煌めく星
「こんな時に見回りなんて、ついてないよなぁ」 ため息をつきかけて、慌てて吸い込むと窓の外に目線をやった。消灯した筈のつい先程まで 聖帝祭を行っていたパーティー会場がぼんやりと光を漏らしている。窓から漏れる弱い光は 間違いなくそこにあり、世に言う幽霊の類いではない筈だと自分自身を納得させた…。 「誰か居るの?」 重い扉を開くとホールの真ん中に人影を見つける。最低限の照明しかついていないホールの中 コートを羽織ったそのシルエットは間違いなく女性のものだった。ホールへと足を進めると 周りに足音が響く。そしてぼんやりと会場を見ていた女性が振り向いた。ドレスの上に コートを羽織ったその人はB6たちの担任、南悠里であった。 「どうしたの、南先生。もう帰ったんじゃなかったの?」 「あ、真田先生。すいません、会場の照明をつけてしまって」 「いや、まだおれも居たから別にいいんだけど…。さっき電話でタクシーを呼んだんじゃ なかったっけ?」 ぎゅっとコートを握りながら笑う彼女に心臓は騒ぎ出していた。いつもと違う装いの彼女が あまりにも可愛くて、そして綺麗で妙に緊張してしまう。 「それが…今の時期ですからタクシーも中々捕まらないらしくて、30分くらいかかるって 言われてしまったんです」 「え、そうなの?あ、でも確かに忘年会シーズンだからなぁ…。タクシーは何台あっても 足りないのかも。だったら、おれに言ってくれれば良かったのに」 「え?」 「ここだと寒いんじゃない?職員室の暖房つけようか?それに一人でこんなところで居るの 寂しいしさ。話し相手にくらいなるよ」 広いホールにぽつりと立つなんて寂し過ぎる。ほんの少し前までは豪華絢爛だったこの 会場も今は何もない。ガラス張りの天窓が余計に寂しさを演出しているようにも思えた。 本当は自分が送ってあげられればいいのだろうが、生憎足がない。こういう時は学校に 車で通勤していれば何とかなったのだろうが、今頃そんな事を思っても仕方のないこと だった。 「ありがとうございます。…でも、もう少しここに居たくて…」 「ここに?」 「はい…だって、こんなに夜空が綺麗じゃないですか」 天窓を見上げると星達が煌めいている。都市部であるこの辺りでこんなに星が瞬くのは 珍しいことだった。雲一つない、綺麗な夜空だ。優しい月明かり、そして小さな星の光が たくさんそこにある。 「そうだね。本当に綺麗だ…」 2人揃って天を見上げる。しんとしたホールは静寂が辺りを包んでいた。先程まではずっと 騒いでいた心臓もいつの間にか気にならなくなっている。 「あ…雪」 「本当だ…どうりで朝から寒かった訳だよ」 月と小さな星々、そして白い綿のような雪が幻想的に夜空を彩っていた。 「南先生、良かったね」 「え…真田先生?」 「B6の奴らが全員聖帝祭に出てくれたじゃんか。しかも南先生が掛け合ったお陰で七瀬の ライブまで実現した。これって凄いことだと思うよ」 目線を夜空から隣に立つ彼女へと移す。薔薇色の頬を隠すように両手で覆ったまま彼女が 左右に首を振った。頬が赤く染まっているのは寒さの所為だろうか。深く考えないまま 優しく、そして静かに笑いかける。 「謙遜することないと思うけどな。南先生が凄く頑張ってることはよく知ってるからさ」 「いえ、で、でも…それは私の力じゃなくて…みんなが頑張っているから出来たんです」 「そうだね。彼奴等も頑張ってるよな。最近の彼奴等のテストの結果は見る度に楽しみ だよ。…でも、おれはそれだけじゃないと思う」 「え…?」 ずっと傍で見ていた。 最初はただ可愛い同僚教師が出来たことに喜んでいただけだったけど、今は違う。 あんなに手を焼いていたB6たちをまとめ上げて、勉強することはつまらないことじゃないって 一生懸命訴えた。一人一人がこれからの道を歩くために必要なことをしようと根気強く 話しかけていた。B6たちが徐々に良い方向へ歩き出したそのきっかけを与えたのは彼女。 お手上げだ、なんて言って彼女に全部を押し付けてしまった自分たちとは違う。 生徒思いで真っすぐな彼女のその心の強さを凄いと素直に思っている。そして次第に 彼女を同僚教師でなく女性として応援したい、願わくば彼女の隣に立ちたいと思うように なっていた。 今はまだ、ちゃんと言えないけれど。 でも、彼奴等が卒業したら言うんだ。…絶対に。 「南先生が彼奴等の背中を押してあげたんだ」 「真田先生…」 「君のそのちょっとした後押しがあったから、彼奴等だって自分で歩き出したんだよ。確かに まだそれは一歩、二歩かもしれないけれど…でも以前の彼奴等を見てたら、その一歩や二歩が どれだけ凄いことなのか、おれたちはちゃんと知ってるから」 「…そう、なんでしょうか」 「ああ、自信を持っていいよ。先生は凄く頑張ってる。そしてB6の奴らも頑張ってる」 そうだよ。あの斑目だって、自分から先生に挨拶するようになってた。 今はまだB6や南先生にだけかもしれないけれど、きっと変わっていくと思う。 「もうちょっとしたら、彼奴等も卒業だね…」 天窓を見上げると徐々に白い雪が窓を覆い始めていた。その隙間から見える夜空を見上げながら そう遠くない未来を見るように目を細める。 「…はい」 「あ…!」 「…流れ星…!」 夜空に一筋の光が見える。天窓が雪で覆われているため、小さな隙間からでしか見えないが、 それは確かに流れ星であった。互いの顔を見ると声を上げる。 「すげー!こんな町の中でも流れ星って見えるんだ!」 「私、流れ星って初めて見ました!!」 はしゃぎながら思わず手を取り合う。視線は夜空に固定されており、自分たちが手を握り あっていることに、しばらく気付かなかった。興奮が徐々に収まると手の有りかを探す。 そして小さな温もりに気付き、再び心臓が騒ぎ出した。それは彼女も同じでお互いに 視線を天窓から下ろすと真っ赤になったまま下を向く。 暖房もついていない会場は徐々に気温を下げつつあり、息をする度に小さな白い靄が見える ようになっていた。 手を離すにもタイミングを逸してしまい、手を離せない。いや、単に離したくないだけかも しれなかった。自分の想いがそうしてしまっているに違いない。 だけれども── 彼女が自分の手を振りほどいたりしないのは、期待してもいいのだろうか。 自分を悪くは思っていないと。 下を見ていた目線を徐々に上げていく。 まだ俯いている彼女を見ていると、自分の視線に気付いたのだろう。彼女も恐る恐るといった 様子で顔を上げた。 大きく息を吸い込むと目をつむり、こう口にした。 ──Shall we dance? 驚いた彼女は一瞬目を見開いてじっと、こちらを見ていたが、次の瞬間優しく微笑むと 頷き、差し出した手に手が重なった…。 <あとがき> 本当はいつもの調子でラブコメしようと思っていたのですが、思いがけず真田が シリアス方面へ走って行ったので最後までシリアスに、雰囲気を壊さずに終えてみました。 たまにはドタバタしないこんな雰囲気があってもいいかなーと。 白い雪が降っている中、誰もいないホールで踊るって言うのも幻想的で絵になると 思いますが…いかがでしょうか? 自作お題より「煌めく星」を使用しました。 |