象気功
象気功

本日の御神託


時間感覚


まあ、実は先日、母校の高校の近くに仕事で用事があって、懐かしさで母校に寄って、数十年ぶりに校舎を除いてみたらば、これ、どういうわけか、記憶とぜんぜん違って、ものすごく小さくて狭いのである。

玄関もものすごく小さく狭くて、いつもそうとう長く感じた渡り廊下がこれ、嘘みたいに狭く短いのである。


ものすごく広かった校舎の中庭は、手が届きそうなぐらいせまくて小さな庭であるのである。

まあ、小学校なら、小学生のときの身長、目線の高さから、広く大きかった記憶になると思うが、あたしは高校1年から身長がまったく伸びてないので、今と寸分たがわぬおなじ目線でこの高校の校舎を見ていたはずであるが、これが、信じられないぐらい小さく狭く短くなっているのである。

これ、校舎を建て直したのかとも思ったのであるが、どう見ても、大きさ以外はその当時の記憶そのまま古くなっているのである。


だから、おなじ建築物や庭が高校生のときは広く大きく見えて、数十年たったら、とんでもなく狭く小さく見えるようになったというしかないわけである。

これが、脳の老化、加齢ということであるかもしれないわけである。

ものが大きく広く見えるときは、たとえばそこを歩いたときに到達時間が長くかかるわけであるから、時間が長く感じ、それが数十年して同じものが小さく狭く感じるようになるということは狭いのであるから、そこを歩いたときに到達時間が短く、つまり、時間が短く感じるわけである。


まあ、ほんとに最近は時間がものすごい勢いで過ぎていくのである。

あっという間に1年が過ぎるのである。

そういえば高校生のときの1年は永遠に終わらないという感じの長さであったのである。

いつから、1年があっという間に過ぎるようになったのかは定かでないのであるが、気がついたら、1年が短くなっていたのである。

この先、あっという間に、気がついたらあの世の入り口にいるわけである。

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