月に魅かれて
早めに部活を終えて、今日は病院へと足を運んでいた。 クラスメイトでもあり、部活仲間でもある彼の居る病室に入ると 本やノート、作ってきたお菓子などを手渡す。 「のノートは分かりやすいから助かるよ」 「そう?頑張ってノートを取った甲斐があったわ」 「幸村部長わざわざ勉強してるんスか!?」 言外にせっかく学校を休んでるのにという意味を持たせながら驚いた ように声を上げる。そんな赤也の様子にも幸村は笑ってすませてしまう。 「だってそうじゃないと復学したら追いつけないじゃないか」 「そうかもしれないッスけど…」 床を蹴ってくるくると椅子を回転させながら答える様子は明らかに真剣に 話を聞いていない時の態度。 「こら、遊ばないの」 「別にいいじゃないッスか〜」 「あはは。相変わらずだね、と赤也は」 少しだけ寂しそうに見えたその笑顔に思わず次の言葉を噤んでしまう。 健康そのものの自分には当たり前の日常でも、今の彼にはそれがない。 何と返したらいいのか、言葉を探していると普段とまったく変わらない 様子で赤也が部活仲間の話をし始めた。 はっと気づくと自分の考えを打ち消すようにとりわけ明るく振る舞う。 「お菓子食べるよね?お茶?ジュース?」 「そうだね、紅茶かな…?」 「レモンティーが飲みたいッス!」 「はいはい、了解。じゃあ自販機で買ってくるね」 ごめんねと謝る幸村に笑って手を振ると病室を出る。お財布を手に自販機へ と向かいながら、ため息をついた。 駄目だ、だめ。いつも通りじゃなきゃ。こんなの変だ。 手術すれば治るんだから…変に気を使うのは幸村くんに失礼だよ。 気合いを入れ直すとパックジュースを手に二人の待つ部屋へと戻る。 「お待たせ〜」 「先輩の奢りッスか?ラッキー」 「ちょ、ちょっと勝手に決めないでよ!…うーん、でもまぁいいわ。今日は特別に 奢ってあげる、赤也もオマケで」 「俺はオマケなんスか!?」 レモンティーを手渡しながら、いつものように言葉を交わす。 「当たり前でしょ。はい、幸村くんはストレートティーの方が良かったよね?」 「…覚えてくれてるんだ?」 「まぁね。我がテニス部の部長様ですから」 「あはは、うん、ありがとう」 バナナマフィンを取り出すと『召し上がれ』なんて言いながら椅子に腰掛けた…。 病院を出ると外は既に暗くなっていた。近くのバス停まで歩く道すがら とりとめのない話をして、いつものように振る舞っていた…つもりだったのに。 「先輩、ホラホラ、月が綺麗ッスよ!」 肩を軽く叩いた赤也の指さす先を見ると丸い大きな月が浮かんでいた。 「本当だ…満月かな?」 「多分、そうじゃないッスか?だってホラ、満月の時って情緒不安定に なるって言うし」 「…赤也?」 不思議な言葉を紡いだ赤也を見ると、いつもみたいに笑っているだけだ。 「よく言うっしょ?」 「…何処で覚えてくるのよ、それ」 「ああ、姉ちゃんが前占いの本か何か読んでた時にちらっと見たんスよ」 「そうなんだ?」 「らしいッスよ。新月や満月の日は交通事故なんかも多いとか書いてあったし」 不思議な言葉の先に赤也はどんな答えを用意しているのだろう。 どうして、私の些細な動揺を感じてしまったのだろう。 「だからさ、別に気にしなくていいんじゃないッスか?」 生意気で、我が侭で、世話の焼ける子だけど、それだけじゃない。 勘も良いし、たまに驚くぐらい優しい時がある。 「そんなの 先輩だけじゃないし」 狡いくらいに良いタイミングで投下された言葉は計算ずくなら、相当のもの。 計算ずくじゃないっていうなら、天性のものなんだろうけど…。 「俺だって、他の奴等だって同じなんだからさ」 大きく包み込むような優しさとは違う優しさ。普段の姿からは想像出来ない。 でもね、ストレートな優しさよりも遠回りな優しさは少し狡いよ。 「綺麗な月の引力にひかれてるから、仕方ないんスよ」 いつもだったら言わないようなそんな台詞。何処で覚えてきたの? 「だから安心してよ」 バス停で立ち止まると、両ボケットに手を突っ込みながら赤也はそう言った。 きっと赤也は気づいてたんだと思う。 幸村くんが寂しく笑った事も。私がそれを見て引け目を感じた事も。 そして…引け目を感じた私が自己嫌悪に陥っていた事も。 「変な事ばっかり覚えて肝心の英語はからきしなんだから」 「あー、酷いッスよ〜。せっかく博識な所を披露しようと思ったのに」 「博識ねぇ…赤也が?」 ごめんね、混ぜ返しちゃって。 でも、いつもと違う赤也に驚いてるから、つい言っちゃうんだ。 「そりゃ、こういうのは柳さんの得意分野ッスけど〜」 「うん、分かってるんじゃない」 キミを意識してる証拠。ドキドキしてる胸の鼓動は嘘をつかない。 「ま、いっか。今日が満月で、すっげー綺麗だから許してあげますよ」 「そう?…っていうか、何でそんなに偉そうなのよ」 ごめんね、素直じゃなくて。気づいたらキミを好きになってたの。 ずーっと、ずっと、蓋をしてきたからキミが感づくこともなかっただろうけど…。 ──もう限界かもしれない。 「お、時間通りッスね」 「ここからだと30分くらいかかるかな?」 「夜だからもう少しかかるかもしれないッスよ」 バスが目の前に止まって乗車口がブザー音と共に開く。 『…好き』 お財布の小銭入れを混ぜ返してるキミには届かないような小さな声で囁いた。 バスの運転手さんも降りてくるお客さんもみんな気づかない。 今はまだキミに届かない声。いつか届くような声で言えるかな…? <あとがき> やってしまった感があるのですが…お題4つめもやっぱり赤也でした。 一応お題の方は『朝・昼・夕・夜』の時間帯を意識しています。 書いていて段々赤也をどうしたいのかわからなくなってきましたよ(苦笑) 可愛い赤也じゃなくて、恰好良い赤也を書きたいのでしょうか…? |