共同作業
本棚をじーっと見つめると、どこから手を付けるべきか考える。いい加減整頓 しなければ、新しいものを購入してもしまっておく場所がない。そもそもこの本棚の 殆どは自分が購入した参考書ばかりだ。使用頻度の低いものから入れ替えていく しかないかと本棚を眺めながら考えていた時、ふと気づく。 「あれ…これって2冊ある?」 手前にある英単語の本を手に取るとすぐ上の棚を見る。そこには全く同じタイトルの 本が収められていた。 「うわ、おれ何やってるんだろ。勿体ないなぁ」 とりあえず手にある本を近くの机に置くと再び本棚を眺めた。もしかしたら何冊か 重複している本があるかもしれないと探し出したのだ。 「あ、これもあるし…うわ、こっちもじゃん。…うー、勿体ないなぁ。誰か 引き取り手でもあれば、この参考書たちも浮かばれるんだけど」 ブツブツ言いながら本棚から何冊かの参考書を引き抜く。その度に机へと重ねて いき、気づいた頃には結構な冊数が積み上げられていた。 積み上げられた参考書の山を前にまたも数分前のように唸ると今度はこの参考書を どうすべきか考え始める。 「折角だからこの参考書を有効活用出来るといいんだけど…これを使うような奴は きっともう持ってるだろうしな…うーん、どうするかな…」 初歩的なものから本格的な大学受験用問題集まで揃っている。大学受験用の問題集なら まだしもこんな初歩的な単語帳は3年生たちには必要ないだろう。それならば1、2年生 辺りなら…とそこまで考えてふと気づく。 「受験用問題集も使えて、ついでに初歩的なものもいるって言えば、うってつけの 奴らがいるじゃん。そーだよ、B6だったらピッタリだ!」 何ていいアイデアだと思ったのも束の間、これらを渡して素直に受け取って勉強する 生徒ではない。それで勉強するぐらいならとっくの昔に問題児集団ではなくなって いる筈だ。 「斑目だったら…無視するか、喋っても『…持って帰るの…面倒…』とか 言いそうだしなぁ」 一人で物真似をしながらブツブツと呟く。次々に思いついたB6の面々もやはり 一筋縄ではいかないとため息をついた。 「はぁ…真壁の場合、英語はいいんだけど基本的な日本語が壊滅的だからな〜。 これが少しでも国語の勉強の足しにでもなればいいんだけど、『Why!俺が施しを 受けなければならないのか!?おい、永田!俺が誰か言ってみろ!』とか言いそうだし、 草薙は『うわ、俺パス!』とか言って速攻で逃げそうだもんな。七瀬なんて、どうせ クールに『いらん』とか言うんだろうしさ。悟郎と仙道は…何か仕返しされそうだし… うう、化粧とか嫌がらせはマジ勘弁して欲しい…。『マサちゃん、ポペラ可愛く してあげる〜』とか『キシシッ!オレ様が勉強なんかする訳ねーだろっ!』なんて 言いながら水鉄砲とかさ。…ああ、容易に想像出来るだけに怖ぇーよ…」 一人一人の台詞を何故か物真似しながら呟くと何処からか笑い声が聞こえる。 語学準備室は自分一人の筈なのにと思いながら振り返ると、B6たちの担任、 南悠里がそこにいた。 「み、南先生!?いつからそこにいたの?」 「すみません、さっきから」 笑いを堪えている様子からして今の独り言を全部聞いてしまったのだろう。 途端に恥ずかしくなって頬がかあっと熱くなる。 「うわ、恥ずかしー」 「でもすごく似てましたよ?」 「わー、もう忘れて、忘れて!」 「先生がそう言うのでしたら」 くすくすと笑った悠里の視線から逃れるように参考書が積まれた山へと視線を戻す。 そしてその一番上にある本に気づいてそれを手に取ると彼女もまた自分が手に 取った本を覗き込んだ。 「…おれ、こんな本買ったっけ?」 「ここの本棚の殆ど真田先生が買われたものだって聞いてますけど…」 紛れもなく参考書ではない実用書その表紙にあるタイトル『35年のベテラン専業主夫が 教えるラクラクお掃除術』に室内が静まりかえる。そして次の瞬間、顔を見合わせると 笑い出した。 「何でお掃除術が参考書の中に埋もれてるんだよ!」 「しかも普通の主婦じゃなくて男性の方の主夫なんですね」 本の中をパラパラめくりながら笑い続ける。塩を使ったお掃除術のページで 一層笑い声が大きくなった。 「すっげー、塩で掃除なんて考えたことないよ!」 「調味料としか頭にないですよね、普通」 次のページはと言いながら本を見ていて、ふと気づく。自分たちの距離が普段よりも 近いことに。そしてそれに気づいたのは自分だけで彼女の方は気付かず楽しそうに 本の内容を口にしては笑っていた。気付いた途端に騒ぎ出す心臓に焦りながらも 何とか平静を装うが、そんな器用なことが出来るタイプではない事は自分でも わかっている。案の定、様子のおかしい自分に気づいた彼女が不思議そうに 首を傾げた。 「真田先生、どうかしましたか?」 悠里が顔を覗き込むように更に距離を近くした。ますます飛び上がる心臓にただ 真っ赤になりつつ首を左右に振るだけである。 「え?あ、いや!全然どうもしないからっ!」 曖昧に笑って誤魔化しながら後ろへと後ずさろうとした途端、覗き込んでいた悠里の 表情が変わる。 「あ、真田先生っ!」 「うわっ!!」 本棚にぶつかり、大量の参考書が頭の上から土砂降りのように降ってくる。 参考書の角は結構痛いんだな、なんて間の抜けた事を納得しながら、残りが降って 来ないかと本と本の隙間から上を伺う。参考書と参考書の隙間から部屋の天井が 見えるということはもう降ってこないだろう。もうこれでこれらを退けて立ち上がっても 良い筈と思った瞬間、視界が真っ白になる。光が大量に差し込む、それはよく映像で 見かける倒れる前の前兆かと思ったその瞬間、悠里の心配そうな表情が視界へ 飛び込んで来た。 「だ、大丈夫ですかっ!?」 「え…南…先生?」 「頭、打ってないですか?何処か怪我してないですか?」 尻餅を付いてしまっている自分に合わせるように彼女もまた膝を折って、周りにある 参考書を一つ一つどかしていた。埋まっていた自分の肩についた埃を払いつつ心配げに 見つめられ、再び心臓が飛び上がってしまう。 「だ、大丈夫…ハハハ」 「本当ですか?嘘じゃないですよね?」 「う、嘘なんかつかないよ。ほら、大丈夫だからさ!」 しどろもどろになりつつも腕を振って怪我をしていないことをアピールする。それで ようやく納得してもらえたのか、悠里が大きく息を吐き出す。そんなにも自分を 心配してくれたのかと妙に嬉しくなって、頭に受けた痛みのことなんて、すっかり 忘れてしまっていた。緩んでしまう口の端を押さえながら周りを見渡す。 「それより…」 「…はい?」 「これ、どうするかの方が問題だよ…」 「あ…」 自分たちの周りにある参考書たちを見渡して、ため息をつく。そしてすぐに息を 吸い込んだ。ため息をついて幸せに逃げられるのはごめんだ。だから幸せを取り 返すように吸い込む。そして気を取り直すように頷くといくつかの参考書を掴んだ。 「片づけるしかないよな、うん、仕方ない」 自分に暗示をかけるようにそう呟くと参考書をかき集める。作業を進める視界の中に 悠里の手を見つけると慌てて顔を上げた。 「南先生はいいよ。おれが落としちゃったんだから、自分で片付けるって!」 作業の手を止めずに首を左右に振る悠里に一瞬どう答えようかと迷う。 「…えっと…いいの?」 「はい」 遠慮がちに聞いた言葉に、はっきりと頷く悠里を見て再び顔が緩んだ。 「じゃ、じゃあ!えっと、ありがと!」 「いえ。さぁ、頑張って片付けてしまいましょう」 「そうだね!」 そう言って笑いあうと片付けを始める。途中で奇妙な音が廊下から聞こえたが お互いに首を傾げただけで原因を突き止めることはしなかった。 「はぁ〜片付いたー!」 「お疲れ様です」 「いや、南先生こそお疲れ!ホント、ありがとな!お陰で凄く助かったよ」 綺麗に片付いた本棚と足下には重複した参考書が箱に詰められている。 「あ、おれ、何かお礼するよ!」 「いえ、そんなお礼なんていいです」 「いや、それじゃおれの気が済まないし、お茶ぐらいおごってもバチは 当たらないって!」 「…で、でも…」 言葉を濁す悠里に強引すぎただろうかと不安になる。きっかけは何でもいいから たまには学校以外のところで2人でいられたら良いなという自分の気持ちを 押し付けているように取れたかもしれない。 「あ、いや、南先生の都合が悪いならいいんだ!その、お礼なのに困らせちゃったら 本末転倒だもんな」 「い、いえ!そういう事じゃなくて…えっと…本当にいいんですか?」 慌てて取り繕おうとした途端、今度は悠里が慌てて顔を上げた。その表情は心なしか、 恥ずかしそうにしているように見える。 「も、もちろん!」 「…じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」 「どーんと、任せて!」 拳で胸を勢いよく叩きすぎてむせると真っ赤になりながら、悠里と一緒に笑いあった…。 <あとがき> 本当は場面転換して奇妙な音の正体をあかしたいところですが、そこまで やってしまうと本文が長くなるので削ってしまいました。そうですね、今度時間の ある時にでもその部分だけを書いて番外編みたい出来たらいいなぁと。 途中にある真田の物真似シーンは是非聞いてみたい気がします。 ゴロちゃんなら本編中でも聞けましたけど、他のB6のは聞いてませんものね。 こういう事がなければ、お茶に誘うこともままならないところが彼らしくて 好きです(笑) いろいろお題5と10の配布処さまより2人の関係(1)5題より「共同作業」を お借りしました。 |