呉音から漢音へ


佐藤和美


 日本に漢字が本格的に入ってきたのは、中国の南北朝の時代である。南朝は漢民族の国家であり、六朝(りくちょう)と呼ばれる。北朝はいわゆる五胡十六国で、漢民族にとっては異民族の国家だった。そのため日本も百済も新羅も南朝が正統だと思っていた。

 日本は朝鮮と違い、中国とは海をへだてている。そのため中国語は断続的に日本に入った。その第一回が南朝からのものである。この地はかつての呉の地方であったため、のちに他の中国語の発音と区別され「呉音」と呼ばれる。

 第二回目は唐の時代になって日本に入った。唐の首都圏である洛陽・長安地方で話されていた中国語で、漢民族の標準語ということで「漢音」と呼ばれる。

 呉音は仏教語や古くから日本語にとけこんだ物の名、漢音はかたい漢文用語が多い。

 呉音と漢音は時代と空間を異にする発音がもとになってできた。この二つの音がどのように対応するのか、以下で見てみよう。

1.呉音・濁音→漢音・清音
  呉音 漢音
ダイ タイ
ブン フン

2.呉音・マ行→漢音・バ行
  呉音 漢音
マン バン
マク バク

3.呉音・ナ行→漢音・ダ行
  呉音 漢音
ナイ ダイ
ナン ダン
ニュ ヂョ

4.呉音・ニ→漢音・ジ・ゼ
  呉音 漢音
ニチ ジツ
ニャク ジャク
ニン ジン

5.呉音・ウ→漢音・オウ
  呉音 漢音
コウ
コウ
トウ
コウ

6.呉音・ウ→漢音・イウ
  呉音 漢音
イウ
キウ
キウ
リウ

7.呉音・オン→漢音・エン
  呉音 漢音
コン ケン
ゴン ゲン
ゴン ゲン
ヲン ヱン

8.呉音・アイ→漢音・エイ
  呉音 漢音
西 サイ セイ
ライ レイ
マイ ベイ
タイ テイ

9.呉音・ヤウ→漢音・エイ
  呉音 漢音
キャウ ケイ
ヒャウ ヘイ
シャウ セイ
チャウ テイ

10.呉音・チ→漢音・ツ
  呉音 漢音
イチ イツ
シチ シツ
キチ キツ
タチ タツ

 呉音と漢音の使い方の違いを最もよく表しているのは、「質」のように思う。呉音では「質屋」の「シチ」であり、漢音では「質量」の「シツ」なのである。

(1987・8・18)



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