手塚作品のアイヌ語


佐藤和美


 手塚治虫にはアイヌに関係する作品が二つある。『勇者ダン』と『シュマリ』である。以下でこの二作品にでてくるアイヌ語について考察してみたい。

 『勇者ダン』ではキムンカムイとシュマリカムイの二体のロボットがでてくるが、花丸博士にキムンは熊、シュマリはキツネの意味だと言わせている。

 アイヌ語で「シュマリ」sumariとは「キツネ」という意味である。

 「キムン」を手塚治虫は「熊」という意味で使っているが、知里真志保の『分類アイヌ語辞典・動物編』の「熊」の項を見てもキムンという単語はでてこない。でてくるのは「キムンカムイ」kim-un-kamuy(山にいる神)、「カムイ」kamuy(神)などである。アイヌ語には熊をあらわす「キムン」という単語はないと言えるだろう。手塚治虫は「キムン」kim-un(山にいる)が「熊」という意味だと勘違いしていたのではないだろうか。これは『シュマリ』にも引き継がれている。
 「キムンカムイ」は分解すると次のような意味である。
 「キムンカムイ」kim(山) + un(いる) + kamuy(神)

 『勇者ダン』の主人公はコタンという名前である。「コタン」kotanは「集落」という意味である。『勇者ダン』が発表された当時、すでに石森延男の『コタンの口笛』という作品があり、映画化されてもいた。「コタン」というアイヌ語は小学生でも聞いたことがあったのである。そのために選ばれたのだろう。コタンの師のウポポは「ウポポ」upopo(祭りの踊りの歌)である。『シュマリ』の冒頭でアイヌの娘がウポポを歌う場面があるが、あれである。

 さて、『シュマリ』である。
 アイヌ語で「シュマリ」sumariとは「キツネ」という意味である。アイヌ語ではサ行とシャ行の区別はないので、「シュマリ」といっても、「スマリ」といっても同じ「キツネ」である。日本語でも「la」も「ra」も同じ「ラ」だし、「シャケ」も「サケ」も同じ「鮭」である。そのためアイヌ語ではサ行・シャ行のローマ字表記は「s」に統一して表記する。「シュマリ」は「sumari」と表記する。
 アイヌ語で「キツネ」を表すのによく使われるのは「シュマリ」と「チロンヌプ」である。「チロンヌプ」ci-ronnu-p(我々がどっさり殺すもの)はその意味からして、主人公の名としてはあまり良い語感ではなかっただろう。「シュマリ」が選ばれたのは当然である。

 『シュマリ』の主人公シュマリの養子はポンションという名である。

 知里真志保の『分類アイヌ語辞典・人間編』の「あかんぼ」の項を見ると「ポンション」と関係する単語は以下のように並んでいる。(つまり赤ん坊を意味する普通名詞であって、固有名詞ではない。すべて「赤ん坊」の意味で、「古ぐそのかたまり」というのは語源である。)

 「あかんぼ」の項でポンションに関係ありそうなのは次のとおりである。
siontak(シオンタク)[si(くそ)+ on(鮮度が落ちた)+ tak(かたまり);古ぐそのかたまり]
sontak(ションタク)[sontak < siontak]
poysion(ポイシオン)[poy(< pon(小さい))+ sion(siontakの下略形)]
(一部引用者変更)
 アイヌ語では「s」の前の「n」が「y」にかわることがある。古い時代は特にこの規則(習慣)が守られていたようである。つまり「ポンシオン」pon-sionは「ポイシオン」poy-sionになるわけである。「ポンシオン」でもまちがいとは言えないが、「ポイシオン」のほうがよかったのではないだろうか。

 なぜアイヌの人々はこのような名前をつけたのだろうか。以下、朝日新聞アイヌ民族取材班『コタンに生きる』(岩波書店・同時代ライブラリー)から引用する。
「昔、アイヌの赤ちゃんには名前がなかった。子どもが成長し、その性格が現れてきた時に、それを参考にしながら名前をつけたという。正式の名前がつけられるのは普通七、八歳ごろといわれ、それまでは「ウンコのかたまり」とか「古糞」などと呼ばれるのが習わしだった。悪い神から身を守るために、わざと汚らしい呼び方をしたのだという。」

 それでは最後に『シュマリ』第二十章「無法の群れ」に引用されている「ユーカラ」yukar(アイヌの英雄叙事詩)の意味を見てみよう。

カムイ・ヌプリ
kamuy(神) nupuri(山)

ヌプリ カタ
nupuri(山) ka(上) ta(に)

カネポンシンタ
kane(カネ:日本語より) pon(小さい) sinta(ゆりかご)

カムイ オ ワ
kamuy(神) o(〜に乗る) wa(〜して)

チラナンケ(チランケナが正しいようである)
ci=ranke(降りてくる) na(よ)

ハウ


(囃し)

(訳) 神の山
山の上に
金属の 小さい シンタ(ゆりかご)
神が 乗って
降りてくるよ
ハウ



(1999・05・08)

(注1)
・「アイヌ」aynuとは「人間」という意味である。
・シンタはゆりかごだが、ユーカラ等の中では空飛ぶ乗り物でもある。

(注2)
手塚作品のアイヌ語・番外編

佐藤和美 (2001/05/27 17:55)

「手塚作品のアイヌ語」では「シュマリ」と「勇者ダン」にでてくるアイヌ語について書きました。

もう一つ、アイヌ語の出てくる作品があります。

「ブラック・ジャック」の「一ぴきだけの丘」に「ペカンベの丘」という地名がでてきます。それは「冬季オリンピック」の跡地にあります。札幌と考えていいでしょう。北海道らしさをだすためにアイヌ語を使ったのでしょう。

「一ぴきだけの丘」は「シュマリ」が完結した翌年に描かれています。「シュマリ」を描くためにアイヌ語は調べたはずですから、まだその記憶が鮮明に残っていた時期ではないでしょうか。

アイヌ語で「ペカンペpekanpe」は「菱の実」という意味です。
(アイヌ語では「p」と「b」の区別をしない。)

北海道には「別寒辺牛(べかんべうし)」という地名も実在します。
(意味はpekanpe-us-i「菱の実の群生している所」)

(参考資料)
・手塚治虫『勇者ダン』小学館・ゴールデンコミックス
・手塚治虫『シュマリ』小学館・小学館文庫
・中川裕・中本ムツ子『エクスプレス アイヌ語』白水社
・田村すず子『アイヌ語沙流方言辞典』草風館
・知里真志保『分類アイヌ語辞典・動物編』知里真志保著作集別巻1 平凡社
・知里真志保『分類アイヌ語辞典・人間編』知里真志保著作集別巻2 平凡社
・朝日新聞アイヌ民族取材班『コタンに生きる』岩波書店・同時代ライブラリー

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