童心





一際大きなくしゃみが職員室に響く。4時間目の真っ最中である職員室には真田と
自分の2人がいるのみだ。鼻をすする自分に真田がパソコンのモニタから視線をあげ、
顔を覗かせている。そして一瞬の間があったかと思うと突然吹き出した真田が席を立つ。
「あ、あり得ねー!九影さん、そのくしゃみあり得ないっすよー」
涙目になりながら席まで歩いてくるとティッシュを探していた自分にポケット
ティッシュを差し出した。

「つか、マジ九影さんって親父って感じだよなぁ」
「しみじみ言ってんじゃねぇ。…ったく、お前は喋ったかと思えばロクな事言わねぇな」
「いやいや、これって聖帝のみんなが思ってることだし。だから聖帝の親父様って
言われるんじゃないっすか?ね、親父様」
「うるせぇ。アイドル教師が何言いやがる」
「う…」
生徒達が勝手に名付けるあだ名に納得がいっていないのは別に自分だけではない。
言葉につまった真田を鼻で笑うと再び大きなくしゃみをする。
「…あー、こりゃ風邪か…?」
「うわ、マジで?九影さんが風邪って何、どういう事?天変地異の前触れとか!?
それって鬼の霍乱ってヤツだよな!」
へへへと笑いながら真田が何故か一歩後ずさった。

「…おい、真田。そりゃどういう意味だ?」
「まんま、っす」
「ほー、良い度胸だなぁ、おい」
バキバキと指の間接を鳴らしながら、席を立つ。15cm以上の身長差は伊達ではない。
逃げようとする真田の襟をつかむと腕でしっかりホールドして逃げられないようにする。
「うわ、ちょ、ちょっと、九影さん!!」
「どうなるか、わかってんだろうな?」
「うわ、勘弁して!おれ、明日二階堂先輩と寄席に行くから、風邪なんてひくわけ
いかないんすよ!」
「そんなモン知らねぇなぁ…?」
するりと逃げていく真田を再び捕まえると今度はかなり本気でホールドする。
じたばたと逃げようともがく真田の耳元で笑うと部屋中にくしゃみが三度響いた。
「うわ、汚ぇ!!」
「汚ぇじゃねーだろ」

まるで学生時代に戻ったかのようだな、と真田とのやりとりを頭の中で再び
音声再生する。いつも真田と話していると大抵こんな感じの会話になってしまうのだ。
自分も学生に戻ると言うより、寧ろ真田が生徒のように振る舞うと言った方が正しい
かもしれないが。そんな事を考えながら職員室のドアを見やると丁度南がやって来た
ところだった。自分たちを見ると、いつも仲が良いですねと笑う。

「南先生、酷いよー。この状態で仲が良いって言う?」
「ふふ、十分仲が良いと思いますよ」
「もう、笑ってないで助けてよー」
腕を解いてやると大げさに咳き込む真田の後頭部に軽く手刀を落とす。
「痛ぇっ!」
「大げさな奴だな」
「ちげーよ!九影さんの力加減と一般の力加減は違うの!!」
走って逃げる真田は素早く、職員室のドアの前であかんべーをしている。いくら何でも
26歳にもなって、それはないだろうと注意しかけたその時。
「うつりそうなんで近寄らないでくださーい。ほら、南先生も語学準備室に避難しよう!」
「え、さ、真田先生!?」
ドアの傍立っていた南の手を取って逃げていく。普段、そんなことも出来ない筈の
真田の行動に驚いたものの自分へ言い放った台詞は聞き逃せない。
「こらぁ!真田、テメェっ!!」
「九影先生、授業中なんで静かにして下さーい!」
廊下を走って逃げていく真田と南の2人の背中に大きなため息を吐き出すと、頭をかく。
むずむずする鼻をすすりながら、職員室に戻ると3回連続でくしゃみをした…。



<あとがき>
もう一つのブログからほぼ修正加筆なしで(多少はありますが)こちらに持ってきました。
…というのもこのお話をベースにちょっと書きたいものがありまして…。そういう
事情からの再アップとなっています。

rewriteさまの組込課題・台詞より「うつりそうなんで近寄らないでくださーい」を
お借りしました。