嗚呼、青春
「そう言えば、私一度聞いてみたかったんですけど……」 お昼休みも残り僅かな語学準備室で次の授業の準備をしていた南先生が突然そう言い出した。 「え、何?」 「真田先生は今の自分があまり好きじゃないんですか?」 「そんなことないけど、何で?」 彼女の質問はあまりにも唐突でおれはただ不思議に思いながら、じっと続きを待つ。 「だって、真田先生は二階堂先生のような方になりたいって思ってるんですよね?」 「そりゃ、そうだよ! だって二階堂先輩みたいなクールで知的な格好いい男って 憧れるじゃんか!」 おれの言葉に南先生がくすりと笑う。おれ、変なこと言ったかな。 「それは人によって違うと思いますけど」 「南先生は思わないの?」 いや、ここで南先生が頷いても嫌だけど。だって、それって南先生が二階堂先輩のことを 好きになっちゃうかもしれない。いや、もしかしたら、もうとっくに好きなのかも知れない。 それは嫌だ。 「そうですね。一般的にはそうかもしれませんね」 南先生の言葉に何故か少しだけ安心しながらも、心中は複雑だ。おれが唸っていると 南先生の視線がこっちに向けられている。優しそうに笑うその表情におれの心臓は五月蠅く 騒ぎ出す。あーもー、静かにしろってば。おれはクールな男を目指すんだ。ここで 騒いだら違うだろ。 「じゃ、じゃあさ? 南先生の思ういい男って何?」 胸に手を当てながら、静まれ静まれと心臓に呼びかけてみるけど、一向に収まる様子はない。 それに何だか気づいたら顔が熱い。だから、こういう時にスマートで居たいからおれは 二階堂先輩に憧れてるのに、まだまだだ。 「そうですね……。いい男というのとはちょっと違うかも知れませんが、私は一緒にいて 優しい気持ちになれる人がいいです。格好良すぎる人だと緊張しちゃうじゃないですか。 だから私は自分が自然で居られる人がいいなって思いますよ」 「そ、そういうモンなの……?」 「ええ、だから」 くすりと笑った南先生は何だかいつもと違って見えた。だって、南先生に好きな人が いるんじゃないかって、思ったから。きっと恋する人を思って優しい笑顔になるんだって 思えたから。 「あ、そろそろ時間ですね。授業に行ってきます」 「……あ、うん」 おれの中のもやもやは徐々に色濃くなっていく。そんなおれを見て、何故か南先生は また笑った。 「……だから、私は今のままの真田先生が好きですよ?」 そう言って南先生は廊下へと出て行く。今、自分が何を言われたのかと思いながら頭の中で 南先生の言葉を繰り返し再生する。首を傾げて数秒。大きな音を立てながら立ち上がると ドアを開けて、廊下を見渡す。当然、授業に行った彼女がそこに居るわけがない。 「ど、どういう意味だったんだろ……」 髪の毛を混ぜ返しながら、何度も何度もさっきの言葉を脳内で再生する。誰もいない語学準備室の 自分の席に座って頭を抱えた。あとで、何とかしてさっきの言葉の意味を聞こうと思いながら 5限目があとどれくらいで終わるだろうと時計を見上げた……。 <あとがき> サイト9周年のSSとしてはちょっと短いのですが、わりと真田には嬉しい話になったのでは ないかなーと。相変わらずDreamWeaverに慣れなくて長いSSを書くのが面倒になっているのは 内緒です(汗) capriccioさまの三六五題より「嗚呼、青春」をお借りしました。 |