レンタカー・その3 さて、高校1年の春休みのバイトのレンタカー会社のカウンターで、社長のお留守に、絶対に逆らってはいけない粋(いき)でいなせなご職業のおにーさんが来店して「免許証を忘れたが、車貸せ」といわれて、「はい、どうぞ」と鍵をおわたしして、社長が帰ってこないうちに粋でいなせなおにーさんが帰ってくることを八百万(やおろず)の神々とクライストさんとムハマンドさんとシッタルーダさんと盤古(ばんこ)さんとアフラマズダーさんと、まあ、なんでもいいからご利益があるかもしれない神さんホトケさん全員を動員して祈って事務所のテレビを見ながら暇つぶしをしているときに先輩社員のろくでなし風にーちゃんが支店から戻ってきたのである。 それで、このにーちゃんが戻ってきたので、あたしはすぐカウンターの椅子からどいてそのにーちゃんにゆずったところへ、社長が用事先から帰ってきたのであるが、出先でご馳走があったらしく、社長は少しお酔いになっているのである。 それで、社長は当然、カウンターの貸し出し書類に目を通しはじめたのである。 もちろん、とてもはっきりとは言えない粋でいなせなお仕事のおにーさんのお書きになった書類にも目をお通しになったのである。 そしたら、顔つきが突然険(けわ)しくなって、声が一段低くなったのである。 「おい、これ、免許の覧が書き忘れてるぞ、誰だこれを担当したのは」 「あ、ぼくです」 「だめだよ、ちゃんと確認しないと、これ、事故ったらどうするんだ、それに無免許のものに車を貸したら、業務停止になるぞ!」 だんだん、声が大きくなってくるので、 「うへー、そんなに怒んなくてもいいじゃないか、事故起こすとも限らないんだからさー」 なんてとても言えたもんじゃないので、 「すいません、1人だったので焦ってしまって」 なんて、てきとーな言いわけしてたら、社長が心配になったらしく、机の引き出しの他の書類も確認しだして、何かを見つけたのである。 これが、先輩ろくでなし風にーちゃんが以前に書き損じたらしい貸し出し書類で、名前以外がないらしく、社長はもう酔っ払ってることもあって、激怒し始めたのである。 「おいっ、これはなんだっ、これも君かっ、いったい俺の留守の間に、何をやってたんだっ」 「いや、それはぼくじゃありません」 「なにっ、それじゃお前かっ、何をやってるんだーっ!!」 と、怒鳴りながらその書類を怒りのあまり破って、先輩ろくでなし風にーちゃんの尻をぐーで殴ったのである。 そしたら、にーちゃんが、 「なんだよー、やんのかよー」 とボクシングの構えをしたのである。 そしたら社長はさらに激怒して、 「なんだその態度はっ」 と、つかみかかったのであるが、おにーちゃんはいきなりストレートを繰り出して、それが社長の頬にめり込んで、社長の顔が横にお向きになって、それでも社長はつかみかかるので、さすがにあたしは見てるわけにもいかないので、横から割って入って、にーちゃんに、 「だめだめ、手を出しちゃだめ、落ち着いて」 と言ったのであるが、社長が、 「お前、俺をなめるなよ、俺の裏のうちは、○○会の○○だ、電話すりゃいつでも来るんだぞ!」 なんて、物騒なことを言い始めたら、おにーちゃんが、 「呼んでみろ、俺だってハマから仲間を呼ぶぞ!」 なんて、もう、どんどんとんでもない方向に行き始めて、にーちゃんはさらにファイティングポーズをとっているので、あたしはとにかくこのにーちゃんを事務所の外に押し出して、 「だめだよ、そんなことしたら、クビになるよ」 「だって、あいつがよー、おれ、書いたもん破かれるとアタマ来るんだよー」 と、目がつりあがってるのである。 「おいおい、そこかよ、尻をぐーではたかれたからじゃないのかよ」 と思いながら、おにーちゃんを落ち着かせていたら、そこへ、免許証不携帯もしくは無免許で車を借りていった、とてもはっきりとはいえない大迫力で粋でいなせなご職業のおにーさんがお帰りになって、その対応なんかでその場はうやむやになって、先輩にーちゃんはその車の洗車をして、社長はカウンターで客の対応で、あたしの件はそれ以上とくにお咎(とが)めもなくて1日が終了したのである。 それで、次の日はさすがにこのろくでなし風先輩にーちゃんはクビになっちゃうだろうなー、なんて思って、まあ、その原因の大本があたしであるのもあって、気が咎めていたら、朝、社長と顔を合わせるとにーちゃんが、 「どうも、きのうは殴ってしまってすいませんでした」 と謝ったら、社長も、 「いや、俺も少し酔ってたから、まあ、これはどうもお前の書き損じらしいから問題はないが、これからは書き損じたら破棄してくれ」 なんてことで、あたしの予想に反する、意外な展開で何のこともなく仲直りして、その後も社長はこのろくでなし風先輩にーちゃんを、なんだかんだ言いながらも、あたしのバイトが終わるまでべつにクビにすることもなくて、あたしは子供ごころに実に不思議な大人の人間関係をみているような気持ちであったのである。 その後も、友達を通じて、「また、バイトに来てほしい」と連絡があったのであるが、あたしは2度と行かなかったのである。 |