色づいていく世界






薄紅色の雨が振りそそぐ中、ただ頭上を見上げていた。
テニスボールが入った篭は普段なら重くて少しでも早く運んでしまおうと
思うのに、今日は違った。

淡い青、薄紅…そして風に流される白。

桜と青空と雲が何だかとても綺麗で足を止めてしまったのだ。
早く運ばなければ手が疲れてしまうのに。
部活仲間にも怒られてしまうのに。

あまりにも綺麗な光景に目を奪われてしまった。

頭の重さに首が疲れて来た事に気づくと小さく笑いながら視線を
普段の位置へと戻す。真っ直ぐ遠くを見れば、ぼんやりとテニスコートが
見える。ラケットがボールを叩く音、部員達の声が現実へと引き戻してくれた。
「…早く行かなきゃ」
小さくそう呟いたものの、この綺麗な光景をもう一度見ようと空を見上げる。

淡い色彩が春を告げている──

「春…なんだなぁ…」
妙に心の中が温かくてくすぐったい。自然と零れた笑みに気づく事のないまま
しばしその光景に酔っていると…ふと手元が軽くなった。驚いて視線を頭上から
元に戻すとそこには後輩が笑いを堪えたような表情で立っている。
「…赤也?」
先輩、何やってんスか?こんな所で突っ立って」
自分が持っていた篭を軽々と片手で持っている。こういう所を見るとああ、
やっぱり男の子なんだと変に感心してしまう。別に普段、女っぽい所がある
訳でもない。寧ろ彼は少年そのものだ。

「うん、ちょっと…あんまりにも綺麗だったから」
「綺麗?何が?」
後輩だけど、赤也は時々敬語を忘れる。上下関係が厳しい筈の体育会系の割に
我がテニス部は案外寛大だ。もちろんたかが一年二年の年の差なんて
大した事じゃない。だからこそ誰もこだわらないのかもしれないが。
それにこの後輩、生意気で我が侭だが、妙に愛嬌はある。少なくとも
同じ部活内の3年生たちには懐いているように見えた。結局の所、みんなが
可愛い後輩だと思っているから許してしまっているに違いない。
…もちろん、自分もそんな一人な訳だけども。

「ほら、桜とか空とか」
「へー、確かに」
ね、なんて言いながら空を見上げると少し強めの風に桜の花びらが舞い上がる。
髪の毛を押さえながら、隣に居る赤也を見ると案の定盛大に花びらが絡まっていた。
「あはは、赤也すごい事になってるよ」
「え?何が?」
「頭」
笑いながら頭を指ささすと焦ったようにあいている方の手で花びらを落とし始める。
癖の強い赤也の髪の毛に絡まった花びらは手で叩いただけでは全部落とすのは
無理のようだ。何だか見ているだけで楽しくて笑ったままでいると眉を顰めながら
赤也が口を尖らせる。

「もしかしてまだあるんスか?」
「うん。ほら、ちょっとかがんで」
少し背伸びしながら両肩を軽く叩く。自分の言葉に素直に従うと頷きながら
もう少しだけ距離を縮めた。
「結構これ、キツイんで早く取って下さいよ〜」
「うん、わかってる。…それにしてもホント、赤也の髪ってくるくるねぇ…」
目に見えない椅子に座るかのような体勢は確かに辛いだろう。そう思いながらも
一つ一つ丁寧に花びらを取っていく。
「…悪かったッスね」
「別に悪いなんて言ってないわよ」
上目遣いにこっちを睨む赤也に笑いながら、また少しだけ背伸びをする。
自分よりも背の高い彼がいくらかがんでも見えない部分もあるのだ。

せんぱーい?」
「うん、こんなものかな」
再び赤也の両肩を軽く叩くとそれを合図に普段の身長差へと戻る。
「あー疲れた」
「こら、その前に私に言う事あるでしょ?」
大きく息を吐き出し足を伸ばしている赤也に少しだけ怒って見せる。別に本当に
怒ってる訳じゃない。ただやっぱりこういう時は一言ぐらいなければ、と思う。
「ん?あ、そっか。どーもッス」
「うん、宜しい」
お互いに笑い合うともう一度空を見上げる。相変わらずゆっくりと降り注ぐ桜の
花びらは雨のようで青い空と妙にマッチしている様な気がする。
「あ」
「何よ、赤也」
何かに気づいたかのような赤也の声に隣を見ると手がこちらに伸びてきた。
先輩も花びらがくっついてる。…な、ホラ」
そう言って前髪の辺りから花びらを取って見せると嬉しそうに笑う。
「ありがと」
「いえいえ、どーいたしまして」

そんな会話をしながら、ふと去年の今頃を思い出す。
ちょうどこの場所だ。やっぱり桜を見上げていた時に声をかけられた場所…。


「うわぁ、綺麗…」
次々と振ってくる花びらに見とれていると何処からか視線を感じた。
気になってその視線の先を探ってみると自分と同じくらいの背丈の男の子が
こちらを見ている。真新しい制服に身を包んだ彼は癖の有る髪の毛を揺らしながら
ゆっくりとこちらへ近づいてきた。意志の強い瞳が真っ直ぐに
見つめる先は…テニスコートだ。

「…もしかしてキミ…」
「…?」
テニスコートから視線が移ると真剣だった表情がくるりと明るい笑顔へと変わる。
「俺、テニス部に入部希望なんス」
「やっぱり、そうなんだ。うん、大歓迎だよ」
「え?」
自分の言葉に驚いたような顔を見せた彼に手を差し出す。
「私、。男子テニス部のマネージャーやってるの」
「そうなんスか?これからお世話になるッス!俺、切原赤也って言います!」
「切原くんね。もうすぐ部活始まるし、部室に案内するわ」
握手を交わしていた手を反対の手に持ち替え手を繋いだ状態で歩き始める。
初めて出来た後輩が嬉しくて早く部室へ行って見せびらかしたい気分だった。
歩いているのがもどかしい程気分が高まったのを感じると後輩を引っ張るように
走り出す。
先輩、走るんスかぁ!?」
「当たり前でしょ?後輩は先輩よりも早く動かなきゃ!」


あの時は本当に弟が出来たみたいで嬉しくて仕方なかった。
自分と変わらないような背丈でいちいち色々な事で驚いてくれる彼が
可愛くて、いつも何かと世話をしていた。自分にとって初めての『後輩』だったから
少しだけ…ほんの少しだけ他の新入部員より贔屓していたかもしれない。

だけど…春が終わって夏になった頃、気づくと彼を見上げるようになっていた。

そしていつの間にか彼も『名字に先輩』呼びでなく、『名前に先輩』呼びに
変わっていたし、自分もまた彼を名前で呼び捨てにしていた。
いくら彼が『赤也でいいッスよ』と言ったとはいえ、今まで男の子を名前だけ
呼んだ事はなかったのに…。

──おかしいな、と思ったのはこの頃。

確かに可愛い後輩には違いなかった。だけど…でも何か違う。
時々、近くなった距離にドキッとする事もあった。
ふとコートを見渡すと一番最初に目に付くのはやっぱり彼で…。

秋になって、冬になって…どんどん開いていった身長差と共に分かったのは
可愛い後輩だけじゃないという事。

いつの間にか『トクベツ』になっていた。

だから気づいてからは意識をしすぎて変な事をしてしまう事もあって、
我ながら情けないなと思ったりもした。でも、この気持ちは普通なんだと思う。
これが『恋』ならそんな事もアリなんだと思うのだ。

可愛い後輩を見ているつもりで、いつの間にか『赤也』を見るようになってた。

気づかない程度にバレンタインには他の皆と少しだけ違うチョコをあげたりしたし、
遠征試合に行く時のバスの中では隣に座ったりした。

──ねぇ、赤也。気づいてた?私、赤也が好きなんだよ。

先輩どうしたんスか?何か悪いモンでも食った?」
「別に何ともないよ。それより…赤也と一緒にしないでよ」
ぼーっとしていた自分にそんな失礼な言葉を悪気もなく放つ後輩に
軽くパンチを繰り出しながら怒ってるフリをする。
「俺だって、丸井先輩じゃないんで食い意地なんて張ってないッスよ」
「あー、そういう事言ってると丸井くんに言いつけるわよ」

こんな何気ない会話も楽しくて、笑顔が止まらない。

「いーっスよ。丸井先輩だったら怒っても怖くねぇし」
「まぁね、先輩の威厳とかないもんね」
「そうッスよ。真田副部長に比べたら全然ッス」
「真田くんと比べちゃ駄目よ。全然タイプ違うし」

些細な事で笑いながら歩き出す。篭は赤也が持ったままだ。手を差し出して
自分が持つと言ってもどうせ返してくれない。今まで何度か同じ事を繰り返して
来た。きっと返してくれないという事は一度手伝うと決めた以上、自分が
最後まで持って行くと勝手に決めているのかもしれない。
「で、結局先輩は何ぼーっとしてたワケ?」
「うん?ああ、一年経ったんだなぁって」
「一年?」
自分の言葉を不思議そうに赤也が首を傾げる。
「そう。赤也と最初に話したのってここでだったでしょ?」
「ああ、あの時のね。そーッスね。そう言えばここでしたっけ」
「うん。赤也はね、私の初めての後輩なんだよ」
「ふ〜ん」
何処か関心なさそうに赤也が答える。それもそうだろう。懐かしい思い出話と
言ってもたかが一年前。彼にとっては大したことでもないのだろうから。
何となく隣から流れてくる彼のオーラが…機嫌が良くなさそうで、恐る恐る
視線だけを投げてみる。
案の定何か不満げに地面を見ながら小さくため息をついていた。
きっと前向きな赤也の事、過去を振り返る事なんてどうでもいいのだろう。

「…あはは、ごめん。変な話しちゃって。戻ろっか」
曖昧に笑いながら誤魔化すとテニスコートを指さしながら赤也を見る。視線が
あったかと思うと機嫌悪そうに視線を逸らされてしまった。
「…えーっと…赤也?」
「なんスか?」
「…何か…怒ってる?」
「…別に?」
機嫌を伺うように上目遣いで恐る恐る話しかけてみるも、素っ気無い言葉が
返ってくるだけだ。
「それとも何、先輩は俺を怒らせるような事したんスか?」
「…ううん…一応そのつもりないんだけど…」
「…一応…ね」
やっぱり何かに根を持ったようにため息をついてみせる。何故急に機嫌が
悪くなったのかさっぱり分からない自分にしてみれば、少し理不尽な
態度と思えなくもない。

「…いいッスよ。別に。俺が勝手に怒ってるだけだし。先輩が
そういう人だってわかってるつもりだしさ」
「やっぱり怒ってたんじゃない…」
「だから言ってるっしょ?勝手に怒ってるだけだって」
「だけど…」
「ほら、その話は打ち切り!さっさと行くッスよ」
「…わかったわよ」
こういう時、赤也には何を言っても無駄だと経験上分かっている。機嫌の悪い
赤也程扱い辛いものはない。素直に言うことを聞いておくしかないと諦めると
隠れて小さくため息をつく。

「…まぁ、そういう所も可愛いんだけどね」

ぽつりと聞こえない程度に呟く。既に歩き出してしまった赤也には多分
聞こえていない筈だ。
だが、急にその赤也が立ち止まった。もしかして、聞こえてしまって
いたのだろうか。思わず自分もその場に立ち止まるとじっと背中を
見つめる。

立ち止まった赤也は何か考えているのか、空を見上げたかと思うと次の瞬間
足元を見つめている。そして振り返った赤也は…何故か満面の笑みだった。

「あ、赤也…?」
「何スか?」
「…いや、それは私の台詞なんだけど…」
さっきまで機嫌が悪かった筈の赤也は上機嫌にそう答える。何が彼の機嫌を
直したのかよく分からないだけに少し不気味にも思えた。
「変な先輩」
そう言う赤也はやっぱり上機嫌なままだ。そして何か思い出したかのように
頷いている。
「どうしたの…?」
「そう言えばさー」
口を開いた赤也は空を見上げながら嬉しそうな口調。どうやら先程までの
機嫌の悪さは何処かへ飛んでしまったようだ。

「今週の土曜日って部活休みだったッスよね?」
「うん。確か校内で害虫駆除がどうとか言ってた気がする。部室も対象
だった筈だし、それでお休みなんじゃなかった?」
「じゃあさ…」
空を見上げていた瞳が真っ直ぐとこちらを見た。

「どっか遊びに行きません?」

一瞬にして体が固まった。それはどういう意味なんだろうと考えてしまう。
もう一度よく考えてみよう。今、赤也は今週末部活があるかどうか聞いてきた。
部活は校内の害虫駆除の為に休み。そしてここからが問題だ。
遊びに行こうと誘ってきた。…これはどういう意味なんだろうか。

「え…遊びに?」
「そ。何か用事あるならいいけど」

やっぱり笑顔のまま答える赤也からどんな意味合いも読み取れない。
いや、多分今自分は冷静に物事を見れなくなっているのだろう。
それもその筈、好きな相手に遊びに行こうと誘われて冷静に居ろという方が
難しいに違いない。それでも残り少ない冷静な自分をフル稼働させて
もう一度彼の言葉を考えてみる。

確かに遊びに行こうと言った。だけど、よくよく考えてみれば別に二人で
遊びに行こうとは言われていない。…もしかしたら他の部活仲間、皆で
遊びに行こうと言っているのかもしれないのだ。

「ううん、何も予定ないよ」
「じゃ、OKッスね?」
「う、うん…」
「そうだなぁ…先輩、行きたい所あります?」

満面の笑みを浮かべた赤也が楽しそうに声を弾ませる。そんなに皆と遊びに
行くのが楽しみなんだろうか。

「そうね…ボーリングとか?」
「えー、ボーリング?」
「何よ、不満なの?じゃあ、赤也は何処に行きたいのよ」
「俺ッスか?やっぱ、定番は映画っしょ!」

定番は映画と言い切った赤也だが、レギュラーメンバーだけを誘うとして
自分を含めて計8人。そんな大勢で映画館に行くのはあまり定番ではない気がする。

「でも大勢で映画館に行ってもみんな一緒には座れないんじゃない?」
「…ちょっと待った、先輩」
「ん?」
「大勢って何人?」

突然呆れたように赤也がため息をつく。もしかしてレギュラーメンバー全員を
誘うつもりではなかったのかもしれない。特に仲の良い桑原や丸井たちとの
少人数のつもりだったんだろうか。

「…ごめん、勝手にレギュラーメンバー全員って思ってたんだけど…
もっと少人数だった?」
「…まぁね」

呆れながらも赤也は笑っている。諦め半分のような笑いにこっちとしては
苦笑いをして見せるしかない。

「誰と行くつもりか聞いてもいい?」
「別にいいッスよ。まず先輩と」
「うんうん、で?」
続きを促すとさっきまでの満面の笑みとも違う、諦め半分のような笑顔とも違う
少し意地悪な笑みでこう答えた。
「二人だけ」
「そうなんだ?…ん…二人…?」
「そ、二人。分かりやすいように言ってあげようか?」
「…」
「つまりデートってこと」

赤也の言葉に瞳を何度も瞬かせる。一度左の耳から入った言葉が右の耳から
出て行く瞬間に目を大きく見開いた。

「で、デート!?」
「そ。何、不満?」
「…不満とかじゃなくて…赤也、分かってる?」
「分かってるッスよ。…つーかさ、先輩分かってなかったんだ?」
相変わらず意地悪な笑みのままで一歩近づくと再び前髪へと手を伸ばしてきた。
身構えてぎゅっと目を瞑るとすぐ近くに赤也の顔がある。恐らく前髪に
付いていたのであろう桜の花びらを目の前に見せるとにっと笑って見せた。
「ちゃんとお返ししたっしょ?」
「??」
「あらら、ホントに分かってなかったんだ?俺はちゃんと気づいたのに」
左手に持っていた篭を一度下ろすと肩を揺らしながら声をたて笑い出す。
もはや赤也が何を言っているのか、自分にはさっぱり分からない。
意味深な言葉も何故笑っているのかもさっぱりだ。
先輩って本当に面白いッスよ」
「…何がよ…。私は面白くないし、さっぱりわからないんだけど…?」
「うん、まぁそういう所、俺も好きなんスけどね。ホント、鈍いね先輩」
さらりと言ってのけた台詞は自分にとって衝撃的な内容で、とてもではないが
冷静になるなんて無理そうだ。

デートと来て、次は好きと来た──

「顔、真っ赤ッスよ?」
「…か、からかってるでしょ!?」
そうとしか思えない。こんな風に意地悪く笑いながら言われても騙されて
やるものかと目の前の赤也を睨むが、当の本人は全く堪えていないようだ。
「からかってなんかないッスよ。…っていうか、マジで先輩気づいて
なかったワケ?」
「気づいてないって何よ!もう、変な事言って誤魔化さないで!」
「別に変な事なんて言ってないッスよ。…まぁ本気で気づいてないのは
分かったからさ」
意地の悪い笑顔を引っ込めるとため息をついて小声で何か呟く。
あいにく自分にはその呟きは聞こえない。

「…何、悪いの私?」
「当たり前っしょ」
「何でよ。理不尽よ、納得できない」
先輩って時々そうやって子供みたいにごねるんだから…
ま、落ち着いてよ」
「落ち着いてって、あんたねぇ」
彼の言葉に思わず語気が強くなってしまう。例え好きな相手とはいえ、後輩。
ついつい売り言葉に買い言葉なんて事はしばしばある。

「はいはい。んじゃ、ヒント。俺さっき言ったっしょ?『お返しした』って。
お返しっつったら何?何を思い出す?」
「…え?『お返し』?…普通ならホワイトデーとか?何か貰ったものに
対しての『お返し』って考えるのが普通よね?」
「ピンポーン!なんだ、わかってるじゃん」
ヒントと言われた言葉から導き出された答えは一つ。確かにホワイトデーに
お返しは貰った。だけどそれはあくまで自分があげた『義理チョコ』への
お返しの筈。それの何処が鈍い等と言われる原因なのか自分には
理解できそうもない。
「え?」
「…ここまで言ってもわからないとか言わないでよ、先輩」
「ホワイトデー…?」
「そうだって言ってるんスけど」
「た、確かに貰ったけど…」
相変わらず確かな答えをくれない赤也に少しだけ狡いなんて思いながら
そう口にする。正直自分はもう冷静に考える事なんて出来ていなかったし、
半分答えが分かっていたからこそ、それを口に出来なかったのかもしれない。

「あーもう、わかったッスよ。俺が言えばいいんでしょ?確かに俺、他のヤツからも
チョコ貰ったよ?でもお返ししたのは 先輩だけ。こう言えばわかる?」
「…私…だけ?」
「…ちょっと待ってくれよ。何、その顔は。『何で?』って顔してる」
「だ、だって…」
「だって先輩も俺にチョコくれたっしょ?しかもわざわざ他の義理チョコと区別
出来ないくらいの小細工してくれてたし。ま、確かに丸井先輩が部室で
開けなかったら、俺も気づけなかったけどね」
そこまで言った赤也が再びにやりと笑う。そしてそれは半分自信のなかった
先程の答えが100パーセント間違いではないと証明された瞬間でもあった。
「やっと気づいた?」
よく『顔から火を吹く』という表現があるけれど、まさに今がその通りだった。
上手く言葉を紡ぐ事が出来ず、正面の彼をまっすぐ見る事も出来ない。

知られてないと思っていた自分の気持ち。
実はもうとっくに相手には気づかれていて…。
片想いだと思っていたのは自分だけで…。

強い風が二人の間を抜け、花びらが舞い上がる。
桜色の風が空に上るように吹き上げ、再び緩やかな風へと変化する。
舞い上がった花びらがひらひらと落ちてくる中、意を決して顔を上げた。
そこにあるのはずっと見てきた彼の笑顔。

いつか、ちゃんと伝えようと思っていた言葉を紡ぐなら、今。

先輩」

彼が自分を呼ぶ。
もうずっと前から『トクベツ』だったと伝えるなら今だと分かっているのに。

「あのね、赤也」

なのに、次の言葉が中々出てこない。
もう口にしたい言葉はとっくに決まっていたのに。

「結局の所言わなきゃ、わかんないよな。だから、俺も言うよ」

きっと、ずっと彼も同じ事を思ってた。

「「好きだよ、ずっと前から」」

言葉が重なり、視線が絡む。
空の淡い青と桜の薄紅と風に靡く雲の白、…そして二人の気持ちが
虹色をキャンバスに描く。

自然と笑顔を見せると互いに頷いた。

「何か変な感じがするね」
「そう?俺はそうでもないッスけど?」

足元に置いた篭を再び手にするとゆっくり歩き始める。

一年前と同じように手を繋ぎ…互いの気持ちを感じながら…。



<あとがき>
実はまだこの先も続きそうだったんです(汗)ようやくカットして何とか
終われた訳ですが…長い割にオチなくて申し訳ないです。
部活の途中で何やってるんだと自分でツッコミを入れておきますね(苦笑)

赤也は結構カンのいい子だと思います。だから多少の小細工も
見切ってしまうんじゃないかなーと。ただ基本はお馬鹿(笑)なので
こういう時だけですけどね。
ところで…中学生だという事をすっかり忘れてますよね、私…。

桜の季節に5のお題より「色づいていく世界」をお借りました。
配布先:Imaginary Heaven