知らしめて、恋心
視線の先には女子生徒たちと会話しているあの人。 心の中にある妙な苛々は何だろうと自分自身の事ながら首を傾げる。どうにもならない 苛々が眉間にしわを作っているだろうことは簡単に想像出来た。 「だーかーらー、教えちゃったら意味ないだろ?」 「えー、でもちょっとだけ!ヒントだけでもいいから、ね?先生!」 口はヘの字に、いつの間にか手は握り過ぎて真っ白になっている。すれ違いざまに 大きくため息をつくと存在に気付いたようであたふたしていた。 「廊下は騒ぐ場所ではないでしょ。もう少し静かにね」 「はーい」 女子生徒たちは叱られちゃったねなんて言いながらあたふたしている外国語教師を 振り返る。何か言おうとする彼よりも先に口を開いた。 「二階堂先生が探してみえましたよ、真田先生」 「あ、うん。ありがと。…それから、ごめんね」 「いえ」 随分そっけない返答だと自分でも思う。きっと今の自分は無表情で、彼からしてみれば 怒っているように見えているかもしれない。でも、胸の中にある苛々を抑えることが 出来なかった。苛々の原因は間違いなくこの人で、これが八つ当たりだということは 自覚している。それでも抑えられなくて、結局この後自己嫌悪に陥ることぐらい分かり きっているのに、だ。 何よ。あんな風に女の子囲まれて嬉しそうにして…! この前、私にあんなこと言ったのに! とどのつまり、嫉妬だ。相手がこの学園でも人気のある男性教諭の一人であることは わかっているつもりだった。年上で教師にもかかわらず気さくで、生徒達はまるで 友達と思っているのではないかと思うくらい気楽に彼の周りへ集まる。それを見て ヤキモチを妬いているのだ。 釣った魚に餌をやらない…そういう事なのかな…。 窓の外を見れば、雲一つない青空が広がっていた。彼がそんなタイプの人間でないことは 自分がよく知っている。いや、一番でありたいと思う。そうでなければ、彼の恋人として 悲し過ぎる。小さくため息をつくと廊下をバタバタと走る音が聞こえてきた。どうせ 生徒達が走っているのだろうと注意するために振り返って目を見開いた。 「南先生!!」 必死な顔で駆け寄ってきた真田を怒ろうとした瞬間、右手を引っ張られ、一緒に走り 出す羽目になる。途中、二階堂と鳳に窘められながら着いたのは視聴覚室だ。自分たちが 自由に使える教室のうちの一つ。 「あ、あのさ…その…ごめん…」 肩で息をしながら、しゅんとうな垂れる真田を見る。ため息をつこうとして、思い とどまった。 「何に対して謝っているんですか?」 「え…いや…。…その、君が怒ってるから」 「私が怒っていたら、何も悪いことをしていなくても謝ってしまうんですか?」 我ながら意地悪な返答だと思う。そして可愛くない態度だ。確かにこんな意地っ張りで 生徒にすら嫉妬してしまう同僚の恋人よりも、慕ってくれる可愛い年下の生徒達の方が 可愛いだろう。 「真田先生は何もしていないでしょう」 「…二階堂先輩みたいな言い方は止めてよ。南先生らしくない」 「別に真似なんてしてません。それに私らしいって何ですか?」 こうなってしまうと、もう意地の張り合いだ。口をとがらせた真田が腰に手を当てて、 声をあげる。そう、彼がここを選んだ理由は防音効果のある部屋だからだろう。 「何だよ…何で、そんな可愛くないこと言うんだよ!」 「どうせ、私は可愛くなんてないです!」 馬鹿みたい。こんなヤキモチなんて、みっともないってわかってるのに。 揚げ句の果てに、可愛くないこと言って怒らせて…。 …正真正銘の馬鹿じゃない。 気付くと瞳が潤み始める。自分が卑怯だって、分かっていても溢れてしまう涙を 止めることは出来ない。激しい感情の波に押し出されて流れる涙を拭いながら言い訳を 口にしてしまうことを止めることも出来なかった。 「女の子に囲まれて嬉しそうにしてるのなんて、見たくないんです!生徒にまで嫉妬する なんて馬鹿だって分かってるんですよ!?でも、苛々しちゃって、嫌みを言ったり 八つ当たりしちゃって…」 「…え?」 「え?じゃないですっ!バカバカ、鈍感!!何か、私ばっかり真田先生のこと好きみたいで 嫌です!私、こんな可愛くないこと言いたくないのに、止まらないし…どうしていいのか わからないし…!」 「ちょ、ちょっと、南先生!?」 「もう…やだぁ……」 座り込んで両手を覆うとすぐに両手首を捕らえられる。顔を覆うことが出来ず、潤んだ 視界に何かが飛び込んできた。そして気付くと唇と唇が触れ合っていた。何度か宥める ようなキスを貰うたびに体から力が抜けていく。 「…ごめんね」 しゃくり上げながら、髪をなでられ、優しく抱きしめられると徐々に心が落ち着いて いった。 「おれ、南先生がそんな風に想ってくれてるってわからなくてさ…。その、未だに 君の返答が現実のものだって実感なくて…。夢なんじゃないかって思う時もあるぐらいで」 「…夢だったら、私、こんな風に泣いたりしません」 「うん、そうだね。ごめんな?それから…ありがとう」 腕をといた真田は笑うとおでこに優しくキスを落とした。 「さっきさ、ヤキモチ妬いたって言ってたよね?別にそれが可愛くないなんて思わないよ。 おれは逆に可愛いと思うけど」 「…そんなこと言われても嬉しくないです…」 すねたようにそっぽを向くと吹き出されてしまう。それが何だか妙に嬉しくて、でも 恥ずかしくて、軽く頬をつねった。 「いひゃいよ、ひらひせんせ」 「意地悪したからです」 機嫌を直して笑うと今度はこちらからです、と彼の頬へキスをした…。 <あとがき> ふと思い立って、真田でなく南先生にヤキモチを妬いてもらいました。このタイトルも 普通なら真田の方がしっくりしそうなところを敢えて相手側の南先生にしたくて 書き出したら、ノリノリに(笑)あれ、これってサイト内で初めて付き合ってる状態の SSじゃないですか?付き合ってても相変わらず青春してそうだなぁ…(苦笑) capriccioさまの三六五題より「知らしめて、恋心」をお借りしました。 |