『ジャングル大帝』と大陸移動説


佐藤和美


 手塚治虫の『ジャングル大帝』は、次のように始まる。
エジプトからローデシア地方にかけて、大アフリカを二つにわって北から南へ走る大きなみぞがある。
これを大地溝帯(グレート・リフト・バレイ)と呼んでいる……

このみぞの両側には、ルペンゾリ、キリマンジャロ、エルゴンなどの高い峰がそびえているし、その間にはアフリカ一のナイル川の渓谷や、ビクトリア湖、タンガニイカ湖、ヌヤサ湖といった大きな湖がならんで、大自然境を作っている。

滝があるかと思えば、広い大地がある。赤道直下だというのに、白い雪をいただいた高峰もある。それらの山のなかに、伝説になって伝えられたなぞの山、ムーン山。探検家スタンレーが発見し、イタリアのアブルディ大公、イギリスのウエールズによって調べられた山、これがこの物語の舞台だ。
 ここで手塚治虫はこれから始まる物語の舞台を描写している。舞台はジャングル、そして……。

 大陸移動説の誕生は1915年である。この年にドイツのウェゲナーの『大陸と海洋の起源』が出版された。ウェゲナーは結局大陸移動の原動力まではわからなかった。ウェゲナーは1930年に探検の途中に死亡し、大陸移動説は忘れさられていった。大陸移動説が復活したのは1955年頃で、古地磁気学によってである。

 手塚治虫が『ジャングル大帝』を描いたのは1950〜1954年、大陸移動説が忘れさられていた時代である。(引用した部分は雑誌版にはなく、単行本出版の1951年に加筆された。)定説がない時代なので、大陸移動の原動力についてはどうとでもなった。手塚治虫はムーンライトストーンがその原動力であるとした。

 地球の表面は何枚かのプレートに分かれている。プレートの境界は海嶺になったり、海溝になったりしている。アフリカ大陸を通っているプレート境界の一つが、グレートリフトバレーなのである。

 手塚治虫は『ジャングル大帝』の冒頭でこれから始まる物語の舞台を描写している。ここで早くもグレートリフトバレーが紹介されているのである。そして物語は大陸移動とかかわってくる。大陸移動の原動力であるムーンライトストーンの原産地ムーン山で物語はクライマックスをむかえるのだが、それはすでに冒頭で暗示されているのである。

 現在でもアフリカ大陸はグレートリフトバレーを境に東西に徐々に離れていっているのである。


(注1)
『失われたロマンを求めて』(『手塚治虫講演集』収録)より
「アフリカ大陸にグレート・リフト・バレーというひび割れがあります。これは地図をごらんになるとわかりますが、ナイル川に沿って、縦に北から南に沿って、タンガニーカ湖とか、いろいろな湖がありますが、その湖を通って南のほうに走っている、ひとつの大きな断層帯の谷があるわけです。この谷で、アフリカが東と西に分かれております。こういう、アフリカをふたつに割ったエネルギーはいったいなんだろう、というのが「ジャングル大帝」のテーマであります。それは、ある膨大なエネルギーを発散させる石みたいな物質がありまして、その石の力で、アフリカが割れかけているのだというのであります。もっと極端にいえば、その石の爆発の力で、エネルギーの力で、現在の世界の六大州が分割したなどという、なんともとほうもない荒唐無稽なテーマのもとに「ジャングル大帝」というマンガを描きました。」

(注2)
「大地溝帯」は大地の溝の帯ではなく、大きい地溝の帯である。riftの日本語訳が地溝なのである。

参考資料
手塚治虫『ジャングル大帝』手塚治虫作品集2 文民社
手塚治虫『手塚治虫講演集』手塚治虫漫画全集 講談社

(1997・11・10)
(2001・12・18)




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