●原作者・柊あおいの世界
An Explanation of the Hiiragi-Aoi World

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このページでは、「猫の恩返し」の原作者である柊あおい女史およびその世界観について紹介します。



●柊あおい女史について 2002/06/30



●柊あおい作品の特色 2002/08/30



●資料:柊あおいの『りぼん』の時代 2002/06/30


「耳をすませば」 月島雫

 
●柊あおい女史について


柊あおい女史は、少女向けコミック雑誌『りぼん』を代表する漫画家の一人。中学一年の頃から漫画を描き、投稿を始める。しかし、デビューする機会には恵まれず、短大卒業後に一度就職して社会人になる。しかし、漫画家への夢を捨てきれずに働きながら漫画を描きいて投稿を続け、ついに1984年にデビューを果たす。中学時代から7年以上もコツコツと投稿を続けた末に巡ってきた、苦労の末のデビューであった。デビュー後しばらくの間はOLと漫画家の二足のわらじを履いていたが、その後漫画家として独立した。

初めての連載作品となった「星の瞳のシルエット」は絶大な支持を獲得し、その人気は『りぼん』の公称部数を200万部から250万部に引き上げる原動力になったと言われるほどであった。その後も「耳をすませば」「銀色のハーモニー」「STEP」「ペパーミント・グラフィティ」などの作品を精力的に連載、好評を博する。1995年には「耳をすませば」がスタジオジブリより映画化され、その原作者として国内外の幅広い世代の間で知られるようになった。

1997年以降は『マーガレット』『ぶ〜け』(集英社)に作品発表の場を移したほか、育児情報誌『HUG』(学研)で自らの子育て体験を題材にした実録子育てコミックスを描くなど活躍の幅を広げながら現在に至っている。2002年、スタジオジブリ作品「猫の恩返し」の原作となる描きおろし作品「バロン 猫の男爵」を発表した。

1962年生まれ。栃木県出身。現在、2人の男の子を育てるお母さん漫画家でもある。

主要な柊あおい作品の一覧
主な作品 発表年 備   考
コバルトブルーのひとしずく 1984 『りぼんオリジナル』1984年初夏号(集英社)に掲載。デビュー作。(単行本『乙女ごころ夢ごころ』に収録。)
星の瞳のシルエット 1985〜1989 『りぼん』(集英社)1985年12月〜1989年5月まで連載。(コミックス全10巻、文庫版全6巻)
耳をすませば 1989 『りぼん』1989年8月〜11月まで連載。1995年7月、スタジオジブリより映画化。
銀色のハーモニー 1990〜1992 『りぼん』1990年2月〜1992年9月まで連載。(全7巻)
STEP−ステップ− 1993 『りぼん』1993年4月〜7月まで連載。
ペパーミント・グラフィティ 1995 『りぼんオリジナル』1995年6月号〜12月まで連載。
雪の桜の木の下で・・・ 1996 『ぶーけ』(集英社)1996年1月号に掲載。
SMILE! 1997〜2000 『マーガレット』(集英社)1997年9月〜2000年6月の間に不定期連載。(全2巻)
キャンパス スケッチ 1998 『ぶ〜けデラックス』(集英社)1998年1月号に掲載。
「おかあさん」の時間 1999〜2001 育児情報誌『HUG』(学研)に1999年4月〜2001年3月まで連載。
バロン 猫の男爵 2002 描きおろし(徳間書店)。 2002年7月、スタジオジブリより「猫の恩返し」として映画化。




 
●柊あおい作品の特色


柊あおい女史は、「星の瞳のシルエット」「耳をすませば」「銀色のハーモニー」の主要3作品をはじめとして数多くの作品を生み出してきた。それらの作品は、それぞれに個性的な作風が確立されているが、柊あおいワールドのエートスともいうべき共通点を挙げることも出来る。ここでは、特に『りぼん』で連載されていた作品群に着目し、柊あおい作品らしさを特色づけている要素について考えてみることにする。

星の瞳のシルエット(1985年〜1989年)
沢渡香澄(左)久住智史(右)

「耳をすませば」(1989年)
天沢聖司(左)月島雫(右)

銀色のハーモニー(1990年〜1992年)
結城琴子(左)霧島海(右)

作品世界の基本的な流れ
『りぼん』で連載された柊あおい作品の主人公は中学生が多く、『りぼん』の主な読者層である小中学生と同じか少し年上という設定がなされている。外国が舞台という訳ではなく、過去や未来の物語という訳でもなく、魔術や妖術が登場する非現実的なおとぎ話でもない。物語は現代日本の日常生活が舞台であり、等身大の少女がヒロインを演じる。そして、身近な男の子との出会いから両想いに至るまでを描いていくのが、基本的な流れである。

つまり、柊あおい作品の特徴は、思春期にさしかかった主人公の出会いから両想いまでの過程を描く物語であり、両想いになった時点で物語が終わる。これは4年以上連載された長編であっても、1話読み切りの短編であっても同様である。連載期間が長ければ、それだけ両想いになるまでの期間も長くなり、様々なエピソードも加えられていくが、両想いになる=終了となるパターンは変わらない。両想いになってから後の生活が描写されることはないし、描写されたとしても最終回または番外編でエピローグ的に描かれるに過ぎない。両想いになった後の日常は、もう別の作品で描かれるべき別世界なのである。

主人公が想いを寄せる相手(男の子)もまた、早い段階から主人公に想いを寄せているのも特徴的である。お互いに相手に片想いをしている状態、すなわち潜在的には初めから両想いなのである。連載期間が長い作品ほど、互いに両想いであることを確かめ合うのが遅れるので、それだけ読者をヤキモキさせる仕組みになっている。最初から潜在的に両想いであったという運命的な出会いは、可能性としてはあり得るが現実にはなかなかない。柊あおい作品は、この「現実にありそうに見えてなかなかない出会い」の設定や両想いに至るまでの主人公の悩みや心の葛藤の描写が巧みである。特に「星の瞳のシルエット」における描写は秀逸で、それゆえ、同作品は「全国250万人の乙女のバイブル」と形容されるほどのヒット作となって一時代を築いたのであろう。

 ・思春期の恋愛がテーマ
 ・出会いから両想いに至るまでの過程を描く
 ・早い段階からお互いに片想いをしている(潜在的に両想いである)
 ・実際に両想いになったら物語は終わり

主人公の性格設定
柊あおい作品の主人公の性格も共通の傾向がある。全般的に内気・内向的な性格であり、クラスの中心に位置するような積極型タイプではいない。勉強は比較的出来る方だが抜きん出て優れている訳ではなく、突出した特技も特に持っていない。等身大の少女がヒロインなのだから、この性格設定はむしろ当然であろう。よって、そこそこの可愛らしさはあるが特段の美人という設定でもない。どこのクラスにでも一人や二人はいそうなタイプである。

クラスの中で特別に光った存在ではなく、平凡といえば平凡ではあるが、ある種の魅力を備えている。それが何であるかを表現するのは難しいが、「他のクラスメイトとは何かが違う、主人公の純粋無垢さ」と言うべきものであろう。しかも、その魅力には本人自身も気付いていないから、魅力を武器として男にアピールするということもない。それもまた純粋無垢さというべきものであろう。幾人かの男の子は、そういう主人公の性格に惹かれ、片想いしていく。繰り返しになるが、柊あおい作品は、そのような性格の主人公が、幾人かの男の子に好かれつつ、ある一人の男の子と運命的に出会い、そして両想いになっていくまでが描かれる作品群なのである。

 ・主人公の女の子は、内気で内向的
 ・勉強はそこそこ出来るが、突出した特技は持たない
 ・他のクラスメイトとは異なる、一定の魅力は備えている(純粋無垢さ?)
 ・その魅力を主人公自身は自覚していない=魅力を武器にしない

男の子の性格設定
主人公の女の子に想いを寄せる男の子は、夢や具体的な目標を持っており、たいてい人に負けない特技を持っている。成績は極めて優秀であり、顔も良い。よって他の女の子からもよくモテる。要するに、デキる男の子である。そういうデキる男の子が、(それほどの特技はない)ヒロインをずっと以前から秘かに想っていて、両者は最初から運命的に両想いであったという物語なのである。

 ・男の子は、夢や具体的な目標を持っている
 ・成績は概ね優秀であり、たいてい特技を持っている
 ・つまりはデキる男なので、女の子からよくモテる
 ・それなのに、さしたる特技もない主人公に惹かれてしまう

両想いになる女の子も男の子も打算や駆け引きというものを知らず、抜け駆けや出し抜きもすることがない。実直、素直、一途であり、自分の感情を素直に出すことが出来ず、親しい相手との関係を気遣う中で葛藤に悩む。つまりは、二人とも純粋無垢なのである。柊あおい作品は、この純粋無垢さに共感できる年代向けの物語群であるといえる。(もし、この部分が物足りなくなる、あるいは偽善っぽく見えて来たとしたら、それは少女漫画から「卒業」する時であろう。)

人間関係の範囲
柊あおい作品の主人公は中学・高校の年代であるので、学校内での風景が多く描かれる。しかし、クラスメイトとの普通の学校生活が描写されるシーンは稀で、あくまでも主人公を取り巻く比較的少ない登場人物との人間関係を中心に描かれる。物語は主人公および主要登場人物の「友人」関係が丹念に描き込まれる一方、その関係を外れた「知人」レベルの人物との関係が描かれる機会は多くない。「友人」「知人」の境界は明瞭に描き分けられている。

もちろん、物語の焦点を絞るためには登場人物をむやみに多くしないことは必要な工夫ではあるが、それを差し引いても人間関係の範囲が非常に限られている。おそらく主な読者層である小中学生の女の子が日常的に持っている人間関係の範囲とほぼ一致しているものと思われる。
原作「星の瞳のシルエット」 映画「耳をすませば」

【図1】主人公の友達のカップリング
連載期間の長い「星の瞳のシルエット」は主要な登場人物が7人に達したが、最後は男性1人が加わって綺麗な4組のカップルにまとまった。
「耳をすませば」の原作本編では雫と聖司のカップリングが描かれたが、夕子と杉村の関係は描かれなかった(主人公の姉と天沢聖司の兄とのカップリングが描かれた)。映画版では、天沢聖司の兄が登場しなくなり、したがって雫の姉はカップリングの対象から外れたが、代わりに夕子と杉村のカップリングがフォローされた。
「銀色のハーモニー」は、主人公を中心とした範囲では、主人公のカップル、主人公の友達のカップルという2組のカップリングとなり、映画版「耳をすませば」と同様の構図になる。ただ、主人公達の親世代の恋愛感情にまでスポットが当てられたり、物語の終盤で意外な血縁関係が判明したりなど、人間関係模様は複雑である。しかし、その複雑な関係性が独特の緊張感を作りだしており、それを支持する読者も多い。


主人公の友達のカップリング
主人公達が最終的に結ばれるのはお約束として、主要なサブキャラクターがどのように恋を成就させていくかについても見どころの一つである。

柊あおい女史の主要3作品のうち、「星の瞳のシルエット」は最も複雑な紆余曲折を経たにも関わらず、全員見事なまでに恋が成就した。そのために、番外編で男が一人新しく登場させられたほどである(図1左)。

「耳をすませば」は途中で打ち切りになってしまったこともあって、夕子と杉村の関係はそのままにされた。けれども、スタジオジブリによる映画版で夕子と杉村がきちんとフォローされている(図1右)。映画版の「耳をすませば」は、両想いになってから後の努力過程を丹念に描くという、少女漫画らしからぬ展開を描いたが、夕子と杉村の関係を忘れずフォローしたという少女漫画的な気配りを見せているところが興味深い。

「銀色のハーモニー」については、主人公のカップル・主人公の友人のカップルという主要な2組だけカップリングされた。物語で大きな位置を占めながらフォローされなかった仁科兄妹は、主人公とは本当の友人と呼ぶべきほどの付き合いはなかったため、主人公の視点から見た物語という作品の性質上、仁科兄妹の恋の成就まで描ききることもないという判断があったのかもしれない。(ただ、この物語は当初の構想から大きな変化があり、連載途中で作者の入院による休載があったりしたので、もっと異なった展開があったかもしれない。)

物語のゆくえ
星のかけら&原っぱ(「星の瞳のシルエット」)、地球屋(「耳をすませば」)、トロイメライのオルゴール(「銀色のハーモニー」)等の例が挙げられるように、柊あおい作品では二人だけしか知らない特有の共有経験が紡がれることが多い。それは、一番親しい親友でさえ知らされない、まさしく二人だけの秘密である。それゆえ、二人の出会いの描写は、より運命的に演出される。他の人物がどんなに熱心に求愛しようとも、この運命的な共有経験の前には決して勝つことが出来ない。

このように、柊あおい作品は二人だけの共有経験が大切にされる傾向にある。二人の間で何かが(運命的に)共有されることを通じて気持ちが通じ合っているので、恋愛にありがちな告白の儀式は特に重要視されない。だから、主人公はバレンタインでもチョコレートを渡すようなことはしない。というか、バレンタインにチョコを渡すようなキャラクターは最初から負けている。そういうありがちな恋愛の儀式に頼ろうとするキャラクターがことごとく敗北していくのも、柊あおい作品の特徴的描写の一つである。

 ・主人公は、ドラマチックで運命的な出会いをする
 ・二人の間にはモノ・場所・コトが媒介される=二人だけの共有経験が紡がれる
 ・共有体験に基づく精神的つながりが出来上がり、互いに惹かれ合う
 ・バレンタインなど、いかにも用意された恋愛の儀式は特に必要とされない、そういう儀式に頼っても恋は成就しない

物語は両想いを確認した時点で終わるから、基本的に二人の将来は描かれない。「星の瞳のシルエット」「耳をすませば」「銀色のハーモニー」の主要3作品は番外編という形をとって続編が描かれたが、いずれも数年後の日常を描写するにとどまり、具体的な将来像まで描かれた訳ではなかった。男の子の未来図こそ比較的具体的に示されるが、女の子のそれはやはり漠然としたままである。ヒロインの将来を明らかにしないことは、少女漫画の少女漫画たる所以であると言えるし、見方を変えれば少女漫画の限界なのかもしれない。ヒロインの将来を明瞭に描かないからこそ少女漫画というジャンルが成立する、というあたりが妥当なところであろうか。

思春期の少女にとって恋愛は夢であるが、それが叶えられた先にあるものは結婚・子育てという現実の生活である。読者である少女の大半は、そのようにして堅実ではあるが平凡な人生を歩んでいく。「星の瞳のシルエット」を読んだ世代が母親になった時期、柊あおい女史の新作が育児情報誌に連載された、というのは暗示的である。柊あおい作品は、かつて『りぼん』っ子だった読者とともに、日常生活の中に埋没していくのであろうか。

そんなことはない、と思う。『りぼん』を離れたとはいえ、柊あおい女史の世界はまだまだ健在である。そして、「猫の恩返し」の原作となった新作『バロン 猫の男爵』は、思春期世代はもちろん子育てに忙殺されるお母さん世代まで等しく楽しめる、柊あおい作品の新しい世界観を提示するものとなった。そして、母親になってなお精力的に作品を創作する女史の生き方も、同じく母親になった読者世代に夢と希望を与えるだろう。

柊おあい作品の世界は、これからも発展を続けていくに違いない。





 
●資料:柊あおいの『りぼん』の時代


柊あおい女史が『りぼん』を舞台に活躍していた時代は、おおよそ1984年から1993年頃までである。この時代は、その前後の期間と比較した時、どのような特徴を持っており、柊あおいの作品世界はどのように位置づけられるのだろうか。

『りぼん』は、おもに小中学生の読者を対象とした少女まんが誌である。少年まんが誌である『少年ジャンプ』が小中学生の間だけではなく高校生・大学生・社会人になっても広く読まれるのに対し、『りぼん』は読まれる期間が比較的限られており、いずれは「卒業」していってしまうという特徴を持っている。現在では、中学生を卒業する頃までには『りぼん』から「卒業」するパターンが多いようであり、それは昔から変わらない。

しかし、1970年代後半から80年代初頭にかけて、『りぼん』の読者層が一時的に高くなった時期があった。当時の『りぼん』は中学生・高校生はもちろん、大学生にまで読まれていたという。大塚英志は、この時期を「乙女ちっくの時代」と名付け、当時の『りぼん』読者の年齢層が高かった理由としてファンシーでかわいらしい「ふろく」に高い年齢層が夢中になっていたという現象に着目し考察を加えている。

大塚によると、「乙女ちっくの時代」は1974年から1983年頃までとされており、それは1970年代前半に高度経済成長期が終焉し、1980年代後半以降に高度消費社会が到来する間に挟まれた過渡的な期間と一致する。特に、この時期思春期を迎えた感性豊かな少女たちは「かわいらしいモノ」を記号的に消費する消費社会を先取りした感性の持ち主であり、「かわいらしいモノ」を『りぼん』のふろくの中に見いだし夢中になっていた。それゆえ、本来ならば『りぼん』から「卒業」してしかるべき年齢に達した少女達もしばらく「卒業」しなかったので、読者の平均年齢が引きあがったのだという。そして、本格的な消費社会が到来し、『りぼん』のふろくの中にしか見いだせなかったような「かわいらしいモノ」が世の中に氾濫するようになるに至って、「乙女ちっくの時代」はその時代的役割を終え、『りぼん』の読者層も本来の低年齢層に回帰していったとしている。

さて、柊あおいは「乙女ちっくの時代」が終わった翌年にデビューした。その意味では、「ポスト乙女ちっく」の世代にあたる漫画家と言える。以前の少女漫画は、異国の城に住むお姫様が白馬の王子様に恋するといったファンタジックな設定が多かったが、普通の少女がクラスメイトにほのかな恋を寄せるという身近で日常的な恋を描くという設定もトレンドになりつつあり、柊あおいの初連載作品「星の瞳のシルエット」もこの潮流の中に位置している。

最初は5回ほどで終了することを想定して始まったという「星の瞳のシルエット」は、たちまち絶大な支持を獲得して単行本10巻を数える長期連載作品となった。「250万乙女の恋の教科書」と称されるほどの人気となり、当時200万部だった『りぼん』の部数を250万部に引き上げる原動力になった。柊あおいは、1980年代後半以降、「ポスト乙女ちっく」時代の『りぼん』を担った代表的漫画家として活躍することとなった。

1989年、長期にわたった「星の瞳のシルエット」の連載が終了し、引き続いて「耳をすませば」の連載が始まった。柊あおいは、「星の瞳」が典型的な少女漫画であり、なかなか自分の思うようには描けなかったので、「耳をすませば」では自分の描きたいことを存分に描こうと意気込んでいたという。実際、「耳をすませば」は最も柊あおいらしい作品に仕上がっていると言える。

しかし、「耳をすませば」はそれほどの支持を集められず、わずか4回で打ち切られてしまった。「耳をすませば」の世界観が『りぼん』読者に受け入れられなかったのが理由であると言われる。なぜ受け入れられなかったについては諸説あるが、読者層の低年齢化が大きな要因の一つであるとされている。「乙女ちっくの時代」が終わった1983年以降、『りぼん』読者層は低年齢化の一途をたどっていたからである。

「星の瞳のシルエット」が連載されていた頃は、まだ高校生の読者も多かった。連載が長期にわたった「星の瞳」自身が、本来なら「卒業」してしかるべき高校生読者を引き留めていたという側面もあろう。そして、連載終了によってその高校生読者が一斉に「卒業」してしまい、『りぼん』読者の低年齢層回帰に拍車がかかった。(実際、1989年における高校生読者の『りぼん』離れは、読書世論調査でもはっきり裏付けられている。)タイミングの悪いことに、「耳をすませば」で試みられようとしていた世界観は小中学生の読者にとって難解なものであり、したがって「耳をすませば」は早期に打ち切られる憂き目を見るに至ったと解釈することが可能である。

「耳をすませば」の後に連載された「銀色のハーモニー」は、分かりやすいストーリーとほのぼのした雰囲気で一定の支持を集め、「星の瞳」に継ぐ長期連載作品となった。しかし、『りぼん』の部数を引き上げるほどの勢いはなく、1992年の秋には完結する。その後も引き続き『りぼん』で「STEP」を発表するが、それ以降はより高い年齢層を対象とした『ぶーけ』『マーガレット』等に活躍の場所が移っていく。かくして、『りぼん』における柊あおいの時代は、約10年間で終わりを告げることになったのであった。

ここでは、柊あおいがデビューした1984年から「STEP」の連載が終わる1993年までの10年間を、柊あおいの『りぼん』の時代と表記する。主要3作品である「星の瞳のシルエット」「耳をすませば」「銀色のハーモニー」が連載されていた1985年から1992年までの8年間が、特にその時代の中心的時期として当てはまる。

少女漫画の時代区分と時代背景
年代 〜1973年 1974年〜1983年 1984年〜1993年 1994年〜
時代区分 古典的少女漫画の時代
乙女ちっくの時代
柊あおいの『りぼん』の時代
新しい少女漫画の時代
主な漫画家 山岸涼子・一条ゆかり 陸奥A子・田渕由美子・太刀掛秀子 柊あおい、水沢めぐみ、池野恋 松本夏美、種村有菜、井上多美子
キーワード 高度経済成長期
貸本少女漫画
男性作家から女性作家へ
高度経済成長終わる
オイルショック
転換期の時代
消費社会の出現
不景気からバブル景気へ
昭和から平成へ
バブル崩壊、低成長・成熟時代
高度情報化社会の到来
インターネット・携帯電話の普及
時代背景 高度経済成長期に入り、世の中は急速に豊かになっていったが、まだまだ発展途上の時代であり、貸本漫画が流行っていた。初期の少女漫画の多くは男性作家が描いていたが、次第に女性の手による作品が増えていく。
当時の漫画雑誌は試行錯誤の時代であり、幾つもの少女向け雑誌が創刊される一方、休刊も多かった。その中で、『りぼん』は小学生を中心とする低年齢層の読者を獲得し、部数を拡大していった。
誰もが同じものを欲しがる高度経済成長社会から、差異が求められる消費社会への転換期にあたる時代。
感受性豊かな思春期世代の少女達は、いち早く時代を先取りし、他の人との差異をつけられる「可愛いらしいもの」を求めた。『りぼん』は「可愛らしいもの」を求める中高生の受け皿となったので、『りぼん』読者の平均年齢層が上昇した。「可愛らしいもの」が形になった「ふろく」の全盛時代。
消費社会の出現。豊かさが世の中に行き渡り、「可愛らしいもの」といった付加価値が求められるようになった。可愛らしくてファンシーな商品・キャラクター商品が世の中にあふれるようになった。
そのため、『りぼん』の中だけに「可愛らしいもの」が求められるニーズが薄まり、中高生はファッション情報誌を読むようになった。そして、『りぼん』は本来の読者である低年齢層へ回帰を始めた。
「星の瞳のシルエット」の連載中は、高校生の読者層を引き留めていたが、連載終了とともに彼女達も『りぼん』から卒業したので、『りぼん』読者層の低年齢化に拍車がかかった。
消費社会はますます成熟し、社会全体の情報化・ネットワークも進んだ。インターネット携帯電話が急速に普及し、低年齢層にもあっという間に浸透してしまった。


時代の移り変わりは以前にも増して激しい。個人専用の連絡手段である携帯電話が低年齢層にも普及たことも影響したのか、告白からカップリングの成立までがまことにスピーディーになった。彼氏・彼女が出来てしまえば、関心は次の段階へ移る。21世紀の初頭には、高校生の性体験比率が4割に達し、中学生カップルの性交渉さえ驚かなくなった。この21世紀初頭の世相から見れば、高校生にもなってなかなか告白さえ出来ない「星の瞳のシルエット」のヒロインのような心理描写は、いかにもかったるくて時代遅れであるかのように映る。片想いの心理描写を延々と描き、両想いになった時点で完結するようなタイプの作品は、既に時代に追い越されてしまっているのだ。

もちろん、両想いへの過程を描く作品は今後も描かれていくであろうことは間違いない。けれども、そのような作品を支持する世代は、小学生高学年からせいぜい中学生までであろう。少なくとも高校生以上の年齢層において、そのような作品が爆発的に支持されるような状況が戻ってくることは、もはやあるまい。いま高校生以上の世代に支持されるとすれば、両想いになったら完結する作品ではなく、両想いになった後の日々を描く作品の方がより共感されていくようになるだろうし、女同士の友情や葛藤を掘り下げるなど、単なる男女の恋愛という範疇を越えたテーマに焦点を当てた作品が好まれるようになるだろう。

しかし、それでも柊あおい作品の作品的価値が揺らぐことはない。当時の作品群は、既にノスタルジックな「名作」のカテゴリーに入りつつあるが、柊あおいが一時代の『りぼん』を代表する少女漫画家であったことは揺るぎない事実である。文庫化された「星の瞳のシルエット」は、少女漫画の名作として長く読み継がれていくだろう。「耳をすませば」は、スタジオジブリ作品の原作として長く記憶されるだろう。「銀色のハーモニー」の文庫化も待たれるところである。

「猫の恩返し」に続く新しい世界観が、どのように提示されていくのか興味深い。


【参考資料1】よく読む雑誌のうち『りぼん』の順位:女子(数字=順位、*は20位以下)『読書世論調査』より作成

1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999
小4女子 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
小5女子 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
小6女子 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
中1女子 2 1 1 1 2 1 1 1 1 1 1 1 2 2 2 1
中2女子 2 2 2 1 2 1 1 1 1 1 1 2 2 3 2 3
中3女子 5 2 3 2 3 3 3 3 3 3 3 5 7 4 4 6
高1女子 4 3 6 4 8 10 7 8 9 8 9 9 15 11 11 10
高2女子 6 5 7 6 10 11 15 11 16 16 14
高3女子 6 4 7 4 12 18 18 15
備考
「星の瞳のシルエット」「耳をすませば」
「銀色のハーモニー」の連載期間

この表の見かた



【参考資料2】よく読む雑誌のうち『りぼん』の順位:男子(数字=順位、*は20位以下)『読書世論調査』より作成

1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999
小4男子 16 14 15 18 14 13 14 13 12 9 14 12 18 13
小5男子 17 18 19 16 18 16 15 15 14 12 14 18 18
小6男子 15 18 18 17 12 19 17
中1男子 12 16
中2男子
中3男子
この表の見かた



参考文献
大塚英志『『りぼん』のふろくと乙女ちっくの時代』筑摩書房,1995
『漫画家・アニメ作家人名事典』日外アソシエーツ,1997
『情報メディア白書』電通総研,1999
毎日新聞社編『読書世論調査』1984年版〜2000年版
電通編『情報メディア白書』1984年版〜2000年版
・このコーナーの作成にあたって、多くの『りぼん』読者の皆さんの協力をいただきました。ありがとうございます。
・このコーナーのイラストは、アイミさんに描いていただきました。アイミさんのサイト「黒曜の鏡」
・このコーナーの図1(GIFアニメーション)は、ACTさんに作っていただきました。



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