ミラクル・ティータイム
「南先生居るー?」 バカサイユに飛び込んで来た人物に視線が集まる。それは普段ここに足を踏み入れる事のない 教師の声だったからだ。 「あ、はい」 「やっぱりここだったんだ?何か鳳先生が探してたからさ。結構急ぎの用みたいだった みたいだし、早く行った方がいいよ」 ティーポットを持った手を止めると驚いたような表情で悠里が頷き返す。そしてさっと もう一杯分の紅茶をティーカップに注ぐと笑顔で真田に差し出した。 「わざわざありがとうございます。良かったら真田先生もどうぞ」 「え、いいの?ありがとう!」 「じゃあ、行ってきますね」 「うん、行ってらっしゃい」 受け取ったティーカップを持って嬉しそうに笑う真田にB6たちからの視線が集中していた。 彼らの前にも同様に紅茶が並べられているが、何故か誰もそれらに手を付けた気配はない。 視線に気付くこともなく悠里を見送ったまま、ティーカップに息を吹きかけ表面を 冷ましてやると一口飲む。ここまでの真田の一挙一動にB6たちの視線は釘付けだった。 「…うん、美味い。……って、お前らどうしたんだよ」 流石にB6たちからの視線に気付くと居心地悪そうに、でもマイペースに紅茶を冷ましながら 飲んでいく。B6たちはと言えば顔面蒼白な七瀬や紅茶から目を逸らしている真壁、眉間に しわを寄せ紅茶を睨む仙道に、何故か唸っている風門寺、真田を見て呆気にとられて いる草薙、そして珍しく起きている斑目は白いトカゲのトゲーとため息をついていた。 「…な、何ともねぇのかよ…」 「マサちゃん、案外大物だったんだね…」 「おい、どういう意味だそりゃ」 草薙と風門寺の言葉に不思議そうに首を傾げる。とっくに手の中の紅茶は飲み干して しまっていた。そして、そこではたと気付いたのだ。B6の誰もが何故か紅茶を口にして いないことに。 「あれ、お前ら何で飲んでないの?まさか全員猫舌って訳じゃないよな」 「…くっ…まさかこの俺が遅れを取るとはな」 「はぁ?何訳のわかんないこと言ってるんだよ。変な奴等だなぁ」 B6達の担任である南悠里はある特技を持っている。 それはどんなものでも彼女の手にかかれば全て見るからに怪しい食べ物へと変化を 遂げるのだ。仙道などに言わせればそれは最早自分の悪戯の比ではないとか。だが、 その破壊力抜群の見た目を持ったそれらは不思議なことに食べさえすれば普通の味なのだ。 でも食べるまでにかなりの勇気を要する。ともかくそんな彼女にかかれば単なる 紅茶ですら、普通の紅茶にはならないのだ。 そしてB6の前に並べられたものも、真田に差し出されたものも全て彼女が淹れた紅茶である。 ──故にそれらは普通の紅茶ではない。 「あーくそっ!オレ様でもこんなモン無理だってーのっ!!」 「五月蝿いぞ、仙道!」 さしものB6も彼女の手にかかった食べ物、飲み物の前では為す術も無い。暴れ出す 仙道に七瀬が怒鳴りつける。だが、その怒鳴りつけた七瀬も暴れている仙道も 普段のような勢いはない。 「……トゲー…逃げるの…だめ…」 「…ク、クケー…」 紅茶をじっと見つめていた斑目がトゲーの行動を察知して先手を打つ。彼の額には 脂汗が浮かんでいた。そしてそれはトカゲであるトゲーもまた同じである。 「あ、あのさ…」 「ん、何?」 「この紅茶見て何にも思わないのか?」 草薙が自分の目の前にある紅茶を指差すが真田は不思議そうに覗いた後、何を問われて いるのか、わからないと言った表情を見せる。 「い、いや、だってこれ明らかに変だろ!?」 「何か変?何処が?」 「マサちゃん、可哀想ーー。うう、きっと目が悪くなっちゃたんだね」 「おいおい、何でおれの目が悪いんだよ。おれ、視力結構いいんだからな」 風門寺の言葉にむっとして見せると腰に手をあてて威張るように胸を張る。 「でも、そうじゃなきゃセンセの紅茶を何とも思わずに飲めないもん!」 「別に何にもないじゃんか。つーか、おれ毎日淹れてもらってるけど?」 真田の言葉にB6全員がその場に固まる。きっと漫画なら背景は北極で猛烈な勢いで 吹雪いていたに違いない。 「毎日だとっ!?」 「あり得ねぇ…」 「考えただけで恐ろしい…っ」 「うわー…センセそんなに酷いことしてたんだ…」 「オレ様より酷ぇことしてんじゃねぇーかよっ!!」 「…怖い……でも…ちょっと…だけ、…ズルイ…」 B6の予想外な言葉に真田も面食らったように何度も瞳を瞬かせる。そして一瞬考えた後、 はっと何かに気付いたように表情を変えた。 「うわ、ヤバいよ、おれも二階堂先輩に用事頼まれてたんだった!」 慌ててティーカップを机に置くと走り出す。そして部屋から出て行こうと扉を開けかけて 立ち止まる。 「そうだ、お前ら午後のおれの授業、ちゃんと出ろよ!あと10分だからな!」 そう言って走って行く後ろ姿を見送ると6人が6人とも自分の手元を見る。そして紅茶の筈の 飲み物を見て、先程の真田を思い出すと大きなため息を吐き出した。 『これを毎日飲んで平気って…どんなだ』 B6全員の心の声が同じものだったのを彼らの担任である悠里も、そして真田も知らない。 <あとがき> ビタXは何故かカップリングで甘いお話を書くよりも、こういう何気ない お話の方が書いていて楽しいです。ただ、まだキャラたちを掴みきっていないので 台詞がばしっと決まりません。特に翼が怪しい限りですね…(汗) 主人公の料理をT6たちはB6のように拒否していませんが、真田は見た目の酷さに 気付いていない説を推したいです。きっと絶賛片思い中(笑)で嬉しさが勝って しまっているからわかっていないんだと思うんですよね。今回は平気な顔して 食べたり飲んでる真田に驚くB6が書きたかったんですよ。ええ、ただそれだけ なんですけどね。 |