GENESIS

(4)


 どれほどの時間歩き続けたのか、時間の感覚がなくなり、体力も消耗し、それに
何よりも精神的に参ってしまって、もう限界だ、と思いはじめたとき、ようやく、
壁のライトとは明らかに異なる光が行手のはるか彼方に見えた。僕は残った体力と
精神力を振り絞り、その光に向かって歩きはじめた。
 それから十分ほど歩き続け、僕はやっと光の源に辿り着いた。それは上半分にす
りガラスの嵌った、がっしりとした木製のドアだった。ロビーで目にした手摺やフ
ロント・カウンターと同様、木の部分はその経てきた歳月の長さを示すように濃い
飴色をしている。ドアノブは艶消し加工をほどこした真鍮でできているようだ。僕
の記憶にあるものよりも全体に小さく、丸っこい形をしている。細かい傷があちこ
ちについており、また錆のせいなのか、色も少しくすんで暗くなっているように見
えるが、それがかえって温かみを感じさせた。すりガラスは対照的に真新しく見え、
それを透かして漏れてくる光はむらのない美しい乳白色である。替えたばかりなの
だろうか。ガラスの向こう側にはまったく何も見えない。影ひとつ映っていない。
 僕はドアの前に立ち、何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。僕はここを開
けて向こう側に出ていかなければならない。他に手がかりがない以上、選択肢はひ
とつしかなかった。僕はドアノブを握り、両目をつぶった。なぜ目を閉じるのか自
分でもわからない。ほんとうは目を閉じていては突発的なアクシデントが起こった
場合に対応がむずかしくなり、つまり危険はかえって増すのである。しかし僕は目
を開けていることが怖かった。目を閉じていなければ、そのドアを開ける勇気を奮
い起こすことがどうしてもできなかった。
 僕はしばらくそのままの姿勢でじっと立っていた。そして「外に出たい」という
気持ちが全身に満ちてくるのを待って、それが最高潮に達したと感じた瞬間、思い
切ってドアを押し開け、一気に向こう側へと飛び込んだ。
 僕はドアノブを後ろ手に掴んだまま、踏み込んだその場に立ち止まった。まだ目
は閉じている。僕は身じろぎもせずに中腰の姿勢で全身を固くして立ち、身体じゅ
うの皮膚を耳にして、あたりの様子をさぐった。動くものの気配はない。空気の温
度はわずかに下がったような気がするが、それ以外には特に変わった様子は感じら
れなかった。
 二、三分ほどそのままの姿勢でじっと立ち、自分に危害を加えるものは何もない
ようだと納得してから、僕は力を抜いて背筋をのばし、それからゆっくりと両目を
開いた。