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「ごちそうさま」 そう言って手を合わせたが軽く頭を下げた。とっくに食べ終わっていた 彼はつき合ってその場で待っていたのだが、ちょうど食後のコーヒーを飲み終わった ところで一緒になって席を立つ。 「んじゃ、都市船行く?」 「うん、行こうか」 何でもない会話。 父ちゃんと母ちゃんの間に生まれたのは偶然。 だってあの人たちの子どもじゃなかったらご先祖の遺言を受けて、ここに居たり しなかっただろう。 だから、とこうして話しているのもたくさんの偶然が重なった結果。 この偶然に俺は感謝してる。だって…。 「…タキガワ?」 「え?何?」 顔を覗き込まれたところで思考が途切れる。少しだけ近過ぎる距離に戸惑いながら 一歩だけ後ろに下がると首を傾げた。 「何か、上の空だったから…。疲れてるなら出掛けるのやめる?」 「いや、別に疲れてるんじゃなくて、ちょっと考え事してただけだから平気」 「そう?」 の言葉に頷くとトップデッキハッチから都市船へ向かう。 だって、この偶然が重なった結果…俺はアンタに逢えたんだから。 ご先祖の遺言を守って、夜明けの船にやって来た俺の前に現れたアンタは思って いたよりずっと普通の人だった。ご先祖やカオリがずっとずっとアンタに 会いたいと思っていたと聞いて、どんな人だろうって思ってたんだよ。 そうしたら、アンタが現れた。 確かには普通じゃないかもしれない。希望号の撃墜数だって、もうすぐ300を 越えてしまう。夜明けの船に来た時、RBの存在すら知らなかったのにな。 そんなアンタはあっという間にスコアを伸ばして行った。航空学校でちょっといい成績 だったとか、代々パイロットの家系だからって才能があるんだろうって言われてた 俺なんて全然足元に及ばないくらい。 でも、普段は普通の女の人だ。 笑ったり、怒ったり、時々泣いたり…俺たちと何も変わらない。意外とドジで最初の 頃なんて、夜明けの船の中で迷子になったりして、年の割に可愛いところもある。 かと思えば、すごく気遣い上手で仲間たちを思いやっているところはやっぱり俺よりも 年上なんだな、と思ったりもした。 なのに、は…の別の呼び名は『希望の戦士』 その言葉通り、希望をもたらす特別な存在だ。 この場に留まることのない、風のような存在。 ……俺やカオリたちとは違う存在。 隣を歩くは肩にかかる髪を靡かせて、嬉しそうに街を見ている。 こうして見ていても信じられない。パイロットとしての彼女の能力を見ていても、 時折忽然とその姿を消すことがあったとしても。どうしても違う存在とは思えなかった。 「ね、あそこに水族館あるよ。行く?」 「いいね。あ、何かショーをやってるみたいだ。早く行こうぜ!」 「うん!」 でも…特別な存在だとしても、風のように現れ、去って行く存在だとしても 俺には関係ない。が俺にとっての特別な存在であることは。 『希望の戦士』としてのが特別なんじゃなくて、普段の普通の女の人のが 俺にとっての特別なんだ。 偶然って怖いって思わない? だって、たくさんの偶然が重なって俺はアンタに出会った。 ご先祖の友誼を守るために出会ったアンタに恋をしたなんて、すごい偶然だろ? 何処にでもある筈の偶然が引き起こした運命の悪戯って奴かもね。 「、走るぞ!」 「ええ!?…ちょっと、タキガワったら!」 の手を握ると水族館へと走り出す。 それなら…運命の悪戯だって言うなら偶然って奴も悪くないって思うよ。 偶然に感謝してもいいくらいだ。 あのさ、。 俺ね、アンタが好きだよ。うん、大好きだ。 本当はずっとずっと隣にいて欲しい。 でも、俺、知ってるから…アンタがここにずっといられないんだって。 だからさ、偶然をたくさん重ねて、俺はアンタに会いに行くよ。 偶然と言う名の奇跡を起こしてでも。 <あとがき> 何度も出て来る「偶然」は自作お題の「重なった偶然」から来ています。 たまにこういうものが書きたくなるんですよね。2人が幸せそうにしてるところ じゃなくて、タキガワがどういう風に自分の気持ちを認めているのかを。 ラブコメちっくにぐるぐると考えている場面とシリアスに何れ訪れる別れを 知った上の気持ちを。 |