象気功
気功の穴
象気功


本日の御神託
楽に生きる方法その3

前世鑑定だの守護霊を視るだ来世を視るだのありもしないことをほざいて商売にしてるやからがいるが、そんなもんに金を払うのは楽しいかもしれない。

ぺこぱかよ。


何言ってるの?

しらんがな。

てなことでいつものように無駄口で始まったわけであるが、自分の人生がたいしたことはないと気が付いた時点で楽になるのである。

ところがこれに気づくのはお亡くなりになる直前か、あるいはお亡くなりになってからである。


なにしろ気づきである。

けっ。

くっだらねえ。

また始まった、よしなさい、その言葉で何かを得たと勘違いしてご満悦のアホの皆さんも多々おられるんだから。

こらこら、精神世界スピリチュアルバカをアホ呼ばわりするのはよしなさい。


その前にバカ呼ばわりしとるやんけ。

ううう、だめだ、朝早いので目が覚めない。

今日は仕事があるので、朝しかハイパーグラフィアを満足させる時間がないのである。

なにしろ象気功は身体を変えて人生を変えるという現実主義であるので、くだらんヒーリング妄想詐欺商法とは一線を画す大ぼらである。


大ぼらかよ。

はいな。

それでまあ、とにかく楽に生きる方法である。

ものすごく簡単である。

欲を捨てればいいのである。

終わり。


終わるなよ。

ワンパターンかよ。

苦しみがあるのは今よりも良くなりたいという欲があるからである。

今がどんなに状態であれ、それがあなたの現実であるので、それをあっさりと受け入れて、今を生きるというのが正しい生き方である。


どんなに不幸であると思っても、それが今であれば、その今を生きるということである。

あるいはどんなに幸福であると思っても、それが今であれば、その今を生きるということである。

ううむ、意味がわからない。


わかるわけがない、黄泉の国からの霊界通信による神のお告げという名の口から出まかせである。

こらこら。

明日も昨日も幻想である。

明日もなければ昨日もなく、今現在この時だけがあるということである。


息をして鼓動を感じて生きている今だけが現実であるということである。

未来という無いものに希望を抱いたり、過去という無いものに失望したりするのはバカげたことである。

どんな状態であれ、今この時を生きることに注力することが肝要である。


明日のことや昨日のことを思い悩むのは人間だけの能力であるが、これをやめれば楽に生きることができるのである。

つまり、動物に回帰するということである。

すべての人は、本人の意思と関わりなく生を受けて、本人の意思と関わりなく生を終えるわけであるから、すべてはなるべくしてなるようになるわけである。


現在今この時以外のことは幻想であるから、その幻想を捨て去ればいいわけである。

ところがこれが、大脳が肥大した人間にはできないことである。

ありゃりゃ。

つまり、幻想に振り回されて思い悩み苦しむようにプログラミングされているわけである。


脳は種の保存を良好にするべく発達してきたわけであるが、それがいつのころからか、思考による苦しみを生み出すようになってしまったわけである。

その思考はすべて脳の作り出した幻想である。

たとえば、人の評価なんてもんは幻想の最たるものであるが、SNSの発達でそれを中心に生きてる人も多々おられるわけである。


だからなんだといわれればグウの音もパーの音も出ないがチョキの音は出てもいいかもしれない。

ぺこぱかよ。

それやめなさい。

はい。

その幻想の最たるもののSNSで悩み苦しんで命を断つものもいるわけである。


脳が作り出した幻想と、本来の現実を混同しているからである。

さらには虚偽策謀の入り混じったSNSを現実と勘違いしてしまうからである。

その勘違いで世界情勢が変わる時代であるから、そんな幻想の時代に生まれたことは実に楽しいことかもしれない。

ぺこぱかよ。


やっぱりふざけてるだけだろ。

いやん。

続く。

うっそ~、こんなのさらに続けるの?

だいたい、こんなの本気で面白いと思ってるの?

思ってるわけねーだろ。

じゃあ、やめろ。

やだよーだ。
(2022・02・16)


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