夢で逢えたら…






もやがかかったような視界。真っ白な視界にぼんやりと人影が浮かぶ。

そうだ、今、私は夢を見ている──そう納得すると夢の中の自分が
頷き、一歩一歩人影の方へと歩いていく……。

近づいていくと明るいオレンジが目に飛び込んできた。それはいつも見ている
先輩の髪の色。一歩、一歩近づいていく度に先輩との距離が近くなる。
そして更に一歩踏み出した時、不意に先輩がこちらを振り返った。
「あれ?」
突然目が合ってしまい、思わず肩をびくりと震わせる。憧れの人、手の
届かない人…それが千石先輩。だけど、今は違う。私の手でも届きそうな
距離で首を傾げながら、笑いかけてくれている。
「どうしたの、さん」
ただ、何でもないと首だけ左右に振るとにこにこ笑いながら先輩が近づいてくる。
もう少しで触れてしまうかもしれない距離で立ち止まって、先輩は私の頭を
撫でながら、また首を傾げた。
「ほら、言ってみて?黙ってたら、わかんないよ?」

優しい先輩の声。
すごく嬉しくて泣きたくなるくらい。
でも、泣いたら変に思われてしまうから…ただ首を左右に振る事しか出来ない。

「ね、ちゃん?」
優しい声音で先輩が私を呼んだ。…名前で。こんな事、現実ではあり得ない。
でも、ここは夢だから…私の夢の中だから、きっと心の奥にある欲を具現化してしまう。
「俺テレパシー持ってないから、ちゃんと喋ってくれないとわかんないよ?」
下を向く私の顔を覗き込んで優しく微笑んでくれる。

私、先輩が好き。
だから、そんな風にされたら…嬉しくて泣いてしまうのに…。
嬉しいけど…嬉しいけど泣いてしまうから、優しくしないで欲しい。

──だって、先輩が好きだから。

ちゃんは頑固だなぁ」
困ったように笑う先輩が私の頭を撫でる。
「あ!」
突然先輩が声を上げた。撫でていた手が離れ、髪の毛に何か違和感が残る。
「あちゃ〜。メンゴ、メンゴ」
そう言いながら先輩の手がまた私の方へと伸びてきた。
「ちょっとの間、じっとしててよ」
よく分からないまま先輩の声に頷くと、目を瞑る。近くに先輩が居ると思うだけで、
先輩に触れられると思うだけで…肩が震える。緊張してしまって体を
強張らせていると髪の毛に先輩の指が触れた…たったそれだけで
心臓が早鐘をうってしまう。思わず肩を揺らしてしまうと、すぐに真上から
先輩の声が降ってきた。
「こら、ちゃんとじっとしてて」
「……ご、ごめんなさい…」
「うん、大丈夫。今度こそ、じっとしててよ?」

先輩、何をしてるのかな…。
それより先輩とこんな風に近くに居るなんて…やっぱりこれが夢だから?

「よ〜し、出来た!」
「…先輩…?」
見上げるとそこには先輩の笑顔。それだけでまた心臓が早鐘をうつ。
「ちゃんと位置直したからね」
そう言って、今度はそっと私の髪に触れた。そこにあるのは髪を留めている
ヘアピン。小さな飾りのついたシンプルなピンだ。
「…え…先輩…?」
「女の子の髪の毛をそんな簡単に触ったら駄目だよね。本当にゴメン」
頭を下げる先輩に慌てて、何度も首を左右に振る。
「うん、ありがとう。ところでさ…」
急に先輩の様子が変わる。笑顔なのは変わっていないけれど…。
ちゃんは俺に何か言うことあったんじゃない?」

私が先輩に言いたい事…?

「そう、例えば…俺はちゃんが好きだよ…みたいな事♪」
突然の先輩の言葉に瞳を瞬かせると一瞬で頬が熱くなる。
「ほら〜、ね?ちゃん、言いたくなったんじゃない?」

先輩が…私を…?
何かの冗談だよね?きっと、それは冗談だよね?

先輩が私の告白を待ってる、なんてこと…ないよね…?



「…夢?…そう…だよね。そんな都合のいい事あるわけないよね…」
それでも夢の中の余韻が残ったまま、学校に行く準備をする。

もし、今日先輩に会ったらどうしよう…。
きっと私、変な顔しちゃう…。

頭の中で悶々と考えながらも、手足は動く。自宅を出て、学校への道を歩いていると
目の前にあの人影が見えた。夢の中と同じ、背中を向けている。そして…
同じように…先輩は私を振り返った。
「おやや?さん、おはよ〜」
「お、おはようございます…」
そしてあの夢のように先輩は首を傾げると私の方へと歩いてくる。
「どうしたの、元気ないね?」

まさか、夢と同じ展開になんて…そんな都合の良い事ないよね?

「お〜い、『ちゃん』?」
「え!?」
「うん、今度はちゃんと返事してくれた♪」
嬉しそうに笑う先輩に私の頬は真っ赤に染まっていく。
「よ〜し、これからキミの事は『ちゃん』って呼ぶからね」
「せ、先輩!?」
「どうしたの?何か都合悪かった?」
「い、いえ…で、でも…」

名前を呼ぶ所まで夢と同じ…。
それに今日つけてるヘアピンも…夢と同じもの。
や、やだ。取らなきゃ…あんな風になったら、先輩にバレちゃう。

私が先輩の事好きだって──

首を傾げている先輩を他所に髪の毛に手を伸ばし、ピンを外す。
「何で取っちゃうの?もったいないよ、せっかく似合ってるのに」
そう言うと先輩がまた距離を近くして、私の手の中にあるピンを手にする。
「じっとしててよ?」

どうしよう!?
また夢と同じ…!

「こら、ちゃんとじっとしてて」
「……ご、ごめんなさい…」
「うん、大丈夫。今度こそ、じっとしててよ?」

ああ、こんな台詞まで一緒…。
で、でも、この後はきっと違うから…絶対違うから…。
だから、落ち着くのよ。そう、そんな都合の良い事なんてないんだから。

「よ〜し、出来た!」
「…先輩…?」
見上げるとそこには先輩の笑顔。それだけでまた心臓が早鐘をうつ。
なぜなら、先輩の笑顔は夢で見た笑顔と一緒。優しい笑顔に心臓は正直だ。
「ちゃんと位置直したからね」

…大丈夫、次は大丈夫だから…。

「女の子の髪の毛をそんな簡単に触ったら駄目だよね。本当にゴメン」
頭を下げる先輩に慌てて、何度も首を左右に振った。まるで次の台詞を
否定したいかのように…。
「うん、ありがとう。ところでさ…」

…せ、先輩…?

目をぎゅっと閉じるとすぐ近くから先輩の声が聞こえてきた。
「俺ね、キミに言いたい事があるんだけど聞いてくれる?」
…そうして先輩は夢とは違う言葉を紡いだ。心の何処かで寂しく
笑いながらも違う台詞だった事にほっと胸をなで下ろす。
この後、先輩がどんな言葉を紡ぐとも知らずに。


「実はさ…俺、ちゃんが好きなんだ」





<あとがき>
ちょっと終わり方が中途半端ですかね…。
多分、キヨの性格をまだ掴みきっていないからだと思いますが…。
特に設定は設けていませんが、後輩ヒロインの方がしっくり
しそうですね。