死神のワルツ






それはたった一つ、失いようのないものだから。

例えアンタがこの場所から、いや…この世界から居なくなっても関係ない。
俺が俺である限り、心に芽生えたモノは絶対に消えたりしない。
アンタが居ないという記憶を植え付けられたとしても、もしくはアンタが最初から
居なかったなんて記憶を消されたとしても、俺の中から完全に消すことなんか
出来ないんだ…。


日付が変わったことをいつもの淡々とした声でMAKIが知らせる。それと同時に
誕生日を迎えたクルーの名を呼び、祝いのアナウンスをした。夜明けの船において、
これらは特別なことでも何でもない。通常の軍という組織とは違った夜明けの船の
中でクルーはイコールで家族と結ぶこともできる存在であった。このアナウンスと
共に当事者であるタキガワの周りにいたクルーたちが一斉に祝いの声をかけ、
その声に彼は笑いながらありがとうと答える。とても火星独立を謳う組織の内部とは
思えない和やかな風景だ。

「誕生日おめでとう、タキガワ」
いつの間にか隣にいたがそう声をかけると、頷きながら他のクルー達に
返したようにありがとうと答える。彼女にそう言われたのは2回目だ。最初の1回目は
去年の誕生日。まだ彼女が夜明けの船に乗って数日しか経っていない頃に誕生日
プレゼント替わりだと手作り料理を振る舞ってくれた。そして今年は…。


戦闘が始まれば、和やかなムードも何もない。夜明けの船は火星独立軍本来の
姿を取り戻す。長時間にわたる戦闘に終止符が打たれたのは日付がかわる2時間前の
事だった。
「お疲れ、タキガワ」
こそお疲れ」
互いの自機を横並べにしながら夜明けの船へと帰投していた。戦闘終了後も
パイロットは戻るべき所へ戻るまでは気を抜いてはならない──暗黙の了解事項だ。
そしてそれは例え長時間の戦闘の後だとしても守られるべき事だった。

頭でわかっていても実行に移さなければ意味はない。

当直勤務交代前で戦闘が始まる前から疲労状態にあった。もっと正直に言えば
前回の休息時間にあまり眠れずに睡眠不足だった。だが、それらは自らの
健康管理を怠った結果であり、最終的には自分の責任である。

気の緩んだその瞬間を的確につくようにそのRBは現れた。

RBのアームに握られたカトラスが視認用のモニタに映っている。相手が振りかぶった
一瞬にして体内の血液の流れが速くなり、操縦桿を反射的に動かした。間一髪で
かわす筈だった敵の攻撃による衝撃は何故かない。替わりに目の前のモニタに
映っている希望号の背面に瞳を見開く。

「…な…」

夜明けの船からの通信はもう聞こえてはいなかった。何か言っているのはわかるのだが
その言葉の意味がわからない。いや、理解したくないだけだったのかもしれない。
声を失ったかと思ったのもわずか一瞬だ。視認用モニターから消えて行こうとする
希望号よりも、もっと先のRBを見た。躊躇なくカトラスを引き抜き、相手へと
突き立てる。そしてあっと言う間に距離を近くするとシールド突撃をかけた。
この間の時間は1分もない。

我に返ったのはそれから5分後だった。いつまでも帰投しないからか、迎えに
来るように目の前に現れた夜明けの船を見て、時間が再び流れ出した。

「…タキガワ!」
「…」

夜明けの船から呼びかけるヤガミの声にゆっくりと体を動かす。スクリーンに映し
出されているタキガワはどこを見ているのか、焦点の合わないように見えた。
艦橋にいたクルー達は彼が何故そんな表情を見せているのか原因を知っている。
何故なら、そのクルー達も同じような思いを抱いているから。そして自分たちが
抱える負の感情よりも彼が感じているであろう負の感情がどれだけ大きいのかも
十分、分かっていた。

「帰ってこい。お前はいつまで戦闘海域にいるつもりだ」

まるで人形なのではないかと思うほど、タキガワは何の反応みせない。
ややあってから手が動き彼のRBが夜明けの船に着艦したことをMAKIが告げた。

夜明けの船は悲しみの色で満ち溢れていた。
主のいないハンガーデッキの一角を見ては誰もが瞳を閉じる。
そしてその向いのRBを見て、一層表情を暗くした。着艦後から開くことのない
ハッチの向こう側にはタキガワがいる筈だった。

21日が終わりを告げようとしたその時、突然MAKIのアナウンスが流れた。
それは誰もが顔を上げ天井を見上げてしまうようなアナウンスで、地球の古き神話の
天岩戸のように開かずのハッチを開けてしまうようなものだった。

ハッチを開けたタキガワはアナウンスを聞いて、がむしゃらに走った。D3フロアに
ある医療室へと着くと肩を大きく上下させながら飛び込む。そこには既に多くの
クルー達がおり、涙していたところだった。
タキガワが飛び込んできたことに気付いたクルー達が道を開けるとその先には
ベットがある。 は瞳を閉じられおり、ベットに横たわっていた。

「… …っ」

誰も駆け寄るタキガワを止めようとはしなかった。誰もが同じ想いだったからだ。

「…俺、俺…っ!」

横たわった を抱きしめると瞳から熱い滴が流れ落ちる。すぐ傍にいた
恵もサーラと目を合わせ瞳を潤ませていた。それは何もその2人だけに限った
ことでなく周りのクルー達も多かれ少なかれ似たような表情を見せている。

「…バカ、ね」
「…バカはないだろぉ」

うっすらと目を開けた があやすようにタキガワの背中を撫でている。
希望号の圧壊後、奇跡的な脱出に成功したものの夜明けの船に中々戻れず意識を
失っていたところを水測のミズキが小さなノイズに気付き、先程救出されたのだった。

「…男の子が人前で泣いちゃっていいの?」
「べ、別にいいだろ!」

乱暴に涙を拭いながら答えるタキガワにクルーの中から笑い声があがる。ここにきて
ようやく周りに大勢のクルー達がいたことに気付いたタキガワは頬を赤らめつつ
から離れた。

「ただいま」
「…遅いよ」

ベットから降りようとする に恵とサーラが咎めるような声をあげる。
案の定 がバランスを崩し倒れそうになると間一髪のところでタキガワが
手を伸ばした。

「ごめん」
「謝らなくてもいいから、ちょっとはじっとしてたら?」

いつもの調子に戻ったタキガワにそうねと が頷き返す。ベットに腰掛けると
周りを見回してクルー達に会釈をした。

「あ…」
「何?」

突然何かを思い出したのか が慌ててタキガワの手を引っ張る。真剣な
目で何かを訴える彼女にタキガワは何事かと慌ててしまう。自分が何か変なことを
言っただろうかと考えながら次の言葉を待った。

「タキガワ!誕生日終わっちゃう!」
「……は?」

この時のタキガワの反応と周りのクルー達の反応は全く同じものだった。一体何を
急に言い出したんだという反応に 本人だけが気付いていない状態である。
一人慌てながらぶつぶつと何かを呟いていた。

「アンタさぁ…」
「ね、何が欲しい?今からじゃ確かに間に合わないけど、明日…ってもうすぐね。
もうすぐだけどすぐに準備すれば何とかなるかもしれないし」

もしかしたら、もう会えないかもしれないと思ったのにこの展開はないだろうと
タキガワは苦笑いをしながらため息をついた。

「ま、いいけどね。じゃあ遠慮なくリクエストさせて貰うけど」
「うん、任せて!…ってあんまり高価なものは駄目よ?私のお財布には限界が
あるんだから。貴方のお母さんみたいには出来ないわよ?」
「かーちゃんは基本的にケチだから大したモンくれないよ。それに俺の欲しいモンは
別にお金かかんないし」
「そうなの?」
「そう。だから、安心してよ」

タキガワの言葉に周囲のクルー達がニヤニヤと笑い始める。 は何が
欲しいと言われているか、わかっていないようだったがクルー達はわかっていた。
お金がかからないと言った時点でもうタネを明かしているようなものだ。
誰が言い出したのかわからないが、こっそりとクルーたちが医務室を出て行き始める。
そして本来ならば当直でこの場にいなければならないサーラたちまで医務室を出て行き、
気付くと医務室にはタキガワと の2人だけになっていた。
だが2人ともそのことには気付いておらず は未だにプレゼントが何なのか
考え込んでいたし、タキガワは彼女をずっと見守っている。

「ねえ、それって何?」
「さあ?当ててみせてよ」
「何それ。それじゃあわからないじゃない」


俺が俺である限り、この胸の中にあるモノは消えない。
そう、例えアンタがここに居なくても消えたりしない。

でもアンタは今、ここにいる。だったら、探してみてよ。
俺の中にあるモノを。このモノの正体を。アンタだったら分かる筈だ。
死神のようにRBを操り、死のダンスを踊るアンタなら。
俺が欲しているモノだってわかる筈だよ。

なあ、分かった?
じゃあ、踊ろうか。俺とアンタで踊る死神のワルツを。
平和を殺そうとする敵を魅了することだって出来る、最強で最高の舞踏を!




<あとがき>
誕生日SSの筈がどこかEDヘ向かうSSになりましたね。本当はもっと軽いものにする
筈だったんですけどね…(遠い目)やっぱり途中で戦闘を入れたのがまずかった
気がします(苦笑)何となく次は単純に楽しいSSが書きたいな。

capriccioさまの三六五題より「死神のワルツ」をお借りしました。