気付いた本音






衝撃的な事があってから3日が経った。あれ以来すっかりタキガワを避けるように
なってしまっている。どんな顔をすればいいのか、どんな風に接したらいいのか
わからなくて、また恥ずかしさも相まってまともに顔を見ることができない。
結果的に逃げている状態と言ってもいい。幸いといっていいのか複雑ではあるが、
戦闘が相次いだため、それほど露骨にはなっていないと自分では思っていた。

「おい、。起きてるか?」
連続戦闘後、飛行隊のみの休息時間を与えられ自室に篭もっていた所へカオリがやって
来た。休息時間を与えられてから既に数時間経っており、半覚醒状態の時だったせいか、
やや反応は遅れたもののベットから体を起こし、彼女を部屋へと迎え入れる。
「どうしたの?もしかしてヤガミが『もういい加減起きてもいい頃だろう』
とか言ってた?」
「いや、別に何も言ってなかった。艦長も当分はゆっくり出来そうだとか言ってたしな。
まぁ、もう少し休んでたって問題ないだろ。どうせ俺たちが休息時間に入ったんだ。
そのまま当直につかなくてもいいと思うぜ。…それより、ちょっとオメーに話が
あるんだけど今、いいか?」
「うん、平気。…珍しいね。カオリがそんな風に改まって私に話を持ちかけてくるなんて」
「まぁ…ちょっと気になったからな」
カオリの言葉に首を傾げながら壁にもたれかかる。室内には備え付けの椅子が1つ
あるのみだ。どちらかが座るか、2人でベットに腰掛けるか、このように壁に
もたれかかるなどの少ない選択肢しか存在しない。

「気になったって、私のことで?」
「ああ、オメーさ…何で最近タキガワを避けてるんだ?あんなに仲良かったのに
ここ2、3日変だぞ」
いきなりの核心を突いた質問に思わず眉間にしわを寄せる。説明するには先日の事を
話さなければならない。しかし話すには相手が親友だとしても勇気がいる内容だ。勇気…
というか単に話しづらいだけなのだが、ともかく簡単に話せないのは確かである。
「喧嘩したって訳じゃなさそうだしな。タキガワの奴も結構気にしてる風だったし…
何があったんだ?」
「…うん、ちょっと…」
「俺にも話せないか?」
カオリは自分にとって親友だ。その彼女にも話しにくい内容ということもあるが、何より
自分の中ですっきりしない部分があった。それゆえに余計相談しづらい状況であると
いえる。
「…ま、話せないなら仕方ねーけど…ちゃんと向き合えよ。そうじゃなきゃタキガワが
可哀想だぜ?」
「…タキガワが可哀想?」
ため息をついたカオリの言葉に引っかかる部分がある。事の発端であったあの当日にも
アキに似たようなことを言われたのを思い出した。自分の反芻した言葉を聞いて、
カオリが再びため息をつく。

「…こういうのはさ、本人同士の問題だし、俺が首を突っ込むことじゃないと思って
黙ってたんだけどな…オメー、本気で気づいてないのか?」
「何を?」
「本気で気づいてないんだな?」
今の雰囲気は間違いなくあの時のアキと飲んでいた時と同じものだ。念を押すような
カオリに今度はこちらがため息をつく番であった。どうしてもまたかと思わずには
いられない。
「だから何に気づいてないって言うの?この前のアキと言い、何で私が鈍いって
ことになってるの?」
突然出てきたアキの名前に今度はカオリが首を傾げた。会話の流れから全く関係ない
アキの名前は彼女にとって不思議なようだった。
「アキ?アキは関係ないだろ」
「関係大ありよ。大体あんな風になったのも元を辿ればアキにも原因あるもの。そうよ、
アキがあんな話をしなかったら別に不安になってタキガワの所へ行こうなんて
思わなかったし、行かなければ押し倒されることもないわけで…あっ…!?」
「はぁ?何だそりゃ?」
急いで自分の口を押さえても既に遅い。自分の放った言葉にカオリは大きく目を
見開いている。しまったと思いながらも観念すると事の顛末を話始めた…。

「…という訳なの」
説明し終えると恥ずかしさのせいで、つい視線を逸らしてしまう。
「という訳ってオメーなぁ…」
呆れたようなカオリの声に口を尖らせるしかない。十分に自分が悪かった事は
承知している。
「だって…私だって酔ってたし…。そりゃあ、私が悪いのは分かってるのよ?でも
気まずいし…仕方ないじゃない」
「とは言ってもな。…ったく、無防備過ぎるオメーもオメーだし、我慢が足りない
タキガワもタキガワだな」
「…だから、反省してるってば」
親友の言葉に頷きながら、口を尖らせるだけだ。起きてしまったことをなかったことに
など出来ない。それより今はどうやって元の通りに戻るかが重要なのではないかと思う。
「当たり前だ。…それにしても話を聞いて不安になった、か。気づいてない割には
アレだよなって思ってけど…。ふーん…それなら、まんざらでもないどころじゃないよな。
寧ろ…」
ブツブツと呟くカオリに首を傾げるが、じっと考え込んだまま彼女は動かない。やがて
彼女の中で何か結論が出たのか顔を上げると大きく頷く。そしてじっとこちらをみると
改まった表情で口を開いた。
「…なんて言うか、これは勝手な俺の推測だけどさ、そこで嫌われたくないとか、
アイツが特別だ、なんて思うってことはタキガワのこと好きなんじゃないのか?」
「…え?」

カオリの言葉に呆気にとられてへたり込む。あまりの事に頭が混乱していたのだ。仲間で
可愛い弟分という彼への評価は今でも変わっていない。アキに言ったとおりそれ以上でも
それ以下でもないと思っていた。だが、カオリは何と言ったか。

──タキガワを好きなのではないか。

まさか、と何度も頭を振ったが、言われてみれば思い当たる節がなくもない。アキの話を
聞いて嫌われたくないと不安になった事、傍に居れば何故か安心する事…それらを
思い返してみれば、十分可愛い弟分以上の存在と言える。
可愛い弟分以上どころか、恋愛感情を持っていると言われても仕方ない。彼のことを
仲間で可愛い弟分と言い切ったのは気づいていなかったから、そう言えただけに
過ぎなかった。

「わ、私…」
「それだけ動揺するってことは心当たりあるんだろ?」
視線を合わせようとかがんだカオリが優しく笑った。
「だって…」
「焦るなって。ゆっくり考えてみればいい。ほら、まずは深呼吸してみな」
とっくに心の奥底では結論が出ていた。なのにまだ表面上の自分はその感情を認め
きれていない。自分の方が彼よりも年上であること…そんなプライドが素直になることを
邪魔していた。きっと今までもずっとこのちっぽけなプライドが邪魔してきたのだろう。
気づかないように、気づかないようにと感情に蓋をしていたに違いない。
「落ち着いてきたか?」
「…うん」
「年上だとか、年下とか気にするようなモンじゃないさ」
カオリの言葉に顔を上げると優しく笑ったまま立ち上がる。
「たださ、オメーが後悔しないこと…これが一番重要だ」
部屋から出て行くカオリの後ろ姿を見送ると、今更心臓が騒ぎ出す。口には
出来ないけれど、心の奥底にあった感情。それがそうさせていることは
わかっていた…。


「あ…」
カオリが部屋を出てから、数時間。結局飛行隊はそのまま当直を免除され当直交代
時間を迎えた。いくら連戦だったとはいえ、半日近くも体を休めたお陰で十分体力等は
戻っている。いつまでも自室に篭もっているのも飽きたなと思いながら部屋を出ると
件の人物がいた。お互いにどう接していいのかわからず、その場に凍り付いたように
固まっている。

「…えっと…もう疲れはとれた?」
いつもならばもっと自然に声をかけることも出来ただろう。自分の中にある気持ちに
気づいた途端に今まで出来ていたことが出来なくなってしまっていた。
「…あ、うん。 こそ、平気?」
ぎこちないながらにも言葉が返ってくることにほっと胸をなで下ろす。言葉をまともに
交わすのはあの時以来と言ってもいい。
「私は平気。こう見えても丈夫だしね」
「…あんまりアンタが丈夫だとは思えないんだけど」
「そう?」
少しでもいつも通りに振る舞おうと必死だった。それは多分相手も同じに違いない。
そして何よりも沈黙が怖かった。だから何でもいいから言葉を紡ごうと必死に
次の話題を探す。5秒、10秒と過ぎても話題は浮かばず、気まずい沈黙が
二人の間に流れた。

視線を彷徨わせていると目の前の彼が表情を正してまっすぐこちらを見ているのが
わかった。どうしたらいいのかと目を閉じたのも束の間、落ち着いた彼の声が
聞こえてくる。
「…あのさ、話があるんだけど」
真っ直ぐと口を結んだタキガワは意を決したような、そんな表情でこちらを見ていた…。




<あとがき>
私にしては珍しくラストへの移行が早いですね。…あくまで私にしてはですが。
次回のタキガワ視点でこのシリーズも終了です。今回のこのシリーズ、いつも
よりと違って無自覚から始まっているので私としては結構珍しいです。
ラストはお題を使ってタキガワ視点で有終の美を飾れたらいいなぁ…と。
有終の美はともかくラストはこのシリーズ内で一番彼らが会話すると思うので
どんな会話になるか、楽しみにして頂ければ幸いです。