もう一つの『アトム今昔物語』


佐藤和美


 『アトム今昔物語』が最初に単行本化されたのは小学館ゴールデンコミックスでだった。この小学館ゴールデンコミックス版『鉄腕アトム』全20巻に収録されている『アトム今昔物語』はサンケイ新聞に連載されたものと比べると多くの変更がなされているが、それでも現在の講談社全集に収録されている『アトム今昔物語』に比べて連載当時の形を残している部分もある。以下でゴールデンコミックス版により、アトムの死と再生の過程を追ってみよう。ラジオドラマでも聞くつもりで読んでいただきたい。

(1993年夏、谷川岳にたどり着いたアトムはスカラの縮小光線により小さくなり、スカラの見守る中、エネルギーがなくなっていく。)

「スカラねえさん……。
ぼく もうエネルギーがないんだ。」
「ええっ」
「こうやってねえさんと話すのも苦しいんだ……。
さっきまでぼくは人間にひどいめにあってたんです。
ぼくはこのまま寝ます。
もっとエネルギーがふんだんに使える時代になるまで。」
「だめ だめ、アトム生きてて……!!
またあたしをひとりぼっちにしないでえ!!
せっかくあえたのに… これからふたりで暮らそうと思ったのに!!」
「この時代ではロボットはきらわれて軽べつされていた。
でも、この次ぼくが生きかえる時は… きっと…。
ロボットが… しあ…わ…せ…に…。」
「アトム!!」

(アトムの作製が開始されて2年が経過したが、それでもアトムは動かない。)

(「谷川岳 雪ノ沢自然公園」の看板、その近くで自動車を止めている父子の会話。)
「ぼうや まだかい?
早くとらないと見つかるよ」
「シーッ!!
アッ 逃げられちゃった。
チェッ せっかく見つけたのに…。」
「この雪の沢ってとこは今どきめずらしい昆虫の宝庫なんだ。だからつかまえるのを禁じられてるんだ。
見つかると罰金ものだよ。
デパートでロボット虫を買ってやるからがまんおし。」
「ロボットなんてやだい パパア。」

(父子の自動車が去っていった近くの草むらからスカラが出て来て、散らかっている新聞を読む。)
《科学省で新型ロボットを製作中》
「これはアトムだわ!!」
《この新型ロボットの性能は秘密にされているが……………》
《設計図どおりに作られたものの失敗だったもようである》
「「つまり完成まぎわで」
「どこの回路がまちがっているのかどうしても動かない。」だって…。
…………たしかにアトムだわ……。
さあたいへん!!
心配していたことが…。
とうとう起こってきたんだわ。
どうしたらいいのか…。
うちへ帰って考えよう。」

「科学省でアトムが完成したらここにいるアトムと、ふたりもそろって、おんなじものが生まれることになる。」
 スカラはがっくり、考えこみました。
「アトムがふたりもできてしまう… どうしよう?」
「そんなことは、ゆるされてはいけないんだわ。ふたりのアトムだなんて。」
……どちらかを、なんとかしなければならない。でも、どうしたら?……
 スカラは、そっと穴から、外をのぞきました。
 もう夜で、暗い空を、すいすいと、ホタルのように、民間ロケットがとびかっています。
「ああ、あのロケットのエネルギーさえあれば、アトムが生きかえるのに。
 この穴の近くへ、ロケットがおちてこないかしら。いいえ、着陸でもいいわ。
 そうすれば、すぐアトムにそのエネルギーをつぎこんでやるのに。でもとうていできないことだわ。」
「ああ… あたしの星へ帰りたいわ…。ふるさとがやっぱり一番よかったわ。
アッ!!」
ピカッ
「ロケット機が爆発した!!
墜落だわ!!」
ズズズズドドーン
どどどど どど
「キャッ
アトム うずまっちゃうわよ。
アッ 火事だ、火がせまってくる!!」
ぱち ぱち ぱち
ざ ざ ざ ざ
「だめだわ、小さいからあんまりスピードがでない。
火の手のほうが早いわ。」
ばうっ
「アッ こっちももう…。
もうだめだわ!!
アッ!!
人間の搭乗員が倒れているわ もしかしたらロボットもまじってるかもしれない。
あった、ロボットだわ!!
めちゃめちゃにこわれて燃えている。
エネルギーコックは… アッ、これかしら?
ばんざい。
まだ、エネルギーは十分あるわ!!
待望のエネルギーよ。
これであなたは生きかえる。
あたしが長いあいだ待ちこがれていたことよ。」
どく どく
「おねがい… 生きかえって…!!」
どっく どっく
「火が近づいてきた!!
アトム!! 早く早く…… 焼けてしまうわよ!!
アトム……
のぞみなしかしら!!」
「アトム!! 生きかえったのね。」
「わあっ スカラねえさん!!
どうしたんだ この火…?
ぼく どこにいるの?」
「説明はあと!! とにかくここを逃げるの。一秒をあらそう時よ!!」
「この火事はなんなんです? スカラねえさん。ぼくはどうやって生きかえったんです?」
「エネルギーはこわれたロボットからもらったわ。アトム…あなたの時代なのよ。
ちょっとおりてよ。あそこにパイロットが倒れてるわ。
ついでに助けてあげて!!」
「どこへ運ぼう?」
「ふもとに病院があるわ。
ここへあずけましょう。」

(縮小しているアトムとスカラは病院の人の目には止まらない。)
「ひゃ… 人間が宙に浮いてきた!!」
「こりゃ 重傷じゃ。」
「あとは病院にまかせておいてだいじょうぶ。
あァ…アトム、長い間あなたはねむっていたわ。今いつの時代だと思う?
びっくりしないでね。
科学省であなたが生まれかけてるのよ。」
「なんですって!?
ぼくが…生まれるんですって?」
「そう… 科学省であなたが作られて完成ま近ですって。
でも動かないのよ。」
「ええっ 動かない? どうしてだろう?」
「アトム、私たちは時間をさかのぼって、過去の世界へ来てしまったわ。
 だから地球で、ロボットがだんだんに発達してくるのを、ずーっと見てきたわけよ。
 そして、とうとうアトム、あなたが作られる時代まできたの。
 だから、科学省へ行けば、未完成のあなたがいるわ…………。
 こんなのを、タイム・パラドックスというの。狂ってるんだわ。」
「じゃぼくがふたりできてしまうわけか!!」
「そうはならないわ。
そうなったら歴史はメチャメチャよ。」
「じゃ…………。」
「科学省のアトムが永久に動かないか……、
それとも…あなたのほうが消えるんだわ。
そして結局正しい歴史どおりアトムはひとりになるのよ…。」
「ええっ?
どっちかが消えなきゃならないの?」
「おなじ時代に、まったくおんなじものがふたつあるということは許されないの。だから、どっちかが生まれないか、消えるかするのよ。
 これはタイム・マシンで昔旅行した時、よくおこるまちがいなの。
 でも、あたしは、あなたに残ってほしい!! あなたが消えるなんていや、あなたが………もとのからだになれたらいいのに…………。」
「もとの大きさになれないの?」
「復原機(ママ)を持ってこなかったの。地球にいるかぎり大きくなれないわ。
あたしの星に帰らなければ……。」
「からだは大きくならないんだね…………。
スカラねえさん、涙なんかこぼしちゃだめだ。そう、とにかく、もうひとりのぼくを見にいかない?」
 アトムは、わざとひょうきんにいいました。「そうね。」

 ふたりは東京へ飛んでいきました。東京の風景は、アトムにとってすっかりなじみのあるけしきになっていました。科学省の窓のひとつに、ふたりは羽虫のように、そっとおりたちました。
「アッ、ぼくがいたっ!!
ほんとにぼく自身が下にいる!!
できたてのぼくだ… てれくさいなあ。
ねえさん なんだかこっちのぼくも生まれてほしいや。」
「なんですって……。
さっきいったでしょ おなじ時間におんなじものがふたつ生きられないのよ。」
「あっちが生まれたら、ぼくは死ぬんだろ?
でもいいんだ あたらしいぼくが生まれるんだもの。」
「だめよ だめよ!!
お願いアトム そんな考えはやめて!!
あなたがいなくなってこっちのアトムが生まれたら、あたしなんかどうなるの?
だれかはいってきたわ。」
「アッ あれは天馬博士だっ。」
「…………。
須井柄さん たしかにこのとおり………。」
「なるほど。」
「たしかにこのとおりここまで完成しています
しかしかんじんのところでどういうわけか動かない!!
つまり生まれないんです。」
「技術がわるいのでは?」
「ばかな!! わが国の科学技術を信じられないのか?」
「しかし動かないのでは話にならんです。」
「トビオ… トビオよ… なぜだ。
なぜ生きてくれんのだ?
たのむ目をあいてくれ わしを「おとうさん」とよんでくれ。
三十年わしが心にえがいたロボット…、
わしの心… わしのむすこ… わしのたましいなんだぞ、おまえは……。」
「さあ感傷はやめて……。
できないならできないといってください。もう二年もまったんですからな。」
「できんとはいっとらん。
でていってください!!
わしは今夜じゅうにでもこの子を生かしてみせるぞ。」
がたん
ぴぴぴぴ ぴぴぴぴ
びびび びびび びびーびび
「トビオ…… 生きてくれ…目をあけてくれ…。」
「スカラねえさん… やっぱりぼくあっちのほうに生まれかわったほうがよさそうだよ。」
「やっぱりお別れなのアトム?」
「ねえさんには悪いけどあっちのぼくが生まれるのが正しいんでしょう。
さよなら。」
「さよならだなんて…… そんな… そんな…。」
「あたらしいぼくが生まれてもスカラねえさんのことをよく知らないかもしれないけど…
ぼくとおんなじようになかよくしてね。」
「アトム あなたはいつもいってたわね。ロボットがしあわせになる時代のことを……。」
「ぼくのかわりに新しいぼくがしあわせになるんだ!!
さよなら ねえさん 元気でね。」
(アトムは放電している中へ飛び込んでいく。) ばりばり
「オッ!!」
「マア………!!」
「おっ トビオの調子ががぜんよくなった!!
こりゃ動くかもしれんぞ。
おおっ 起きあがった。」

(2002・4・15)



追記 2007.1.3
サンケイ新聞に連載されたものが以下に単行本化されている。
『復刻版 アトム今昔物語』メディアファクトリー


Copyright(C) 2002,2007 Satou Kazumi

BACK