それは、ある晩のこと。

夕食をとった後、僕はいつものようにリビングでたまった宿題を消化するのに四苦八苦していた。

横には僕の同居人−金色の髪の女の子−が、さも当然という顔をして鎮座している。

 

ねぇ。僕の部屋はもともと物置で電灯が暗いからこっちで勉強しているけど、キミはちゃんとした

部屋が有るんだからリビングで勉強する必要はないだろ。

僕から部屋を取っておいて結局寝るだけにしか使ってないじゃないか。

 

だけどそのことについて控えめながら文句をのべると、

「いいじゃないのさ。あんたはあたしに漢字を教える。あたしはあんたの苦手な数学を教える。

 持ちつ持たれつ、一連托生よ。」だそうだ。

前もって考えてたな。その答え。

・・・・・まあ、黙ってやっててくれる分にはいいんだけどね。だけど必ず途中で飽きちゃって僕に

ちょっかいかけてくるんだもんなぁ・・・。
 
 



 
STAGE29.5:ふたりぼっちの夜


Kastu

  



 
「ね、シンジ」

ほらきた。

「なに、惣流。」

あ、まずい。名字で呼んじゃった。

「むぅ〜。また名字で呼んだわね。一緒に住んでんだから堅苦しいことは無しにしようっていっつも

 言ってるでしょうがっ。」

そうだよね。確かにキミはそう言ったし他に特別な意味はないんだろうけど・・・・・

でもやっぱり女の子とファーストネームで呼びあうっていうのは、その・・・・・恥ずかしいんだよ。

ドイツじゃごく普通のことなのかもしれないけど、ここは日本なんだしさ。

この前だってトウジやケンスケに変な勘ぐりされてたいへんだったんだからね。

な、なにそのジト眼は。

「や・り・な・お・しっ」

・・・・・はいはい。

「何か用?ア、アスカ。」

「よろしい!」

アスカは満足げに両手を腰に当て、大袈裟にうなずいた。

それを見て僕がホッとしたのも束の間、思い出したようにまた怒り出す。

「あ〜もうっ!あんたのせいで何を聞こうとしてたのかわかんなくなっちゃったじゃないのさ!」

 

・・・・・はぁ。なんだか疲れた。

 

プルルルッ。

 

ん、電話が鳴ってる。

「はい、葛城ですけど・・・・・」

「あ、シンちゃん?」

ミサトさんからだった。

今夜も遅くなるからということだけを告げて、ミサトさんは電話を切った。

別に今日に限ったことでもない。このところミサトさんはやけに忙しくて、僕らが寝てしまった後に

帰ってくることも珍しくないんだ。

また今夜もアスカと二人っきりということになるんだろうな。

 

「誰から?」

「ミサトさん。今晩も遅くなるって。」

「そっ。じゃあまた今夜も二人っきりだわね」

キーボードを打ちこみながら、アスカが何の気なしに言う。

「・・・・・・・・。」

別に今日が初めてというわけではないけれど、アスカの口から直に「二人っきり」というフレーズを

聞かされると、一瞬心臓をわし掴みにされたような感じがして途惑ってしまう。

最近は特にそんな気がする。

ユニゾン特訓の時は5日間も同じ部屋で寝泊まりしてたのに、全然何も感じなかった。それなのになんで

今頃になってこんなに意識してしまうんだろう。

相手はアスカだっていうのにさ。

 

だけど僕も一応は男だし、アスカだって一応は、一応は女なんだから、二人っきりっていうのは常識的に

まずいんじゃないかとも思うんだけどね。アスカもミサトさんもあんまり気にしてないみたいなんだよな。

けどそれは僕を信用してくれてるからというわけではないんだよね、きっと。

男としてみなされてないっていうのがホントのところなんだろうな・・・・・はぁ。

 

「ねぇシンジ」

「今度はなに?」

「さっき聞きたかったことを思い出したわ。」

「そう。どの漢字がわからないの?」

「ばぁか、違うわよっ・・・・・前から聞きたかったんだけどさ、あんたはどうしてミサトと一緒に住もうと思ったの?

 ・・・・・て言うか、どうして碇司令と一緒に住まないのかな、って」

 

僕は思わずアスカのほうに向き直った。

いつも通りの軽い口調とは裏腹に、アスカはまっすぐな視線を僕に向けてくる。

ねぇ、それってどういう意味で聞いてるの?

いきなりそんなこと聞かれても、どう答えたらいいのかわからないよ。

 

「僕がいると迷惑?」

 

ちょっときつい返し方になっちゃったかな。

必ずしもそう思っていたわけじゃないけれど、とっさに口から出てしまった。

アスカのことを変に意識してる自分への後ろめたさが有ったのかもしれない。

 

「ち、違うわ!」

 

アスカの反応はびっくりするぐらい大きかった。面白いことにアスカも自分で自分の声の大きさに驚いている

みたいだった。

「別にシンジといるのが嫌ってわけじゃ・・・・・ただ単純に疑問に思っただけよ。」

「ご、ごめん。」

ものすごく恨めしそうなアスカの視線につられて、僕は反射的に誤ってしまった。

 

ちょっと気まずい雰囲気が漂う。

 

・・・・・でもどうしてだろう?そういえばあまり考えたことはなかった。

考えたくなかったのかな。ひょっとすると。

父さんのことは嫌いだ。・・・・・嫌いだけど、もし父さんが一緒に住もうと言ってきたら、

きっと僕には断れない。

多分僕は心のどこかで、まだ父さんに期待してるんだと思う。

期待するだけ無駄なはずなのに。あの父さんが自分から一緒に住もうなんて言ってくるはずないじゃないか。

だからといって自分からお願いするのは嫌だ。

僕は・・・・・僕はまず父さんに僕のことを好きになって欲しいんだ。

それは甘えかもしれないけど、あんなのだって親なんだもの。

親に甘えられなくっていったい誰に甘えろっていうんだよ。

 

・・・・・・・・・・・・。

 

「べ、別に答えたくなかったら答えなくてもいいわ。」

アスカが珍しく歯切れの悪い口調でそう言った。

僕は多分意識しないうちに考え込んで、相当暗い顔をしていたんだろうと思う。

・・・・・変だな。いつものアスカなら「まぁ〜た辛気臭い顔してる。ほんっと根暗なんだから。」ぐらいの

ことを言ってきてもよさそうなものだけれど。どうしたんだろう?

だけど、いかにもまずいことを聞いてしまったというような表情で僕の様子をうかがうアスカの態度は、意外に思う

反面、なんとなく分かるような気もする。

そうした話題に触れて相手を傷付ける事に敏感になっているのかもしれない。

お互いに家族に恵まれてないことはなんとなく知っているから。
 
 
『ママ・・・・・どうして死んじゃったの・・・・・?』
 
 
あの夜のアスカの寝言が頭をよぎる。アスカの本当のお母さんはもうこの世にいないんだった。

だけど僕の方は断絶状態とはいえ父親が生きているわけだし、アスカから見れば、僕はうらやましい存在という

ことになるのだろうか。
 
 
 
もしそうだとしたらごめん、アスカ。

なんだかこっちが申し訳ない気持ちになってしまう。

だけどアスカがそういう気遣いをみせてくれるのは、正直な所、嬉しい。

アスカって、確かにちょっと見た目はきついしワガママかもしれないけど、アスカなりに人のことを思いやるところ

だってちゃんとあるんだよね。

トウジやケンスケに言っても信じてくれないかもしれないけどさ。

父さんと一緒に生活するにはしこりが有りすぎるのも確かなことだけれど、僕はたぶんそんなアスカやミサトさんと

の共同生活を、いつのまにか心地よく思えるようになってしまった。だからこそ彼女たちと一緒に住んでるんじゃないかな。

いま現在僕に言えるのはそれぐらいだと思う。

でも、それで充分じゃないだろうか。
 

 
だけどこんな事恥ずかしくて人には言えないな。特にアスカにはね。

・・・・・はは。なんだかおかしいよね。

ちょっと前までは、人とか関わりあうのはメンドクサいしゴメンだ。なんて思っていたのに。

ましてやアスカみたいなタイプの女の子は一番苦手じゃなかったか。

 

「・・・・・ちょっとあんた、なに笑ってるのよ。」

「は?」

「は?じゃないっ。またあたしをバカにしてるわね。あんたがそうやってにやにやしてる時はいっつもそうなんだから。」

「そ、そんなことないってば。」

「じゃあ、なに考えてたって言うのよ。」

「いやその・・・・・アスカって優しいな、って。」

「・・・・・・!」

僕はそんなたいそうな意味で言ったつもりはないんだけど、アスカの顔はみるみるうちに真っ赤になってしまった。

 

「なっ、なに馬鹿なこと言ってんのよ!」

ば、馬鹿なことって、アスカを誉めてるんじゃないか。

「頼むからもう少し素直になってよ。」

「うるさい!」

叫ぶと同時にアスカが飛び掛かってきた。避ける間もなくヘッドロックを極められて、頭を握り拳でグリグリと

やられてしまう。

「ちょ、ちょっと待ってアスカ。苦しい、痛い、ギブアップだってば。」

キミは訓練を受けてるんだから、素人の僕に本気でやられたらたまったもんじゃないよ。

「ホント貧弱なんだから。少しは体を鍛えなさいよね。」

「ねぇアスカ」

とにかく話題を変えなくちゃ。

「なによっ」

「アスカの方こそなんでこの家にこようと思ったの?」

以前ミサトさんは「アスカが自分から来たいと言った」と言っていたけど、なぜこの家を望んだのかをアスカ自身の

口から聞いてみたい気もする。

「決まってるでしょ。ミサトが加持さんにヘんなちょっかい出さないよう見張るためよ。」

 
アスカはややうつむいて、ぶっきらぼうに言った。

はは。やっぱりそういう答えなんだね。

だいたい予想していたような答えだったから別に驚いたりはしなかったけれど、何故だろう?ほんの少しだけ残念な

気がする。だから、

 

「ホントに?」

 

そう尋ねたのにも別に深い意味はなかったんだ。なんとなくアスカが僕をはぐらかしているように思えたから。ただそれだけ。

だけど僕の問いかけに、何故かアスカは自分の手元をじっと見つめたまま答えてくれない。

いつものように怒ったりせず無表情なのもかえって気味が悪い。

なんだか今日はヘンだ。僕だけじゃなくアスカも。

 

今日はもう寝よう。

 

情けないけれど、僕は逃げるようにアスカから背を向けて立ち上がろうとした。

 

「待って」

 

僕は膝をついたままその場に固まってしまった。

おそるおそるアスカの方を向くと、アスカは膝を抱え込んでじっと床を見つめている。

そしてそのままの格好で、アスカはポツリと言った。

「本当は、もう一つあるんだ・・・・・」

「えっ?」

「知りたい?」

「・・・・・・うん。」

 

僕は出来の悪いからくり人形みたいに、ただうなずくことしかできなかった。

喉が無性に渇く。

 

不意に僕の方を見上げたアスカと眼があった。

 

「・・・・・・じゃあ、教えてあげる。」

アスカは体を起こすと膝をついたまま僕の方へにじり寄ってきた。

そしておもむろに手を伸ばすと僕の両肩にかける。

 

「眼ぇ、閉じて。」

いったい何を考えてるのさ、アスカ。

僕は黙って目を閉じた。

目を閉じると全身の感覚が鋭敏になって、アスカから発しているほのかな温かさや甘い匂いに包まれているように感じる。

 

なんだか頭がクラクラする。ミサトさんに無理矢理ビールを飲まされた時の感覚に似てるけど、それよりもずっと

気持ちがいい。だけどすごく胸が苦しい。

 

頬にアスカの吐く息を感じる。

アスカが顔を近づけてきているの?

 

こ、これってもしかして、・・・・・!

 

 

・・・・・・・・・・・ん?。

 

 

「やっぱり自分で考えなさい。」

 

ええっ?ちょ、ちょっとアスカ!?

夢を見ているような感覚から瞬時に引き戻されて目を開けると、アスカはすでに立ち上がって、リビングから出て

いこうとしていた。

 

「ア、アスカ。」

背中ごしに思わず呼び止めてしまった。

「なに?」

アスカは立ち止まったけど、そのまま僕の方を振り向いてくれないのでどんな表情をしているのかわからない。

だけどアスカの声がうわずってるのがはっきりとわかり、僕はますます緊張してしまう。

とにかく何か言わなくちゃ。

 

「えっと・・・・・その、もしかしてご飯が作れないから?」

「・・・・・なんでそうなるのよっ!」

 

バキィッ!

 

それは文句なく今までで最大級、手加減無しの一発だった。

「ばかばかばか、ばかシンジィっ!」

鼓膜の破れるような金切り声でそう叫ぶと、アスカは脱兎の勢いでリビングを飛び出していった。

 

アスカの姿が見えなくなった後、僕は痛む頬をおさえながらのろのろと起き上がった。

さすがにアスカの部屋まで追いかける気力は今の僕にはない。

風呂にもまだ入ってなかったけど、もう面倒くさくなって、部屋に戻るとそのままベッドに倒れこんだ。

とたんに今までの緊張が抜け、どっと疲労感が襲ってくる。

頭の中では、さっきまでの出来事が何度も何度もビデオの様にくり返し再生されている。

あれって、その・・・・・キ、キスしようとしたん・・・・だよね。やっぱり。

テレビか何かで見たようなシーンが脳裏をかすめる。 
 
 
 

でも、いったいどういうつもりだったんだろう。

 

綾波の考えてることもわからないけれど、アスカの考えてることも違った意味で良く分からない。

しかも一緒に暮らせば暮らすほど、分からないことが多くなっていくような気がする。

 

・・・・・本当に?

 

僕は本当にアスカが何を言いたかったのか分からないのか?

 

「アスカ、もしかして僕のこと・・・・・・・はは。そんなわけないよね。アスカは加地さんの事が・・・好き
 
 なんだろ・・・・・はぁ。 ・・・・・じゃあ僕は・・・・・・僕はどうなんだろう・・・・・。

 アスカのことが・・・・・・・好き・・・・・なのかな・・・・・・・わかんないや・・・・・・・・・むにゃ」

 

 

<おわり>


<後書き>

Katsuです。

エース掲示板だけでは飽きたらずに投稿までしてしまいました。

題名を見てお気づきの方もいるかなと思うのですが、このハナシはエース版をイメージして・・・・というか、

私のエースを読んでの感想&先読み&願望(笑)をSSっぽく仕立ててみようと思って書いたものです。

掲示板でウダウダ論じるだけなのもナンですからね。

とはいえ、ぱっとしない出来に、穴があったら入りたいというのが現在の正直な心境です(笑)
No Fear!は投稿もレベル高いからなぁ・・・・

最後になりましたが、こんな拙い作品を乗せてくださったtakeoさん、そして最後まで読んでくださった

我慢強い読者の方々に感謝いたします。では。




<takeoのコメント>


「今月のエース!」の掲示板でいつもお世話になっております、Katsuさんより投稿を頂きました!

Katsuさん、ありがとうございます(^^)


さて、本作品ですが、Katsuさんらしく?貞本版エヴァをベースにしたものとなっていますね。

貞本さんが描くアスカやシンジの、本編とはちょっと違った様子が非常によく描かれています(^^)

そして、ふたりのお互いを気遣うこころの様が…。

なんとも言えず、いいですね。


そして、ラストシーン。

ドキドキしながら読みました(*^^*)

残念ながら?、期待した通りにはなりませんでしたが(笑)

う〜ん、この続きが読みたいですねぇ(^_-)

なんとも気になります。


Katsuさん、本当にありがとうございました!

また機会がありましたら、よろしくお願いします。


皆様、Katsuさんへ、ぜひ感想メールを!

Katsuさんへのメールは Katsuさん [96020kk@jichi.ac.jp]




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