繋がる





「相変わらず凄い人ね」
大晦日だから当然でしょ、と言った友人に頷き返すと辺りを見回す。何処を見ても人、人、
人しか見えない。就職をしてからも実家に帰ると必ずこうして友達と初詣でへと繰り
出している。昼間から彼女と会い、近況報告をしてその後は自分たちの実家の近所の
神社へと行くのが私と彼女の年末年始の決まりごとだった。
人の波に飲まれながら、話しても話しても尽きない近況報告をしながら、徐々に境内へと
入って行く。
「それにしても、本当に生き生きしてるのね」
「え、何が?」
突然の言葉に私は首を傾げる。目の前の彼女は笑いながら自覚ないなと肘で
私を突いていた。
「中等部から高等部への転任してから、今までよりもずっと充実してるんじゃない?
だってさっきから学校の話ばっかりよ。もちろん中等部の生徒達だって可愛かった
だろうけど」
「もちろん、中等部の子たちだって可愛いわ。だって受け持ってきた生徒たちは
みんな同じくらい可愛いもの」
「それはわかるけど、でもやっぱり今の状況はもっと特殊でしょ?」
「…それはそうだけど…」
彼女が言いたいことはわかる。みんな一緒だと思っても、やはり今受け持っている
生徒達は特殊だ。それは毎年同じこと。
「それに、悠里って面食いだから」
「ちょっと!それはないんじゃない!?あの子たちは生徒なんだからね!」
これだから10数年も付き合っている彼女には敵わない。
「あら、私は別に生徒のことだけを言った訳じゃないんだけど?誰だっけ、私に
先生方も素敵なのよなんて言ってたの」
「…う…」
事実とは言えども改めて口にされると恥ずかしい。これでは面食いと言われても
仕方ないかと肩を落とす。
「まぁ、その方が悠里らしいと思うけどね。いいんじゃない?」
「…同意を求められても頷かないわよ」
「はいはい」
笑いながら適当といった風情で頷く彼女を肘で小突いた。
「でもね、生き生きしてるって言われるのは私もわかるの」
「…そう?」
「うん。だって段々変わってきた彼らを見てたら嬉しくなるのよ。少しでも勉強は
つまらないものじゃないって分かってもらえた気がして」
私の言葉に彼女が優しく笑うと頷いてくれる。
「私、教師になって良かったなって思うことが一杯あったのよ」
「ええ、そうね。本当に今の悠里は楽しそうで羨ましい限りだわ」

境内の中から除夜の音が聞こえ始めた。今年が終わろうとしている。感傷的になりながら
ふと辺りを見回すと携帯電話を手にしている人たちが目に付いた。
「やっぱり年賀メールの準備かな」
「多分ね。毎年自粛するべきかなって思ってもしちゃうのよね」
そう言って彼女も携帯電話を取り出した。もちろん携帯電話の各社共、回線に制限を
設けているので時間をずらして出すのだけれども、それでもそろそろ用意していないと
送信にもたついてしまう。
「ごめんね、いつも私と一緒だから」
「いいのよ。彼は実家に帰ってるしね」
話しながら携帯電話を操作している彼女を見て思わずいいなと呟いてしまった。失言
だったと思っても、もう遅くて彼女はきょとんとした顔で私を見ている。
「悠里?」
「あ、ち、違うの!忘れて!」
「忘れてって言われてもね…。そう言えばさっき話してた先生方はどうなの?」
「え?」
メール本文を打ち終わったのか携帯電話を閉じながら肘で何度も小突いてくる。
「またまた〜。さっきだって何度も聞いた名前あったわよ?ほら、真田先生とか
結構何回も名前出てきたじゃない。ねぇ、どうなのよ」
「え、真田先生!?」
「年齢も近いし、話聞いてる感じだとすごく気さくで良さそうじゃない」
彼女の予想外の言葉にかぁと頬が熱くなる。そんなに私は真田先生の名前を出して
いただろうかと思いながら彼女を上目遣いに見るが、次の言葉を待っている彼女に
小さくため息をついた。
「ため息は幸せを逃しちゃうわよ?」
「もう、真田先生みたいなこと言わないでよ」
「あら、真田先生ってそんな事言う人なの?」
うっかり名前を出してしまった為に墓穴を掘った形になってしまった。興味津々の
彼女に促されるまま、話し始める。辺りのざわつきが一際大きくなり、新年を迎えた
ことを知ると彼女と互いに笑った。新年の挨拶を交わすと小銭を用意しながら境内の
奥へと足を進める…。

「はぁ〜、本当に凄い人だったわね」
近所のファミリーレストランへ入り、席に座るとそう言って伸びをした。彼女はおもむろに
携帯電話を取り出すと規制時間ではないことを確認してメール送信の操作をしている。
何となく彼女に釣られるように携帯電話を取り出すと液晶画面に電話の着信履歴が表示
されていた。慌てて履歴をよく見てみるとそこには先程名前の出た真田先生の名前がある。
休みに電話をかけてくるということは重要な話があるのかもしれないと通話ボタンを
押した。席を立ちながら入り口まで歩くと呼び出し音が響き、やがて耳元に慌てた声と
冷静な声が聞こえてくる。
「あの…真田先生?」
「あ、うんっ!えっと…明けましておめでとう!!」
「あ、はい。明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いしますね」
「いやいや、こちらこそ、宜しくね!!」
電話の後ろに聞こえる咳払いや真田先生を窘めるような声は間違いなく二階堂先生だ。
何の用事があるのだろうかと数秒待ってみたけれど、沈黙が続くばかりで耳に届くのは
やはり二階堂先生が真田先生を窘めている声だけ。
「あの…」
「は、はい!!」
「何か私に用事でしたか?」
「え!?…あ、あの…おれ、本当は南先生に年賀メールを出そうと思ってたんだけど」
しどろもどろで話し出した真田先生に首を傾げると携帯電話の向こうが一瞬静かになる。
「…間違えて通話ボタン押しちゃったんだ…その、ごめん!!」
「そうだったんですか」
「本当にごめんね。おれ、二階堂先輩と初詣でに来ててさ。途中でそうだ!って思いついて
電話帳開いて操作しようとしたら後ろの人に押されちゃって…ホント、ごめん!!」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
何度も謝る真田先生に思わずその場にいないのに手を振りながら恐縮してしまう。
「うん、ありがとう。でも…へへっ」
「真田先生?」
突然嬉しそうに笑った真田先生にやはり首を傾げる。
「南先生の声聞けてちょっと嬉しいよ」
「え…!?」
「ほら、冬休みの間は学校行かないから会えないしね」
「そ、そうですね…」
気がつくと頬が熱くなっていた。私が立っているのはファミリーレストランの
玄関口だから室内よりも寒いはずなのにおかしい。真田先生は別に他意があって声が
聞けたことを嬉しいって言ってる訳ないのに。
「?…南先生どうしたの?あ、もしかして今あんまり時間なかった?」
「あ、いえ!友達とちょっとファミレスに来てるだけですし」
「友達と一緒なの?ごめんね、おれ邪魔しちゃったよね」
「大丈夫です。彼女も彼にメールしてるみたいですし、私も彼氏とメールなんて羨ましい
なんて思っていたので、真田先生にお電話頂けてちょっと嬉し…あ!そ、その!
何でもないですっ!!!」
「え…?」
「あ、もう、忘れて下さい!!」

自分の迂闊さに私は慌てたけれど、真田先生は黙ってしまって何も話してくれない。
どうしようかと思ったその時、携帯電話の向こう側で真田先生が二階堂先生に向かって
大声で何かを訴えているのが聞こえてきた。
『先輩!〜〜〜〜〜〜〜っ!!おれ、おれっ!!!』
『落ち着きなさい。近所迷惑になります。もう少し小さな声で』
『は、はいっ!!』
『まずは深呼吸をして、それから南先生を待たせてしまっていることを彼女に謝罪を
なさい』
やりとりを聞きながら、どうやって言い訳をすればいいのだろうと混乱した頭で
考えても浮かぶ訳もない。
「南先生?」
「あ、はい!」
「えっと、ごめんね。ちょっと二階堂先輩と話してて…」
「は、はい。大丈夫です」
高鳴ったままの心臓を落ち着かせようと深呼吸をしながら胸を抑えた。
「と、とにかく…その…改めて今年も宜しく!…ってことで」
「は、はい!私こそ宜しくお願いします」
「うん、じゃあ今度は学校で」
「あ、はい…。あ、真田先生、二階堂先生にも明けましておめでとうございますと
宜しくお伝え下さい」
「あ、うん!先輩も南先生に宜しくって」
「はい、じゃあ…その…」
「うん、今度こそじゃあね」
通話終了ボタンを押すと大きく息を吐き出す。携帯電話を折り畳みながら席へと戻ると
彼女が妙ににこにこと私を見ていた。嫌な予感がするのはきっとこれから彼女が何を
聞くのかわかっているからに違いない。

「さーて、悠里。今まで誰と楽しそうに話してたのか白状してもらいましょうか」
「…自分だって彼氏とメールしてた癖に」
「あら、彼氏とだもの当然でしょ?それより私は『自分だって』って言う悠里の電話の
相手が気になるわよ。『だって』ってことは私の彼氏と並ぶ相手の筈よねぇ」
「…どうしてそういう理論になるの」
「ま、いいわ。今日は朝までゆっくりその話を聞かせてもらうからね。覚悟
しなさいよ?」

私の予感は結構当たる。こんな時くらい外れても良かったのにと思っても今更、
仕方のないことだった…。



<あとがき>
今回はオリジナルキャラの南先生の友達が随分出て来ているのですが、如何だった
でしょうか。ふと思ったのですが、ウチの真田はよく南先生にメールしようとして
通話ボタン押してますよね。これで2回目だ…(笑)

いろいろお題5と10の配布処さまより2人の関係(1)5題より「繋がる」を
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