●第1章 同人誌と同人活動のおさらい


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*1−1 同人誌とは

 近代文学は、言文一致体の『浮雲』で知られる二葉亭四迷と坪内逍遥によって、明治中期頃に確立された。続いて森鴎外や夏目漱石らが活躍し、文壇はより一層掘り下げられていった。同人の手によって数多くの同人誌が生まれたのも、この頃である。明治43年、武者小路実篤、志賀直哉を中心に発刊された同人誌『白樺』は特によく知られている。

 さて、同人とは志を同じくするという意味であるから、文学界に限らず幅広い現象に適用出来る。かくして、イラストや漫画をまとめて冊子にする人も同人であり、冊子は同人誌と呼ばれるようになった。現在では、同人誌=イラスト・漫画関係の方が通りがよくなっており、特にコミックマーケットに出入りする人の大多数は、この意味で同人誌を理解しているように思われる。 したがって、この文章で使う同人・同人誌も、以下の定義で用いることにする。(なお、アイドル関係やゲームなど影響を受ける素材や、パソコンソフトなど表現媒体が異なる場合も準用する。)

◆「同 人」
漫画やアニメーション作品の影響を受けて、イラスト・漫画・小説等の表現を用いて作品世界の模倣・解釈を行ったり作品を創作したりする者。またはその集団。

◆「同人誌」
同人によって表現された冊子類。





*1−2 同人の居場所=「同人空間」

 現況を見渡す限り、同人が同人たり得る最小の単位はサークルにある。何らかのサークルに加入したり自ら設立したりしなければ、同人活動に携わることは難しい。何某の個人誌を刊行するなど個人で活動する者も少なくはないが、彼ら/彼女たちでさえ、何らかの筆名を名乗り、サークル名を名乗っている。会員1名の個人サークルを名乗ることに何か意味があるのかとも考えてしまうが、いわゆる同人誌即売会に出展するための申込書にはほぼ例外なくサークル名の記入欄があるから、同人はサークルを軸にして初めて動くと理解して差し支えないだろう。

 サークルを作ると、人と人が集まりやすくなる。それは、サークルが作り出す居場所の魅力によるところが大きい。純粋に個人レベルで集まろうとすれば、互いの意志疎通が欠かせないが、サークルの集会という名目があれば集結はたやすい。いちいち連絡を取り合わなくても、指定された集合場所に行きさえすればいいからだ。集合する曜日や場所が固定化してくると、そこはいわゆる「たまり場」となって、特に用がなくても適当に集合し、適当に離散がなされることになる。この芸当を個人レベル同士で行うことはほとんど不可能で、まさにサークルならではの特徴と言える。「たまり場」とは人が集まる空間であり、サークルによって作られる「たまり場」は、特にサークル空間と呼べよう。

 同人誌即売会の会場は、サークル空間が集結する場所といえる。出展サークルに一般参加者の列が加わって、会場自体もひとつの大きな「たまり場」と化す。これは即売会空間と呼べよう。サークル空間も即売会空間も、同人のための空間なのだから、一般にこれらを同人空間と呼ぶことにしよう。 同人の活動とは、すなわち同人空間の中で居場所を見つけていく過程である。





*1−3 同人の活動レベルによる分類(第1類)

 さて、ひとくちに同人活動といっても内容は様々である。多くの場合、活動系統や内容(留美子系、星矢系、エロ系、パロ系)などで分けられるが、ここでは同人空間への関わり方という観点から、活動レベルを来訪型・参加型・運営型・創造型の4段階に分類してみた。

◆「空間来訪型同人」
目当ての同人誌を購入するために行列に並ぶ、即売会の一般参加者を想像してよい。彼らも即売会の立派な構成員ではあるが、単なる即売会空間への来訪者に過ぎず、厳密な意味で同人活動をしているとは言い難い。

◆「空間参加型同人」
サークルの普通会員がこれに該当する。イラストやオリジナルストーリーなど、自作の原稿を投稿する形で同人誌に参加する例が多い。サークル内の会合はもちろん、自分が入会しているサークルが出展する即売会に行けば、会長や他の会員と会うことが出来るから、単なる来訪者よりはましなコミュニケーションが可能である。ただ、この段階では、よそのサークルの人と気軽に交流するには敷居が高い。

◆「空間運営型同人」
サークルの役付会員(スタッフ)がこれに該当する。同人誌の編集・制作や販売、事務処理など一定の役割を果たすスタッフは、本人の自覚のあるなしは別にして、サークル空間を運営する側に立っている。このクラスになると、○○サークルの××さんという名で他サークルの人にも知られるようになり、人脈が広がっていく。 なお、即売会のスタッフとして、即売会空間の運営に携わる者もいる。

◆「空間創造型同人」
端的にサークルを創設することを指す。創設者は普通、会長となる。まったくのゼロからサークルを旗揚げする者もいるが、既存の大手サークルなどに参加し、そこで活動しながら自分のサークルを持つ例が多いようだ。個人サークルを指向しなければ、随時メンバーを増やしながら組織としての体裁を整えていく。即売会を主催する=即売会空間を創造する場合も含まれる。



 一般に、サークルを創設=空間を創造した者は、そこで自由に振る舞える特権を手にする代わりに多くの道義的責任も負う。自分勝手に人を動かすことは禁物だし、いったん空間が機能しはじめたら、しかるべきけじめをつけない限り勝手にやめることは難しくなる。即売会空間を創造(即売会を主催)しようとする者は、サークル空間の創造以上に責任の自覚が問われている。特に、会社組織化して即売会の運営を考える場合、(それで食えるかどうかは別にして)まさにプロとしての働きが期待されている。





*1−4 まとめ

 同人誌は、他人の目に触れてもらうために作られる。(もちろん、他人に読まれることを前提としないものも定義上は同人誌であるが、それはプライベートな日記と同じで同人誌と主張してもしようがない。)同人誌は、流通して初めて同人誌と呼べるのだ。

 サークルが作り出す居場所=サークル空間と、サークル空間が集合した即売会空間は、同人誌の編集工房と流通市場であり、これらを総合した同人空間の中にいて、同人は同人としての活動を行うことが出来る。活動を通じて様々なコミュニケーションが交わされるが、活動のレベルが高くなればなるほど、同人誌を通じた付き合いにとどまらなくなり、それが本当のものかどうかは別にして、俗にいう人間臭い関係も深められていく。

 異性とのコミュニケーションは同人空間でも珍しくないが、その多くは性差など関係ない表層的なレベルにとどまっている。だから、片思いならともかく、それだけで恋愛感情へと発展していくことはない。可能性があるとしたら、表層レベルを越えて付き合っていく過程の中においてだろう。逆に言うと、同人空間を通じて異性の友人や恋人が出来るとしたら、互いが一定以上(おそらくは空間運営レベル以上)の高い活動水準にあることが必要な条件だと思われる。






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