『白いパイロット』の単行本未収録部分とその名残

佐藤和美

 『白いパイロット』は「少年サンデー」に昭和36年8月27日号から昭和37年6月24日号まで連載された。私事だが「少年サンデー」に掲載された手塚作品で、筆者が初めてリアルタイムに読んだのが『白いパイロット』である。『白いパイロット』には現在の単行本では削除された部分があるが、残っている部分(現在の単行本に存在する部分)にはその痕跡がある。以下でその痕跡を見ていきたい。

 昭和36年というのは東宝の怪獣映画「モスラ」が公開された年でもあった(昭和36年7月30日公開)。『白いパイロット』と「モスラ」とは無関係と思われるかもしれないが、実は『白いパイロット』に登場する13号はモスラがモデルなのである。13号のモデルがモスラだという痕跡は、現在の単行本では大助達が13号と初めてあうシーンにある。そこで13号を眺めながら「先頭のはモスラみたいだな」とのセリフがある(講談社全集版2巻101ページ)。鈴木出版版『白いパイロット』では存在したが、その後の単行本からは削除された1ページがある。講談社手塚治虫漫画全集(以下、講談社全集版)1巻の初めのほうで、マルスとうばやが地下工場を見学する場面がある。そこで1ページ削除されているのである。そのページは講談社全集版1巻の57ページと58ページの間にあった。その後の地下工場脱出シーンで見開き2ページにわたるコマがあるため(講談社全集版1巻130ページ、131ページ)、ページ合わせのために削除されたのだろう。その削除されたページに建造中の13号を眺めながら、マルスとうばやが「これが秘密兵器十三号でモスラからおもいついた虫型爆撃機です」と説明を受けるシーンがあった。
 ハリケーン号の俯瞰図は残っている(講談社全集版1巻88ページ)。ここで13号とハリケーン号を描写しているのは、将来の対決の伏線になるわけだが、13号の登場シーンを削除するのは、不適当だったろう。ただ、本来クライマックスで描かれるはずだったろう13号とハリケーン号の対決シーンは、中途半端にしか描かれなかった。13号の登場シーンの価値も相対的に低下したと判断されたのだろうか。
 鈴木出版版第1巻では章立てになっていて、「ネズミたちの穴」という章があった。このページは講談社全集版1巻の31ページと32ページの間にあった。このページと13号登場のページの偶数ページを削除することによって、見開きのページが保たれたのである。
 もう一つ映画「モスラ」との関連で言えば、映画「モスラ」にはテレパシー能力を持つ双子の小美人(ザ・ピーナッツが演じた)が登場するが、大助とマルスの関係に影響を与えているかもしれない。

 大助達が地下工場脱出後、輪の形をした島にたどり着く直前、海底でハリケーン号に覆いかぶさっている岩を取り除くシーンがある。ここでも削除されている部分がある。講談社全集版1巻201ページにイカかタコの足みたいなのが、次のページには巨大な巻貝が見える。これが削除されたシーンの名残である。実はこの巻貝の中にタコのような足を持つ生物が入っていたのである。白いパイロット達はハリケーン号の外に出るとこの怪物と戦うことになる。この怪物の正体は実は……。古代生物の生き残り、アンモン貝(アンモナイト)だったのだ。アンモナイトは頭足類(イカ、タコ等の仲間)なので、こういう描き方なのだろう。この場面は鈴木出版ではあったのに、小学館ゴールデンコミックス版からはなくなってしまった。なおこのアンモン貝の登場するシーンは、二階堂黎人『僕らが愛した手塚治虫』(小学館)に再録されている。

 大助達がタイガーに襲われるところで、大助がハリケーン号に助けを求めるのに、ベルトのバックルを使っている(講談社全集版2巻134ページ)。単行本ではバックルにSOS信号を送る機能があるのに気がつくエピソードがぬけているのである。
 大助達はミグルシャのことを知らせるために日本に行くが、日本では逆に追いかけ回されることになる。そこにハリケーン号を手に入れようとする怪人達も加わる。密室に閉じ込められて麻酔ガスが吹きだしてきてあわやというときに、大助達のベルトのバックルが赤くちかちか光りだす。そこにハリケーン号が助けに来る。ハリケーン号では急にSOS信号がなりだしたので来たのだという。これでバックルが持ち主のピンチをハリケーン号に連絡する機能があることに気がついたわけである。

 大助とマルスはオホーツク海のアザラシ島で戦う約束をした。マルス達はアザラシ島で待つがハリケーン号はなかなか来ない。単行本からは、なぜ大助達は遅れたのかわからない。カットされた部分を見てみよう。
 ハリケーン号はアザラシ島へ向かう途中、ある島から助けを求めているのを見つける。ハリケーン号が着陸するとそこに待っていたのは、ハリケーン号を手に入れようとしていた怪人達だった。怪人達は大助にハリケーン号を操縦させ奪おうとするが、大助はすきを見て煙幕のボタンを押す。そのすきに怪人達を取り押さえようとするが、大助は銃で撃たれてしまい、弾が腕をかすめた。怪人達は仲間の協力で取り押さえた。大助の腕を弾がかすめた瞬間、アザラシ島で待っているマルスの腕を激痛が襲った。マルスは大助の身になにごとかが起こったことを知り、島を去っていく。ハリケーン号がアザラシ島に現れたのは、そのまもなくのことだった。
 この怪人達のエピソードは単行本未収録になったわけだが、本筋と無関係だし、2グループあった怪人達のもう一つのグループがどうなったかも語られていない。削除されて妥当だったろう。

 なお、『白いパイロット』完結の数ヵ月後に発行された「別冊少年サンデー」昭和38年正月号に、「ミグルシャ」が登場する短編『最後はきみだ!』が掲載された。

(本稿は手塚治虫ファン大会2010(2010/12/18)で発表した内容を文章化したものである)
「手塚ファンmagazine」vol.239(2011年1月31日発行) 掲載
(2011・01・04)


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