ウェン(悪い)



佐藤和美


 「ウェン」wenとはアイヌ語で「悪い」という意味である。

 知里真志保の「地名アイヌ語小辞典」には次のように書かれている。
悪くある(なる)。地名に出てくる時は、嶮岨な場所、交通困難な場所、飲用にならない水、何か事故のあった不吉な場所などを示す。
 ここでは「ウェン」の意味を「悪くある、悪くなる。」としている。アイヌ語では形容詞がなく、動詞を形容詞のかわりに使う。厳密には「ウェン」は「悪くある」と訳さなければいけないのだが、ここでは「悪い」と訳すことにする。

 それでは「ウェン」のつく地名にどのようなものがあるか、まずは鉄道路線からいくつか見てみよう。

 雨煙別(うえんべつ)は深名線(深川・名寄間の路線)にあった駅名である。語源は「ウェンペツ」Wen-pet(悪い川)である。

 植苗(うえなえ)は千歳線にある駅名である。語源は「ウェンナイ」Wen-nay(悪い川)である。

 宇遠内(うえんない)も語源は「ウェンナイ」Wen-nay(悪い川)である。これは天北線(南稚内・音威子府(おといねっぷ)間の路線)の南稚内のとなりにあった乗降場である。

 上平は羽幌線(留萌・幌延間の路線)にあった駅名である。語源は「ウェンピラ」Wen-pira(悪い崖)である。

 鉄道以外にもいろいろな「ウェン」がある。

 野寒布岬と宗谷岬の中間にある声問岬であるが、これは「ウェンノツ」Wen-not(悪い岬)である

 札幌の手稲山は「タンネウェンシリ」Tanne-wen-sir(長い悪い山)である。また北見山地にウエンシリ岳がある。これは「ウェンシリ」Wen-sir(悪い山)である。アイヌ語では「s」の前の「n」は「y」に変化するという発音のクセがあるので、「ウェンシリ」は「ウェイシリ」に変化していることもある。「ウェンシリ」、「ウェイシリ」は実際の地形では断崖である。

 北海道内には「ウェン」のつく地名が多くあるが、大部分はなぜ悪かったのかが忘れられている。今となっては伝承でもないかぎりたぶんこうだったろうと、推察するだけである。

(1998・9・13)



Copyright(C) 1998 Satou Kazumi

BACK