海の中はまるで宇宙のようだとは思った。宇宙を知っているのかと聞かれれば きっと笑って誤魔化すだろうが、少なくとも一般で言われている宇宙と海は 似ていると思った。 そんな風にぼんやり考えていたのはほんの一瞬。すぐに意識をモニタへと切り替える。 レーダーに映る敵影を見て不敵に微笑むと希望号が剣鈴を優雅に振り抜く。器用にも コクピットだけを残した敵RBを一瞥すると新たに捕らえた敵影に向けて希望号を 加速させた。 「敵の旗艦の制圧が最優先事項だ」 飛行長のヤガミからの通信にただ頷くと魚雷と魚雷の間を踊るようにすり抜け 敵の旗艦の懐へと潜り込む。ワンテンポ遅れて出撃してきた敵RBの目の前には RB-02士翼号がカトラスを構え行く手を遮っていた。それは敵旗艦が停船し、 降伏する旨を申し出るわずか数秒前の出来事であった…。 ハンガーデッキに降り立つと大きなため息が漏れた。慌ただしく動く整備用BALLSと 整備員達の間をすり抜け連絡通路へと歩き出す。消耗した体力の回復は帰艦後の パイロットにとって最も重要な仕事である。 「なぁ、気づいた?」 同僚パイロットであるタキガワの声に顔を上げると首を傾げた。 「アンタ、今の戦闘で戦果が300を越えたよ」 「…そう、だった?」 「ああ、ホントホント。何だよ、アンタ希望号のスコアちゃんと見てないのかよ」 連絡通路の階段を上りながら、少しだけ不満顔で顔を覗き込んでくるタキガワに 苦笑してみせると小さく頷く。 「アンタらしいね。それよりさ何か眠そうだけど、大丈夫?もしかしてさっきの 休憩時間全然寝てなかったとか?」 「うん、ちょっとね…」 「少しくらいなら部屋で休めば?帰艦した時のヤガミの口ぶりだと周りに不審音源も ないみたいだしさ」 「そうね…うん、悪いけど少し休んでくる」 そんなやり取りをした後、自室に戻ったは正体不明の疲労状態にため息を ついていた。先の休憩時間にMAKIに試算して貰ってからずっとこの調子である。 100年の平和を太陽系に約束するのがの役目。そして今の時点で90年分は 約束できると試算結果から分かっていた。残り10年分の平和が約束されれば、彼女の 役目は終わり。あと少し頑張ればいいだけなのに、何故今になって疲れ知らずの 筈がこんなに疲れたような状態になるのだろうか。 ──原因が正にそこにあるということに、この時のは気付いていなかった。 「?起きてる?」 部屋の外から聞こえる声にベットから体を起こすと返事を返す。髪の毛をさっと手櫛で 直すとタキガワを迎え入れた。食べ物の良い匂いを纏った彼は嬉しそうに笑っていた。 「へへっ、お腹空いてない?サンドイッチ作ったんだけど…って、!?」 嬉しそうに笑っていた彼が急に慌てた様子で声をあげる。何を驚いているのか わからなくて首を傾げると手が伸びてきて頬に伝う何かを拭った。 「…俺、何か変な事言った?」 「え?」 「『え?』じゃないよ。何でいきなり泣くんだよ」 彼に言われて初めて自分が涙を流していることに気付く。あっという間にあふれ出した 涙に視界が滲み前が見えなくなる…。 残り10年の平和を約束すれば、どうなるか。 役目が終わるというのは何を意味するのか。 ──それは、目の前の彼と別れることを意味する。 涙の意味はもうすぐ訪れるであろう彼との別れを悲しむから。 彼が進む道を一緒に歩く事が出来ないから。 何故、そんな単純なことに今まで気付かなかったのだろうか。 所詮自分は『部外者』にしか過ぎないということを。 MAKIの試算結果を聞いてから疲労度が増していたのはこの所為だった。 頭で理解するよりも先に体が反応していたのである。 張りつめていた糸を切ってしまったのは、何よりも大切な彼の笑顔。 「ご、ごめんね。何か疲れてて変になっちゃったみたい」 あくまで彼の前ではシラをきるつもりだった。慌てて涙を拭うと急いで笑顔をみせる。 心の中を悟られることのないように懸命にいつも通りの自分を演じた。 「…何かさ、無理してない?」 「あーうん、体の方はね。確かに無理してるかも」 自分がここから去ってしまうことを彼に告げるつもりはない。だから、別れるその 瞬間までいつもの自分を演じきるつもりだった。 「そう?まぁ、でもいつも無理してるんだからたまにはちゃんと休んでよ」 「うん、そうする。あ、さっきタキガワ何か作ったって言ってなかった?」 「あーそうそう、サンドイッチ作ったんだよ。だからアンタも食べるかなーって」 「うん、食べる。食堂にあるの?」 「ああ、結構自信作なんだ。見て驚くなよ〜」 ねぇ、タキガワ。 近いうちに私はここから居なくなるかもしれない。…ううん、多分居なくなる。 その時、タキガワはどう思うかな? 少しは寂しがってくれる?それとも黙って行ったって怒る? …何も言わないかな…。 私はここを離れちゃうけど、いつだって…気持ちは一緒にあるから。 だからタキガワはタキガワの選んだ道をまっすぐ歩いてね。 私はいつだってタキガワを想ってるから。キミの選んだ道を応援するから。 引っ張られるように食堂へと走る。笑顔を崩さないまま、束の間の幸せを 感じながら彼の後ろ姿を見て小さく頷いた…。 「え……どういう事…?」 「どういう事も何も見たままだけど?」 目の前で笑うピンク色の髪の少年に目頭が熱くなっていく。少しだけ大人びた 笑顔で一歩一歩近づいてくる彼を見た。 「置いて行こうなんて甘いんだよ」 「だ、だって…」 溢れる涙を拭った彼は優しく笑った後、おでこを小突いた。 「俺が選んだ道、応援してくれるんだろ?」 「そ、そう言ったけど…」 「じゃあ、いいじゃん。俺が選んだのは紛れもなく…」 笑った彼が紡いだ言葉は が最高の笑顔を見せるに十分なものであった…。 <あとがき> サイト6周年記念企画より連続更新SS第六日目こと最終日は絢爛からタキガワと ちゃんの2人のお話。お題は「幾多にも広がる未来」です。 絢爛の主人公ズたちが義体であるという設定は毎回適当に使っています。 (まぁ義体であるという設定もゲーム開始時のヤガミとの会話ぐらいでしか 出て来ませんが)今回も義体なのか、別の世界の人間だけど体ごと火星に いるのか、どちらでもとれるように書いています。…基本的に私は後者として 書いていることが多いですが。 |