Wonderful days






「ふむ、おはよう」
玄関先で座っていた赤也を見ると声をかけた。声をかけられた方の赤也は驚いた
ようでしきりに首を傾げながら柳を見ている。
「え?あれ…?あのー、俺が何でここにいるんだとか不思議に思ったり
しないんスか?」
「今日のこの時間、お前がここにいる確率は98%だった」
「…あー…お見通しって事っすか…」
「そういう事だ。それより赤也、挨拶はどうした?」
柳の言葉に一瞬目を大きく見開いた赤也だったが、慌てて立ち上がると背筋を伸ばした。
「あ、えーっと、…おはようございます!」
「…では行くか」
頷きながらそう促がされ、何事もなかったかのように歩き出す後ろ姿に一度だけ
ため息をつく。普段から一度も出し抜けたことのないこの先輩を驚かせようと
いつもよりも一時間も早起きした筈なのにと思いながらも置いていかれないように
急いで隣へと並んだ。

「待って下さいよ〜!俺が何でいたんだとか普通聞くでしょ!?」
「聞いて欲しいのか?」
「え…もしかして俺が何で来たのかっていう理由も全部お見通しってこと
だったんっすか?」
「大分分かるようになったな、赤也」
若干表情を和らげると頷きながら、柳は頭の中で後輩のデータを少々の成長の
兆し有りと上書きする。
「で、でも!やっぱりここは聞くべきッス!」
「…お前は存外形式に拘るのだな」
「いーじゃないっすか、別に!」
「別に悪いとは言っていない。…ふぅ…仕方のない奴だ。では聞こう。お前は何を
するために俺の家の前にいた?」
柳の言葉に今度は笑い出すと鞄の中から小さめの袋を取り出す。
「へへへ、じゃーん!これッス!」
「やはり誕生祝いか」
「あー、先に言っちゃ駄目じゃないッスか!」
途端に騒ぎ出す赤也に足を止めるといつもと変わらない表情で眉だけをしかめさせる。
そしてその変化だけで静かにしろと言われている事に気づいた赤也は口を尖らせて
拗ねたようにそっぽを向いた。
「まだ朝は早い。近所迷惑になる」
「そりゃ、そーッスけど…」
「わかっているなら実行するべきだろう」
「…ういっす」
先程までのテンションも何処へやら大人しくなった赤也は未だに口を尖らせている。
テニス以外のことになるとこの後輩はただの人懐っこい中学生だ。年相応のその態度に
弟がいればこんな感じだろうかとこの場とは関係のない思考を巡らせる。そしてすぐに
現実へと戻るとこちらの言葉を待っているらしい赤也へと声をかけた。

「それで、お前はどうしたい」
「…え?」
「どうしたいのかと聞いているのだが?」
「…あーもう、柳先輩がタイミング潰しといて酷いッスよ。んじゃ、はい。
改めて誕生日おめでとーございますって事で」
半分くらい照れが入ってしまっていたその言い方に口の端を少しだけ緩めると
差し出された袋を受け取る。袋の中に入っている包みを取り出すと頷いた。
「有り難く頂いておこう」
「へへっ。あ、開けてみて下さいよ!」
辿り着いたバス停前で機嫌を直したらしい赤也がそう言って笑う。包みを裏返し
開けようとすると小さく声が上がった。驚いたような声に小さく笑うと手を止め、
赤也を見やる。
「どうした、赤也」
「え…いや…普通反対から開けません?」
「人それぞれだろう。…それとも何か、不都合な事でもあるのか?」
「いっ!?」
いかにも隠し事をしていますと言わんばかりの赤也の態度にやはりなと呟くと今度は
逆から、赤也の言う反対側から包みを開ける。開けた途端にガサガサと包みの中から
音が聞こえ、次の瞬間黒いものが飛び出て来た。足下を見るとゴム製のサソリの
おもちゃが動いている。

「赤也が悪戯をしかける確率は86%」
「…そこまで読んでたんすか!?」
「当然だ。それに常々お前は俺を一度で良いから驚かせてみたいと思っていただろう」
「げ…」
足下にあるおもちゃを拾うと鞄の中へとしまう。そのまま放置しておくには冗談が
過ぎる程良くできているおもちゃだったからだ。手の中にある包みから今度こそ
本当の誕生日プレゼントを取り出すと一瞬動きが止まる。
「ほう…これは想定外だったな」
「え?何がッスか?」
悪戯が失敗したと思っていた赤也は思いがけない言葉に首を傾げた。
「和柄のブックカバーとはな…」
「プレゼント何がいいかなって迷ったんすけど、ほら、柳先輩、和物が結構好きっしょ?
だからそんなんどーかなーって」
「そうか。有り難く頂こう」
何度か頷くと鞄へしまう。いつもよりも柔らかい表情を見て嬉しそうに赤也が笑った。
「へへっ、先輩嬉しいッスか?」
「…ああ、十分」
「んじゃ、今日は俺の相手して下さいよ!ね?」
「ふむ、いいだろう。…但し、手加減はしないぞ」
「望むところッス!」
普段ならあまり相手をしてくれない柳が相手をしてくれることに若干はしゃぎ
気味だった。良いタイミングでやって来たバスに乗り込みながら鼻歌を歌う赤也に
苦笑すると柳もまた定期を取り出し、バスへと乗り込んだ…。




<あとがき>
私が書くとどうしても赤也は朝一番にプレゼントを渡したがるみたいです。
(真田の時もそうでしたよね(汗))蓮二を書きたくて書き始めたはずなのに
結局赤也の方がしゃべってますね。仕方ないか、蓮二ですもんね。お喋りな
蓮二なんて蓮二じゃないですし。