『ブラック・ジャック・指』について


佐藤和美


 『ブラック・ジャック』でいくつかある単行本未収録作品のうちの一つに『指』がある。この作品が少年チャンピオンに掲載されたのは1974年6月24日号で、のちに改作され1978年8月28日号に『刻印』として再び掲載されている。単行本に収録されているのはこの『刻印』のほうである。ではどこが変更されているのだろうか。

『指』でブラック・ジャックと間久部緑郎が再会して手術の依頼が行なわれるまでを引用してみよう。

「……かわったなァ 間久部!! そのめがねをはずせよ」
「めがねなんかどうでもいい それより…………
この手をおぼえてるかい?」
「おぼえてる………… 中学のときだ…………」
「わたしもきみもみじめだったなあ
わたしは身体障害者 君は不具者だったんだ
きみの指は手も足も六本ずつあった!!」
「多指症という畸形だってな あとでしらべたらそんなに珍しくもない畸形だとわかったがね
緑郎というおれの名も六という字からつけられたんだ」
「そうだ たまに多指症の人間はいるようだ 一説には 古代 人間は六本の指をもっていたのではないかという説もある
ものをかぞえるのはたいてい十進法だ… ところがイギリスでは十二進法を使っている 金だって十二ペンスが一シリングだし 重さも長さも十二単位になってる
これはイギリス人の両方の指が むかし十二本あったんじゃないかといわれるもとなんだ」
「そうだ…… おれはそのためにクラスでもバケモノあつかいだったし のけものにされて いつもひとりぼっちだった
ぼくの手をみればみんなひやかすので いつもポケットへつっこんで!!
泣きそうになるのをがまんしたんだ
そのとき車イスにのったきみに出あったんだっけな
「同類あいあわれむ」とゆうが!!
きみとおれとは同情しあいともだちになった………… 毎日いっしょにあそんで なぐさめあったっけなァ
しかし おれもきみも クラスじゃあズバぬけてトップだった………… そうだ がんばったんだ からかわれれば からかわれるだけ ふたりとも はをくいしばって
バカにしたやつを見返してやりたくてね 必死で勉強したもんだったな
そのうちにきみは手術をうけて歩けるようになったし
それがきっかけで医者になろうときめたんだろう
そしておれは奨学金をもらって アメリカの大学へはいれることになった……… ふたりとも未来はあかるかったんだ
きみとわかれる時がきた

(回想シーン)
ブラック・ジャック ぼくの指を切っちまってくれ
きみの手で切ってほしいんだ
きみも医科大学へはいったんだろう ぼくの指を切ることぐらいできるだろう
ぼくはアメリカで五本の指をもったまともな人間として再出発したいんだ!!

手術は大成功だった
ぼくは五本の指になって出発した
大成功か!
フフフ……ハハハ ハハハ
たしかに大成功さ
あっちの学校を退学させられて まァ この世界へ首をつっこんじまったんだ
いまじゃ暗黒街じゃあ名を知らねえやつはモグリだといわれてるくらいの男になっちまったよ… フフフ……かわればかわるもんさ われながらね」
「指をおとさないほうがよかったなァ 間久部」
「そうかもしれねえよ
六本の指でガムシャラにがんばっていれば いまごろは大学者だったのにな
指がおれの運命をかえたのさ」
「で…おれを呼んだわけはなんだ
まさか思い出を話しあうためだけじゃないだろう」

この部分を『刻印』と比較してみれば、その違いに驚くばかりである。またなぜ改作されたのかも想像がつく。

ブラック・ジャックに対する爆破事件であるが、『刻印』では爆破は間久部緑郎の部下が勝手にやったことになっている。

「お帰りしやした」
「ごくろう
これで成功すればおれは赤の他人だ
ブラック・ジャックもたいしたやつさ……」

この同じ部分が『指』ではこうなっている。

「すみやした…………」
「よかろう
証拠を消すためさ わるくおもうなよ
ブラック・ジャックも運のねえ男だったな」

爆破は間久部緑郎の命令である。友情をも踏みにじる間久部緑郎なのである。

ラストもまた全然違ったものになっている。

「警部よ 日本から小包が!」
「なんかアルコール漬け標本のようだぞ」
「間久部! これはおまえのか?」

(ビンのラベル)
間久部緑郎の6本目の指 医師ブラック・ジャック

「まさか…… まさか……」

(テレビの音声)
「レントゲン写真によって間久部緑郎の手の骨と六本目の指がぴったりあい間久部はついに学生のときの指紋が自分のものだったとみとめました
こうして間久部が犯罪のすべてを自白するのは時間の問題ときいています」

ブラック・ジャックはそれを聞きながら
「友だちか……………」
とつぶやき、間久部緑郎からの手紙をやぶりすてて立ち去って行く。

(2002・1・12)




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