった事があっても、そうそういつまでも続くものではない。

まして、ここ数年間、心を閉ざし続けていたシンジとは、そうなることはまず無かった。

ただ、アスカは信じていた。自分とシンジには絆がある。絶対に他人とは違う、二人だけの絆が。

そのことが、今日までアスカを支え続け、また、いつかそれが突然無くなってしまうのではないかという不安が絶えずアスカを苦しめていた。

それだけに、たとえ偶然とはいえ「ユニゾン」で反応したことは、何物にも代え難い喜びとなって今のアスカを包んでいた。











「ねえ、シンジ。さっきの手話、きれいだったよね・・・・・。」

「うん。」

「本当にそう思ってる?」

「本当だよ。今までこんなの見たことなかったから。」

「わたしも初めて見た・・・・・。」









そういうとアスカは、何度も、何度も、「虹」という手話をやってみる。

アスカはシンジの左側に座っているため、「虹」のアーチはアスカの方から始まって、シンジの方へと流れていく。















「なるほど・・・。七色の光のアーチかぁ・・・。うまいことできてるわねぇ。」

シンジはそんなアスカを横から静かに見つめていた。



「シンジもやってみなさいよ。」


「え?ぼくも?」


「ほら、早く。」


「う、うん・・・。」


アスカに催促されて、シンジも右手をだそうとしたが、






「待って!・・・・・・・・左手でやってみせて!」



「左手で?どうして?」



「いいから!!」



シンジはアスカの声に多少驚いたが、今度は左手を出して同じように「虹」という手話をやってみた。

当然、手がアスカとは逆になるので、アスカの作った「虹」とは左右対称になった。

つまり、アーチはシンジのところから始まって、アスカのちょうど胸の前で終わる格好になった。





「ア、アスカ!!」

突然シンジの左手は、アスカの両手に包まれた。

いきなりのことに当惑するシンジ。


























「お願い・・・・・・。今だけで・・・・・少しの間でいいから・・・・・・。」

























「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

シンジは左手の力を抜いた。








































『シンジ、覚えてる?わたしたちは、あの時、虹の彼方で出会ったんだよ・・・・・。』


『いろんなことがあったよね・・・・・』


『だけど何時か・・・・・・・・』


『何時か必ず・・・・・・・・・・』


『シンジと一緒に・・・・・あなたと一緒に・・・・・』


『虹を・・・・・・・・・・・』

























三月の青い空。

雨上がりの空。










飛行機雲はもう見えない。

けれど

マリンブルーの瞳には












大きな七色のかけ橋が

たしかに見えた。

























碇シンジ

惣流・アスカ・ラングレー


























わたしたちは信じよう。




何時の日か、二人が、




虹をつかむ日の、来ることを・・・・・・・・・





























つづく





創さんより:

まずは、No Fear一周年おめでとうございます!

「平家物語」以来、2度目の投稿になります。今回のお話は、「命の価値は」第弐拾伍話までの、創さんなりの感想を、外伝にしてみました。できるだけ、「命の価値は」本編の雰囲気を壊さないようにしたつもりでしたが、大丈夫だったでしょうか?

本編の今後の展開も非常に楽しみです。これからも、がんばってください!

ちなみに、タイトルの「Catch the Rainbow」は、リッチー・ブラックモア率いるレインボーの、同名曲から取りました。ファーストアルバムにある曲ですが、創さんは「オン・ステージ」のLIVEヴァージョンのほうが好きです。20年以上前の曲ですが、聞かせるバラードで本当に良い曲です。機会があったら是非、聞いてみてください。

手話通訳なハードロッカー、創さんでした。




takeoのコメント:


創さんに、一周年の記念小説を頂きました。

しかも、「命の価値は」の外伝!

これは本当に嬉しかったです。

創さん、ありがとうございました!


それにしても、自分の作った世界を他の方が書いて頂くいうのは、嬉しくも恥ずかしい物ですね(*^^*)

全体の雰囲気に違和感がなくて、なんとも変な気分になってしまいました(笑)

(私の文章の癖も見受けられたりして…(^^;))



手話を取り入れているあたりが創さんらしいのですが、それが奇麗にマッチしていて、思わず唸りました。

ユキがいいですね。

ここに出てくるユキも、??と思う部分が全くなく、私のイメージ通りです。

彼女も受け入れられているんだなぁ、と考えると、本当に嬉しくなりますね(^^)


そして、やっぱりシンジとアスカですが…

創さんのふたりへの想いが感じられて、ジーンと来るものがありました。

そうですね。みんな、幸せになって欲しいですね。

第弐拾六話でああなってしまいましたが…。





  ご感想などを、さんにお送り下さい


  創さんのページは創さんのほめぱげ





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