月刊『裏モノJAPAN』連載中
〜他人の会話は密の味〜耳をすませば

Vol.3 雇用主vs従業員  
 相変わらずの不況である。ホームレスの数はますます増えているそうである。20代、30代のリストラも始まってきたと「SPA!」あたりは騒いでいるが、若いやつがクビになるのは、まだいい。体力的にまだまだやり直しが利くからである。しかし、40代、50代のリストラ主流組はどうだろう。小金をためていて余生を満喫できるならべつだが、クビになった即日から路頭に迷う連中が大半だろう。今までと同じような条件で再就職できる人間なんかほんのわずか。結局は、半分程度の収入になることをがまんして一から出直すか、それもできなければプライドをかなぐり捨てて、お掃除のオジちゃんにでもなるしかあるまい。

 今回、新宿南口の喫茶店で偶然採録に成功したこの会話は、そんな中年男が、まさにリストラされようとする瞬間である。

 12月のある寒い日。新宿武蔵野館で映画を観た帰りに、一服しようと寄ったのが、メトロというパチンコ屋の2Fにある喫茶店「西武」だ。オレの横に腰掛けていたのは、ラッツ&スターのトランペッターにしてコメディアンの桑マンにソックリな30代後半の男と、無精髭を生やした今どきのワイルド系の30歳前後の青年、それに間寛平似の50過ぎの小男だった。桑マン似が一番若い青年を社長と呼んでいたから、彼が興した小さな会社なのだろう。

 窓側に若い方の二人が座り、それに対面する形で50男が腰掛けている。若い方の二人は仲がよいらしく、ときたま笑いあっていたが、オジサンのほうはすっかりうつむいていて、ほとんど無言。よくよく話を聞いていると、どうやらこのオジサン、仕事で取り返しのつかないようなヘマをやってしまったらしく、雇い主である二人に呼び出されたという状況らしい。

  雇い主側の二人としては、オジサンの所属する教材の訪問販売チームを解散させて収拾をつけたいらしく、ついでにほとんどお荷物状態の、この中年セールスマンに辞めてもらいたいらしい。しかし妻子を路頭に迷わせる訳にはいかないオジサンは、暗に辞めてくれと迫ってくる二人に対して、お茶を濁し続ける。二人としては、クビにするには材料が足りないらしく、どうにかオジサンの口から「責任とって辞めます」と言わせたいのだが、オジサンはウンともスンとも言わない。この押し問答が延々とループされ続けていた。

 決して向いているわけでもなく、やりがいがあるわけでもない仕事。それでも「ここを辞めたら行くところがない」という、中年男の悲哀がオジサンの丸めた背中から漂っていた。もちろん、責めている二人だってそんなことは重々承知だ。だが、ほとんど使い物にならない人間を、いつまでも飼っておけるほどの余裕は彼等にだってあるわけはないだろう。しかも、このオジサン、まったくヤル気の片鱗すら見せてくれないのだ。これでは確かに救いようがない。

 季節柄、店内のBGMはクリスマスソング一色であった。それがもの悲しさを一層募らせていた。
 



桑マン「ねえ子供の遊びじゃねえんだからさ。どういう風に考えているのよ。そのうえでさぁ……ね?」
オジサン「はあ、すいません」
桑マン 「すいませんだけ言っていればいいてもんじゃないでしょ。だからこれじゃあもう……。Nさん、マニュアル覚えてもないでしょ?社長なんて、引退した今でも訪問販売の接客マニュアルを一字一句覚えてるんだよ」
社長「こんにちは。わあ、おりこうそうなおぼっちゃんですね。中学生かな?(以下マニュアルらしきものを唱え始める)。てな感じですか(笑)。まあ、こんなのちゃんと覚えたって、あんまり「売り」には関係ないんだけどさ」
桑マン「いやでもさ、心構えの問題じゃない。Nさん、ぜんぜん覚えてないでしょ。覚えてんの?」
オジサン「覚えてないですね……」
桑マン「ね、もう1年近くも働いてるのにそれなんだから、はっきり言って、この仕事むいてないんだよ」
オジサン「はあ。でも、このままじゃあバイトでも探さないと……」
桑マン「それじゃあ、マジメに答えてないじゃない! こういうときの会話はさあ、とりあえず『迷惑かけてごめんなさい。明日から死ぬほどガンバリマス!』っていうのが普通じゃないのよ。ねえ社長」
社長「あ、ああ、そうですね」
桑マン「ちゃんと言う通りやってれば、あんなことにはならなかったのにさあ。で、今後できるの、できないの? ね、オジサン次第なんだよ」
オジサン「はあ」
桑マン「どっちなのよ。はい、やりますって嘘でもいいから言ってくれないなら解散したほうがいいんだよ。なんでそうやって答えないのよ」
オジサン「……」
桑マン「あ、社長、そういえば今日、あいつら見ましたよ。古田とか桑田とあと名前が出てこないけど……ああ、片岡、日本ハムの。やっぱりでかいよね、野球選手は。ちょうど駅から出てきてアルタの前歩いてましたよ」
社長「へー。仲良しなのかね」
桑マン「ま、そんな話はいいんだけど。で、どうなの? 社長と話して今後の絵を描かないと……そのためにみんな今日こうしてやって来たんでしょ。ねえ、こうやってっさ、コーヒーを2杯も3杯もおかわりしてさ、これだってタダじゃないんだよ。バカにならないんだよ。ゲホゲホッ。オレだってカゼ気味なのにさあ。どうすんの、それで」
オジサン「……」
(ここで桑マンの携帯が鳴る。どうやら奥さんから)
桑マン「ああ、オレ。うん。もうちょっとかかる。まだ新宿。うん。メシ食ったか?うん。そうか。うんうん。はいはい、どうもぉ」
(ここで今度は社長の携帯が鳴る)
社長「ボソボソ、うんうん、はい」
桑マン「社長の着メロ、面白い音だねぇ」
社長「そうですか?」
(得意気に着メロを鳴らす。ピヨピヨピヨピヨ〜♪)
桑マン「オレのもね、こんなのあるのよ」
(ピラピラララ〜♪ しばらく着メロ合戦)
オジサン「……」
桑マン「で、どうなのよ!帰れないでしょ。OKならOK、OKじゃないならOKじゃないって言ってくださいよ。ゲホゲホッ」
オジサン「(ボソボソ)」
桑マン「え、なに? 聞こえない。ハッキリ言ってよ!」
オジサン「私も女房子供を食わせていかなかればならないし……」
桑マン「オレだって女房子供いるんだよ。じっさいさ、このまま解散になったら、昨日買ったこの新百合丘から新宿までの定期券代だってパーになっちゃうんだよ。一ヵ月しか買ってないから払い戻せないしさ」
社長「毎日歌舞伎町通えていいじゃない」
桑マン「ははは。土日も新宿出てきて競馬やっちゃって、ますます金が無くなっちゃいますよ」
社長「まあ、なんにしてもさ、今見てもわかるけど、Nさんの精神状態次第のところがあるんですよ。そんな弱々しい受け答えの人間をさ、このまま使ってはいけないんだよ、こっちとしたって」
桑マン「今日みないなことがあったら次こそアウトなんだぜ。調子が悪いからってしょっちゅう休まれるのも困るしさ」
オジサン「……」
社長 「やります!って力強く言えないってことは、精神的に、これ以上持たないってことでしょ」
オジサン「はあ、そうですね……」
社長「ね、精神を少し病んでいるんですよ。この御時勢だからさ、確かに精神おかしくしている人も増えてるよね。実際この間の池袋の通り魔みたいな事件増えてるでしょ、全国的に。◯◯さん(桑マンの名前)も注意したほうがいいよ。刺されるかもしれないよNさんに(笑)」
桑マン「やめてよ〜滅相もない」
社長「Nさん、やるときは包丁よりね、アイスピックがいいですよ」
オジサン「はは……(力なく笑う)」
桑マン「あ〜もう、どうすんのよ。頼むからさ、パパパパッと喋ってよ」
オジサン「(ボソボソ)」
社長「え?何?なんだって(耳に手をやって)」
オジサン「私、ここを辞めたら行くところないですし」
桑マン「そりゃあそうでしょうけど。じっさいNさんくらいの年齢の人を雇ってくれるところはなかなかないでしょうしね」
社長「人生計算どこで狂っちゃったんですかねぇ。でもさ、ひとこと言わせてもらえればさ、Nさん、今までキツイ仕事したことないでしょ」
オジサン「……」
桑マン「Nさんさ、アレやれば? 白アリ。あれなら、基本給で45万もらえるよ。そのかわり超キツイけどね。でも新聞の拡張よりはいいと思うぜ。なにしろ基本給で45万だからさ。Nさんくらいの年で再就職して基本で40、50もらえる仕事なんてそうないよ。金になるよ。接客業でもないしさ」
オジサン「……」
桑マン「いいかげんにしてよ。何時にココに入ったと思ってんの?5時半だよ。今何時よ?7時近くじゃない。オレだって早く帰りたいんだよ。もう、ハッキリしてよ!もう解散でオッケーね?」
オジサン「……」
桑マン「あーもう、イヤッ!」

 
 
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