柔らかな日差しに包まれて






春の陽気に誘われるように散歩に出かけたのが、つい20分も
前の事。マンションからさして離れてもいない大きな公園はグラウンドや
テニスコートなどがあり休日になると人が多い。それでも公園の最奥にある
ゆとりの森と呼ばれる場所は都会でも森林浴の出来る場所として
一番のお気に入りの場所だった。

いつものようにリラックスしながら園路を歩いていると、脇の草むらに
何かが見えた。肌色の物体は、まぎれもなく人の手である。咄嗟に
脳裏に浮かんだのは今朝のワイドショーで取り上げられていた連続ひったくり
事件の事。何でも人通りの少ない場所を歩いている人の後頭部を殴り、金品を
奪うらしい。しかも発生しているのはこの辺りを含む半径5キロ。

「きゅ、救急車呼んだ方がいいのかな…」
ポケットにある携帯電話を取り出しながら、その手の方へと近づく。
頭から血を流していたらどうしよう等と考えていると問題の手がぴくりと動いた。
「…!う、動いた…意識あるのかな…」
そっと覗くようにつま先立ちになる。すると視界に入ってきたのは、
低木の木陰で安らかに眠る少年の姿だった。
「…ね、寝てるの…?」
緊張していた自分が馬鹿らしくなり肩の力を抜くと自然に笑みを零す。
豪快に大の字になった少年は気持ち良さそうに寝顔を晒しており、未だ
覚醒しそうな気配もない。

「そうよね…こんなに気持ちいいから眠たくもなるよね…」
名も知らない少年の寝顔にそう話しかけると低木と低木の切れ目から
彼の元へと歩み寄る。すぐ近くに人が居ても、変わらず彼は寝たままだ。
くすくすと笑いながら目を細めると彼の側に散乱しているブレザーや鞄を見、
脱ぎ捨てられたブレザーを手に取るとシャツ姿の彼にふわりとかけてやる。
「…こら、いくらポカポカ陽気でも風邪引いちゃうよ?」
弟が居たらこんな風に思うのだろうかと考えながらじっと寝顔を見る。

「…ねぇ、キミ。起きた方がいいんじゃないの?…ねぇったら…もう…
このままじゃ不用心だし…うーん…」
何となく離れ難くて、声をかけても起きない彼と携帯電話の液晶にある時計とを
交互に見ると小さくため息をつく。そしてくすりと微笑むとその場に腰を下ろした。
「たまには…のんびりするのも悪くないよね?」
相変わらず寝たままの彼にそう言うと伸びをする。手にしていた携帯電話を
閉じるとポケットにしまい、辺りを見渡す。

いつも歩きながら見ている景色とは違う景色。
低い視線は見落としていた物を見るのも容易い。

「…可愛い…」
少年の側にある小さな花を見つけた瞬間。今まで安らかに寝ていた少年が寝返りを
打とうとする。咄嗟に少年の体を押さえると流石に眉を寄せ口から声が漏れた。
「んんっ…」
「あ、ごめん!」
安眠を妨害された少年は閉ざしていた瞼を開けるとぼーっとした表情でこちらを
見つめ首を傾げた。
「あー…オメー誰だぁ?」
間延びしたように話す彼に頭を下げると益々眠そうな瞳を瞬かせる。大きなあくびを
すると再びその場に寝転がろうとスローモーションの様な動作で体が傾いていった。
思わず花を庇う為に腕を引っ張り阻止すると少年は少しだけ不満そうに口を尖らせる。
「あ、あのね!そこに花があるの。だ、だから…」
咄嗟とは言え名も知らなぬ初対面の人物に変な事を言っていると思う。だけど、
健気な小さな花がそこにある事を知っているのに無視は出来なかった。
「…ん〜?」
緩慢な動作で自分の側にある花を見ると…少年の表情が少しだけ変わる。
「本当だ、ちっちゃくて可愛Eー」
彼の纏う空気が華やかなものに変わった。眠そうだった表情はそこになく、
少年らしい笑顔で花を見つめている。
「なあなあ、これ、何て花?」

何故自分がここに居るのか気にも留めず無邪気に笑った少年はそう質問してきた。
「ごめんね、私もわからないの」
「そっかぁ〜。ま、いいや。可愛いのには変わりないし」
何度も可愛いと言いながら笑う彼にこちらも笑い返す。そして彼が少し落ち着いたのを
機に頭を下げると申し訳なさそうに見つめ返した。
「ごめんね!」
「へ!?何、何!?」
突然見知らぬ人に頭を下げられたら、驚くのは当然だ。
「気持ち良さそうに寝てたのに、私邪魔しちゃったよね」
「別にいいよ〜。それにコイツ潰さずに済んだじゃん?」
あははと楽しそうに笑うと伸びをする。起き上がった時に滑り落ちたブレザーを
手にすると草を払い、側にある鞄へ放り投げた。
「…ありがとう」
「どういたしまして〜」
楽しそうに言うとふと何かに気づいたような表情をし、無邪気に笑いながら
こちらを指さす。

「なぁ、名前、名前は?俺、芥川滋郎。あ、ジローでいいから!」
今頃になって初対面の相手だと気づいたのだろう。そんな彼に笑いかけながら
自分も自己紹介をする。
「私は
かぁ、いい名前だね!」
名前を呼ぶと嬉しそうに笑う。こちらはと言えば年下に呼び捨てにされたのに
不快に感じる事もなく、寧ろ可愛いななんて考えてしまった。誤魔化すように笑うと
向かいに座っていた彼が立膝で移動し始め、自分の隣に来ると笑いながら座る。
隣同士に並んで座った状態で彼が再びブレザーを手にするとまるで布団を
被るような仕草で寝転がった。距離が近いこの状況で寝転べば、当然ながら
自分も巻き込まれるようになる訳で…こちらの意志もお構いなしに無邪気に
笑った彼に膝枕をしている状態だ。

「ちょ、ちょっと、ジローくん!?」
「えへへ、もうちょっと寝たいんだ〜」
「…もう…」
その無邪気な笑顔には何も言い返せない。ついさっきまではお互い知らない
人間だったのに、そんなハンデは無かったかのように彼はいとも簡単に
自分の事を受け入れてしまっていた。もちろんそれは自分にも言える事だけれども。

柔らかい髪の毛を撫でると目を細め彼が笑う。
は優しいね」
「ジローくんだからかな?」
「俺だから?」
不思議そうに首を傾げた彼に笑いかけるとふと浮かんだ疑問を口にする。
「ねぇ、そう言えばジローくんはここに制服で昼寝しに来たの?今日は日曜日
だから学校はないよね?」
「学校は休みだけど、俺部活に入ってるんだ〜」
寝たいと言っていた割には中々寝ようとせずにまっすぐとこちらを見つめてくる。
「じゃあ、部活の帰り?」
「まぁ、そんな所〜」
「何部?」
「テニス部。結構強いんだよ、ウチ」
「へぇ〜」
笑いながらも再び睡魔がやって来たらしい彼は重くなっていく瞼を一生懸命
開いていようと頑張っている。そんな様子がますます可愛くて笑うとほんのり
頬を赤く染めて笑い返してくれた。

「気持ちEーね」
「そうだね」

柔らかい日差しと無邪気な笑顔がこれからも自分の側にあり続ける事を
この時の自分はまだ知らない…。



<あとがき>
突然のジロちゃんです。何となくお題から「昼寝」を想像しまして、
寝ると言ったらジロちゃんでしょう!と連想した訳です。
ジロちゃん語録よりアルファベット入りの単語を出しましたが、テキストと
して打つと違和感ありますねぇ…(汗)

ラストの文章にある通りこの後、二人は付き合う事になります。
実はその後のお話もネタとして頭にあるのですが…サイトにアップ
するかどうかは、上手く纏まるかどうかにかかってます(苦笑)

今回のヒロイン、設定としては大学生となっています。だから
制服=年下の図式が出来るんですね。そして一応ジロちゃんの
ご近所さんです。文章内でまったく触れてませんが。

桜の季節に5のお題より「柔らかな日差しに包まれて」をお借りました。
配布先:Imaginary Heaven