朝一番







珍しく早起きをした。いや、何となく目が覚めただけなんだけど。
朝練に一番乗りなんてした日にはきっと先輩たちもびっくりするんだろうな、
なんて考えながら校門をくぐる。グラウンドを横切ってコートへ。当然ながら
コートにはまだ誰もいない。人のいないコートはいつもよりずっと広く見える
ように思えて不思議だ。同じコートなのだから広いも狭いもないのに。
静かなコートを横目に足は部室へと向かってる。

この時間ならきっと鍵当番の真田副部長かマネージャーの
先輩あたりしかいないだろう。どうせ会うなら先輩の方がいいに
決まってる。朝から真田副部長の暑苦しい顔なんて見ても何の得にも
なりゃしない。それに先輩と2人だけで話す機会は滅多にない。
周りにいつもいる先輩たちがいないならこんなラッキーな事なんてない。

何となく足取りも軽くなって、ちょっとだけ鼻歌も歌ってみる。視界に入ってきた
部室はちょうど誰かが来たばかりなのか、中の電気がつけられたところだ。
先輩か、もしくは真田副部長か…アタリかハズレか…
う〜ん、どっちだ?」
そんな独り言を言いながら部室へと歩いていると、突然高い声が響いた。
先輩!?」
そう判断すると走り出す。自分がドアを開けるよりも先にドアが開いて誰かが
飛び出してきた。

「うわっ!」
あまりの勢いにその場に尻餅をつくと俺の胸に飛び込んできた先輩が
何かに脅えたような表情になっている事に気づく。
「な、何かあったんスか!?」
肩をぎゅっと掴むと少し涙目の先輩が俺を見上げる。先輩はただ左右に首を
振ると部室から逃れるように俺の背中へと隠れた。
「ちょ、先輩!?何があったのか言ってくれなきゃ、わかんないッスよ!」
「赤也、居るのか?」
部室の中から真田副部長の声が聞こえてくる。するとその副部長の声に
先輩がびくっと反応した。心なしか先輩が震えてる気がする。

どうして先輩がこんな風に脅えてる?
それは部室で何かあったから。
じゃあ部室には誰が居た?
───先輩と副部長

そこまで考えると部室の中を睨む。
「副部長!何があったんスか!事と次第によっちゃ、アンタでも容赦
しないッスから!」
「何を馬鹿な事を言っている!」
俺の言葉に驚いたような声が返ってくる。そうだ、先輩がこんなに
怖がってるのに何もないなんて有り得ない。

「誰が馬鹿なんスか!先輩、怖がってるじゃないッスか!副部長が
何かしたに決まってる!」
「たわけた事を…!」
立ち上がって部室に入ろうとすると後ろから先輩の声が響く。
「やだやだ、赤也!部室に入りたくない!」
ぎゅっと背中にしがみついてる先輩を振り返るとやっぱり手が震えている。
「副部長、アンタ…」
湧いてくる怒りに拳を握りしめる。するとその瞬間目の前を何かがかすめていく。
「うわっ…」
条件反射的によけると背中にしがみついていた先輩が小さく悲鳴を上げて
しゃがみ込む。足元に蹲ったまま動かない先輩はやっぱり小刻みに震えていた。
先輩、大丈夫ッスか!?」
しゃがみ込んで顔を覗き込もうとすると左右に首を振りながら、
シャツの袖を握りしめる。
「…ふぅ…、もう居ないから安心しろ」
突然頭から振ってきた言葉に顔を上げると呆れたようにため息を
ついている副部長がいる。
「本当に?」
「わざわざ嘘など言ってどうする」
「ちょ、ちょっと何なんスか!?」
訳の分からない会話に副部長と先輩の顔を交互に見た。まだ何処か脅えたままの
先輩が掴んでいた俺のシャツの袖を離す。
「ごめんね、赤也」
「だから、言ってくれないと俺全然わかんないんスけど?」
「簡単な事だ」
頭上から振ってくる副部長の声にちょっとムっとすると立ち上がる。先輩は
まだ少し部室に入るのに抵抗があるのか俺や副部長よりも遅れて部室に
入ってきた。きょろきょろと辺りを見渡す仕草に首を傾げると再び副部長から
大きなため息が漏れる。
「常々、部室で菓子を食うなと言っておったのにろくに片づけずに帰っただろう」
副部長の目線の先には中央にある大きな机。確かにそこには昨日丸井先輩たちが
食べ散らかした後がある。
「それがどうしたんスか?今更じゃないッスか」

わざわざ口に出して確認するような事でもない。普段だってこんなものだ。ただ
昨日は先輩が早引けしたから片づけられてないだけで、いつもと変わった
ところなんてない。
「水分とこんなものがあれば、あぶらむしが生息してもおかしくなかろう」
「あぶらむし…?」
「…ゴキブリだ」
真田副部長の言葉にああと納得する。それでか。先輩はとにかく虫類全般が
駄目だ。そこに来てどんな人間だって嫌いだろうゴキブリなんかが目の前に
現れた日には確かに悲鳴の一つもあげるかもしれない。
先輩はと言えば、そんな単語も聞きたくないのか耳を塞ぎながら
パーテーションとカーテンに囲まれた自分専用の個室ブースに入って行く。
先輩がブースに入ったのを確かめると副部長と共に俺も着替えを始めた。
先輩〜」
「…何?」
さっきの騒動の所為か、元気のない先輩の返事が返ってくる。
「アレって1匹みたら30は居るらしいッスよ」
何気なくそんな言葉を投げ掛けてみるとブース内でがたがたと物音が聞こえる。
そしてカーテンから青ざめた顔を覗かせると眉を顰めた。
「な、何を根拠にそんな事言ってるのよ!」
「あれ、知らないんスか?よく言うじゃないッスか」
「…ホント?」
「マジ、大マジで…つーか、ホラ、後ろ」
「キャー!!!」
先輩の後ろを指さすと悲鳴を上げ、一直線に走る。ちょうどその直線上に居る
俺にぶつかるとぎゅっとシャツを握りしめながら涙目で見上げた。

…ここまでされちゃうと今更、適当に指さしただけなんて言えないんスけど。

「早く、何とかして!もう、当分部室に来たくない〜」
「大丈夫ッスよ。ホラホラ、真田副部長。何やってんスか。
早く何とかして下さいよ」
役得だななんて思いながら副部長に面倒くさい事を押し付ける。
「何で、俺が…」
先輩が嫌だって言ってるんスよ?それとも真田副部長は 先輩が
どーでもいいって言うんスか?」
「そんな事は言ってないだろう…まったく…」


真田副部長には朝一番の不幸かもしれないんスけど、
俺には朝一番の幸せなんだよね。ま、たまにはこんなのもいいっしょ?
早起きは三文の徳って言うし。




<あとがき>
何がしたいのか、自分でもよくわかりません(断言)
自分で適当に考えたお題、『朝一番』からこんなお話になりました。
本当は名前変換なしの立海レギュラーのお話にしようかなと
思っていたのですが、いつの間にかこんな事に。

とりあえず赤也的には幸せなんでしょうが、真田としては可哀想な
朝の風景でした(苦笑)