象気功
気功の穴
象気功

本日の御神託
マントラによる人体改造の話



おーむ かかか
まかしりやまかきゃらやべいしらまんだやさんまやさとばんサラスヴァティー まかしりやまかきゃらやべいしらまんだやさんまやさとばんサラスヴァティーまかしりやまかきゃらやべいしらまんだやさんまやさとばんサラスヴァティーまかしりやまかきゃらやべいしらまんだやさんまやさとばんサラスヴァティーまかしりやまかきゃらやべいしらまんだやさんまやさとばんサラスヴァティー


まだ松の内であるので少し多めに回しておきました。

染之助染太郎 かよ。

それ誰 ?

さあ 全く分かりません。

まあとにかく今年は「スワイショウ」とこの「意欲の出るマントラの2本立てである。


場末の映画館 かよ。

場末の映画館は3本立てだ。

どーでもええがな。

かしこまりました。

まあ 正しい日本語としては 「意欲の出るマントラ」ではなく「意欲の湧くマントラ」である。

「湧く」は「沸く」でもいいのであるが、沸騰してはまずいので「湧く」ぐらいがよろしいかもしれないのである。

しかし「枠」では 意味がわからないので よろしくないのである。

もちろん 単なる尺稼ぎであるのでどうでもいいのである。

まあ これ、何をしているかというと、 氣のわからないものには全くわからないと思うが、 いわば マントラによる人体改造である。

氣道のバランスを変えるわけである。


分かりやすい例で言うと、 例えば 何事にも動じない肚の座った人と、些細なことでビクビクする あたしら小心者がいるわけである。

これは 何が問題かというと、 氣道の開き具合のバランスである。

おおむね ざっくり言うと、下半身が開けば腹が座るし、 上半身が開けば 脳機能がよろしくなるわけである。

まあ 内臓の具合やホルモンバランスの問題もあるのでそんなに簡単なもんでもないが、やらないよりはマシの範囲内でそれなりにあれこれするわけである。


それで 現在 ご紹介しているマントラは、 東洋医学で言う「腎」の活性化である。

東洋医学における腎は、西洋医学の腎臓とは異なり、腎臓そのものだけでなく膀胱、耳も含みます。
体の水分の代謝にも大いに関係しますが、重要な働きとして生命の根源である「精」を蔵していることがあげられます。

生命の根源はともかくとして、このマントラをこれでもかと唱えると 氣圧が上がりすぎて鼓膜に異変を感じる人もいるわけである。

つまりそれは唱えすぎであるのでやめればいいわけである。

適当かよ。

象気功は 「適当、いい加減」が教義の主体である。

それではデタラメインチキかと言うと、そうでもないところが、これがなかなかね 粋なわけである。

粋かよ。

しかし、これでは 氣がわからないものにはさらに意味がわからないわけである。


現在スワイショウで 正中線を整え、体の正しいバランスを作る方法を伝授しているわけであるが、 伝授 ってモンパレかよ、 何言ってるの? 今でもモンパレってあるのかね、さあ どうなんでしょうか、 とにかく、この「意欲の出るマントラ」は言ってみれば 精神あるいは脳機能のバランスを変える方法であるわけである。

運気というものはやる気つまり意欲のあるものに向くのである。

やる気も意欲もなくて何もしなければ何も起きないのである。


当たり前である。

象気功は当たり前のことしか言わないのである。

当たり前体操である。

何ですの それ?

師匠、もうおなか一杯ですから先に行ってください。

かしこまりました。

このパターン 面白くないからもうやめましょうよ。

やだよーんだ。

かしこまりました。

もちろん それで劇的に精神状態や脳機能が変わるということではないが、 象気功タームの「やらないよりはマシ」 という効果は歴然とあるわけである。


歴然かよ。

劇的と歴然で何が違うんだ?

劇的(げきてき)とは、演劇らしい要素のあるさま、演劇を見て緊張したり感激したり印象づけられたりするのに似た状態を意味します。
歴然(れきぜん)とは、明白にすること、はっきりしているさま、あきらかであるさまを意味します。

てなことである。

だからなんだよ。

何でもありません。

よかったよかった。

よかねえだろ。

了承いたしました。

相変わらず展開が乱雑かよ。


冒頭のマントラを朝から大声で喚くとどうなるかというと、 もちろん警察に通報されて連れて行かれるのである。

てめー、ふざけるのもいい加減にしろ。

やだよーんだ。

えーと 今日は 何をやるんだっけか?

さて 何でしょうか。

高齢性認知症かよ。

それも毛す、 私がよりたからめけめけの良いのお父さんです。

こらこら、Google 音声認識 AIくん、日本語がめちゃくちゃだぞ。

I do not understand Japanese.

あたしのカタカナ英語でも、英語は 滞りなく文字変換するのね。


つまり、Google 音声認識 AI は日本語が苦手なわけだ。

まあ けとーの作ったもんだから しょうがない しょうがない。

逆差別 かよ。

そんなことはありません、 単なる 罵詈雑言 です。

承りました。

氣道が腎臓の周囲を中心に開かれるのである。

やってみればわかるが、 一時的に元気が出るわけである。


一時的というのは、氣道は非常に恒常性の強い組織で、 究極には生まれつきを保とうとするのである。

開いてもすぐに戻ろうとするのである。

生半可なことで氣道の状態が変わっては、いわゆる縁起のバランスが崩れて この世はしっちゃかめっちゃかになるのである。

ちょっと意味がわかんない。

神のお告げだけに、あたしにだって分かりません 。

それじゃあ しょうがない しょうがない。

生まれつき運気の良いものは運気が良くて、運気の悪いものは一生運気が悪く終わる、ということで縁起つまり神の作ったこの世社会が成り立っているわけである。

何を言いやがる、この神も仏もない 無神論者がよー。


まあ 要するにわかりやすく言えば DNA である。

つまり、個人の意志で氣道の状態を変えることは 意図的にDNAゲノムの配列を変えることと同じで、非常に困難である。

しかし、ご存じの通り、昨今は個人の経験がDNAに繁栄されるという研究もあるあれこれであるわけである。

遺伝子を人為的に組み換えたり、それを生細胞に移入したりして操作するてな遺伝子操作を俟たなくても、経験によるDNAの進化ということの可能性もないではないということであるかもしれないわけである。


これが本体的な生命体の進化の基であるとは思うが、同様に変えることが困難な氣道においても人為的に行おうというのがマントラ・真言・言霊である。

いわば 言葉による人体の進化ということであるかもしれないのである。

かもばっかりかよかも。

何を根拠にしているのかというと、あたしは無謀なマントラ・真言・コトタマの組み合わせと無謀な繰り返しによる効果で全身のチャクラが暴発して4年間寝たきり状態になったのである。


つまり、マントラ・真言・コトタマの効果はそういうことである。

どういうことだよ。

しらんがな。

もちろん そうは言ってもチャクラが暴発するにはそれなりの準備が必要であるのは言うまでもないことである。


暴発の準備かよ。

つまり 氣のあれこれに不案内なシローとの皆さんには、どんなに唱えても暴発する恐れはないので死ぬ気で思いっきり唱えていただいて大丈夫である。

ちゃんちゃん。

終わりかよ。

終わりだよ。

ううむ、意味不明な箇所だらけで直すのが大変だ。

まあ、いいや。

いいのかよ。

(2024・01・06)


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