気持ちのカケラ
何となく一人になりたい時もある。 幸いなことに同学年の知り合いはあまり他人に干渉するタイプじゃない。 部内で俺の事を気にかけてくれるとしたら、ダブルスを組んでいる宍戸さんくらいに 違いない。いや、もしかしたら向日さんが様子に気付いて話しかけようとして 忍足さんに止められるくらいのことはあるかもしれない。 部活が休みで良かったとため息をつく。 きっと心配されたら無理にでも笑ってしまう。大丈夫ですよ、何もありませんよ なんて言って誤魔化してしまうだろう。いつもならそれでも良かった。 でも今日は、何かに疲れてしまっている今日はそんな演技も長く持ちそうにない。 そして先輩たちに迷惑をかけてしまうだろう。今はもっとすることがあるのに 俺を気遣ってしまうだろうと、そう思った。部内…特にレギュラーは端から みればそうは見えなくとも、仲間意識は強い。誰かが気落ちしていれば、 誰かが絶対慰めたり、はっぱをかける。それは誰一人として例外に漏れること ないんだ。跡部さんだっていつも誰かを気にしていてくれている。 だから、誰かの手が差し伸べられるのがわかっていたから逃げるように学校を出た。 今の俺はそうしてもらう資格なんてない。何故なら、勝手な思い込みで落ち込んで いるのだから。 重いため息を吐き出しながら改札口を通ってホームへと歩いて行く。 夕暮れのオレンジ色に染まったホームには大勢の人がいた。その中を一人、重い空気を 纏いながら歩き続ける。そして立ち止まると電車がやって来るのを待つ。下を向いて ばかりだった視線を普段の位置へと戻すと視界に人影が映る。向側のホームで 電車を待っているのは…あの人だ。 オレンジ色のホームの中で電車が来ないかとしきりに気にしているのは、自分が …俺がずっと密かに憧れている先輩だ。いつもは校内の図書館の受付に いるのを眺めているだけ。あの人が借りている本を後から自分も借りてみたり、 同じクラスの宍戸さんを訪ねに行ってみたりしては先輩を遠くから見ているだけだ。 会話なんて本を借りる時に少しするだけで、ちゃんとした会話なんてしたことない。 でも嬉しかった。 まだ先輩を知らなかった頃、図書館で本を借りようと受付に本を出した時先輩が 俺を見て笑ったんだ。そして貸し出し手続きをしながら練習試合のことを話して くれたことを今も覚えてる。俺の試合を観て、楽しかったと言ってくれたあの笑顔は 絶対忘れない。普段スポーツをしないらしいのに俺の試合を観てテニスをして みたいと思ったと言ってくれて、それがテニスが好きな自分にはすごく嬉しくて、 その時の笑顔が可愛くて…それ以来ずっと先輩を見てきた。 オレンジ色の景色の中で先輩の横顔は眩しい。 そして強い風が吹き、髪の毛を押さえて視線を正面に戻した先輩と目が合う。 一瞬、目を見開いた後、柔らかく微笑んでくれる。 その笑顔で心の奥のモヤモヤが消えていく。 自然といつものように嬉しくて笑みが零れた。そして手を振ろうとした瞬間、向こう側の ホームへ電車が入ってくる。途端に先輩の姿が電車によって見えなくなってしまう。 上げかけた手を下げようとして、驚く。 電車に乗り込んだ先輩が俺を見ていてくれたから。優しい笑顔で、小さく手を振って くれていたから。だから手を振りながら呟いてしまったんだ。 普段は呼ばない先輩の名前を。 「先輩…」 落ち込んでいたのは、先輩が今日廊下で宍戸さんと楽しそうに話していたから。 クラスメイトだったら話していたっておかしくない。なのに凄く仲が良さそうに 見えて、ショックだった。おかしな話だ。俺は何でショックを受けてるんだろうって 自分でも思う。だってあの人に何も言っていない俺が勝手にショックを受けるだなんて。 きっと宍戸さんが他のクラスメイトと話していたら何とも思わなかった。 だけど一緒に居たのは先輩で、俺が憧れていた人で。 電車が行ってしまうのを見送った後、何とも言えない気持ちになる。 そして鞄の中の携帯電話がメールの着信を知らせた。液晶に映るのは電話帳に 登録されていないアドレス。件名は……。 『ごめんね、アドレスを教えてもらいました』 慌てて本文を見ると、それは間違いなく先輩からのメールだった。 『突然ごめんね。いつも図書館で受付をしてるです。今日、クラスメイトの 宍戸くんに鳳くんのアドレスを教えてもらったのでこうしてメールをしてます。 勝手に聞き出したことを怒らないで続きを読んで下さい』 全ての誤解が解けて、電車に乗る頃にはこのメールにどうやって落ち着いて 返信しようかと迷うことになった。真っ赤な顔を隠しながら下を向いて、ああでもない こうでもないと何度も文章を打っては直したりを繰り返す。結局途中保存して宍戸さんに 相談の電話をかけようと緩んでしまう口元を隠しながら一人電車の外を見ていた…。 <あとがき> 唐突にチョタのお話です。このお話、自作のお題「向い側のホーム」を使って いるのですが、夕方のホームを想像したらチョタが出て来たんですよね。 …という訳で彼のお話に。彼を書くなら絶対相手は先輩がいい!と思っていて 実際そうした訳ですが、出来上がったら会話がなくて意味がありませんでした…。 おかしいな、敬語で慕ってくれるチョタが見たかった筈なんですけどね(苦笑) |