手段は言葉だけじゃない
自覚して改めて彼女と接してみてわかった事がある。 相手がこれ以上にないくらい鈍感であること、致命的なまでにこちらの 意図を外すこと──だ。 あまりにもそれが酷いので実はわかっていて、こちらを避けているのでは ないかと思うほどだった。本人は一向に悪気がなく寧ろ天然であるがゆえに 始末に悪い。もちろん相手だけが悪いのでなく、こちらが拙いということは 承知の上である。だがそれを差し引いても彼女の鈍感さはおつりがくる くらいだ。 どうしたら相手に好意を伝えられるだろうか…そう悩んではみるものの 自分だけでは良い案が浮かぶ訳もなく、ここのところはただ日々を過ごす だけになってしまっている。 そんな風に考え事をしながら歩いていると壁に鼻を打ちつけた。壁というのは 主観であり、動く壁など存在しない。壁と思ったそれは丁度、食堂から出てきた ドランジであった。 「…すまん」 「あ、いや。俺も前を見てなかったし、ごめん」 「…最近、よく考え事をしながら歩いているな」 「そうかな…ああ、でもそうかも」 鼻をさすりながら上を見上げると少し心配そうな視線が自分へと注がれて いるのがわかる。 「、か?」 突然出てきた名前に驚きながら目を見開くとドランジの口の端が少しだけ 上がっている。その表情は時折アキが見せるそれとは違い、からかう様子はなく 単に自分を微笑ましく思っているのであろうということが見て取れた。 「…わかる?」 「ああ。多分気づいていないのは艦内でも本人くらいだろう」 ドランジの言う通り自分としてはかなり露骨に意思表示をしているつもりだった。 それでもあの彼女は一向に気付いている素振りを見せない。意地悪なのか、天然 なのか…普段の言動を見る限りは天然であるから仕方ないと半分くらい 諦めかけていた。 「あの鈍さにはまいるよ」 「…まんざらでもなさそうだがな」 「本当?そう思う?」 「何だ、自分では手応えないと思っていたのか?」 食堂の入口で話し込んでいるので邪魔になるらしい。スイトピーの視線に 気づくと2人して厨房へと歩き出す。互いにコーヒーを手にすると今度は コーヒーメーカーの前で話の続きを始めた。 「さっきの話だけどさ、端から見てそう思う?」 「ああ、十分」 「勝ち目ありそう?」 普段はあまりそういう会話をしないドランジとこんな話をするのは珍しい。 まるでRBの操縦のこと、航空機のことを話しているかのように気軽に聞いていた。 「それは俺が答えるべきことではないだろう?」 「うーん、そりゃあそうなんだけどさ」 「確証めいたものが欲しいと言う気持ちはわからないでもないが」 「だろ?」 「だが、それでも俺は答えてやれないな。そうだな、助言くらいは出来る。 …もう少し言葉以外で伝えてみてはどうだ」 「言葉以外?どうやって?」 からかわれないと分かっているから、ついつい素直に聞き返してしまう。 「聞いてばかりでなく、自分で考えた方がいいと思うぞ」 「えー…って、まぁ、確かにそうだよな」 「ああ、自分に合ったやり方を探す方がいい。時間ならいくらでも あるだろう?」 「うん、サンキュ」 「礼を言われるまでもないさ」 互いにコーヒーを飲み干すと同時に紙コップをゴミ箱へと投げ入れる。見事に 息のあったそれは綺麗な放物線を描いてゴミ箱へと消えていった。 「…とは言ってもなぁ」 一人呟きながら自室へと戻る。ベットへ後ろ向きでダイブしながら、ちらりと 隣の部屋をみやる。そこには壁があるばかりで何があるわけでもないが ほんの少し向こうに彼女がいると思うとただそれだけで訳もなく嬉しかった。 「ターキガワ!」 「…っ!??」 突然聞こえた声に驚いて飛び起きるとベットから顔を覗かせる。すると入口から 妙にご機嫌な彼女が現れた。 「ど、どうしたんだよ…突然」 笑顔が絶えないというよりもテンションの高い彼女は明らかにいつもの様子と 違っている。少し不審に思いながら立ち上がる。 「んふふ〜、何かねちょっと顔見たくなって」 「顔見たいって…いつも一緒にいるのに何言ってるんだよ…って!、アンタ 酒飲んでるだろ!」 「えへへ、あったり〜」 足下のおぼつかないがいつ転ぶんじゃないかとはらはらしながら 両手を広げる。もちろん転びそうになったら全力で受け止めようという意思の 表れであった。少なくとも自分はそういうつもりで両手を広げたのだが、何を 思ったのか彼女はそのまま自分の腕の中にちゃっかり入り込んでしまう。 「ちょっと!!?」 「ん〜、暖かい」 すり寄ろうとしてくる彼女にいささかたじろぎながらも、冷静さを保とうと 何度も心の中で冷静になれと呟いた。 「暖かいじゃないよ!ほら、離れて」 「えー?」 「えーじゃない。アンタ大人なんだから分別つけないと」 自分の言葉に何故か口を尖らせると眉をひそめている。 「何、その顔」 「どうせ私は分別も何もありませんよーっだ」 「はぁ?」 酔っぱらいゆえにその言動は幼い。普段は自分が子供扱いされ、むくれる というパターンが多いせいか、この逆転劇のような今の状況は意外にも 面白い。理性と戦うという一点さえ除けば自分優位の状況は楽しいと 言えよう。 「なーんで、私がアキに怒られなきゃなんないのよ」 「アキ?」 意外な名前に今度はこちらが顔をしかめる。 「何が鈍感だって言うのよ、ねぇ?失礼しちゃう」 「…何話してるのか知らないけど、はアキと飲んでたってこと?」 こちらの問いに頷くと勝手にベットに座り込む。若干潤みがちな瞳が まっすぐに自分を見上げ、再びふくれっ面になった。 「私だって、たまにはお酒くらい飲むわよ」 「別に飲むななんて言ってないよ」 「じゃあ、何でそんなに責めるような目で見るの?」 「そりゃあ、俺の部屋占拠してるからだろ」 そんなこちらの言葉をちゃんと聞いていないのか、ベットで横になると ため息をつく。ため息をつきたいのはこっちだぞと思いながらじっと 次のアクションを待った。 「アキと何喋ってたんだよ」 不意に口にした言葉に視線を合わせようとしていなかったが 挙動不審に視線を彷徨わせる。何故か頬を赤らめると瞳を伏せた。 「ちょっと色々」 「…ふーん…いいけどさ、ここ俺の部屋だってわかってる?」 「知ってるよ。だってタキガワの顔見に来たんだもの」 「何で俺?」 「…内緒」 先程までと違って多少酔いが覚めてきているのか、彼女の声音は落ち着いた ものへと変わってきていた。 「…で、いつまで俺のベット占拠してるんだよ」 いい加減にしてもらわないと自分の理性の問題もある。目の前で好きな相手が 寝転がっていたらどう思うか。鈍感な彼女には自分の気持ちなんて微塵も わからないのだろう。彼女の手を掴むと体を起こそうと引っ張り上げる。 「ほら、自力で起きてよ」 何故自分のベットを占拠するのか意味がわからない。 そもそも何で自分の顔を見に来たのか。 アキと何を話しながら飲んでいたのか。 頭に浮かぶ疑問は増えるばかりだ。中々言うことを聞かない彼女を軽く睨み つけると目を逸らされる。今日の彼女はどう考えてもおかしい。普段の彼女が こんなことをするだろうか。お酒のせいもあって普段と違う行動に出ているのかも しれないが、それにしても変である。 「…あのさぁ」 ようやく寝るのをやめ、腰掛けている状態に戻ったを見ると 黙ったままこちらを睨んでいた。 「大人っていうか…女の人としてどうかと思うよ、今の状態」 何でこっちが睨まれなければいけないんだと本音の部分ではかなり怒っていた。 やけくそ気味だったのも認める。だけど、次の自分の行動っていうのは どうなんだろうか。 気がつくと両手首を握ったまま唇を重ねていた。逃げようとする唇を 追って更に重ねる。はっと我に返ると呆然と自分を見上げるの 瞳がそこにあった。彼女を組み敷いているという情報が脳に到達するまで かなりの間があり、それがどんな事態かと理解すると真っ赤になって飛び退く。 自分の部屋だというのに、大変なことをしでかしたというのに、足は 勝手に動いてしまう。何て言っていいのかわからなくて、逃げるように 部屋を飛び出すとトレーニングルームへと駆け込んだ。 そりゃあ、確かにドランジだって言葉以外の何かで伝えたらどうかって 言ってくれたよ。好きだってことを伝える手段は言葉だけじゃないって俺も 思う。でも何もあんな手段に出ろなんて言ってないじゃないか。 …っていうか、あんな事して、しかも逃げて来ちゃったのってどうなんだ? これからどんな顔して会えばいいんだよ。 それより顔…合わせられるのか…? <あとがき> 何気なくお題シリーズはお話が続いています。本当なら次のお題で 終了…なんですが、その前にちゃん側からのお話を 挟もうかと思っています。タキガワがあわあわ(笑)している間、彼女が どんなことを思っていたのか。またアキと飲みながら何を話していたのか。 補完的に書こうかと。 年下クンの暴走っていうのは実は私の好きなシチュエーションなの かもしれませんね。妙に勢いがあって本当に暴走してしまった感じの 今回のお話です。 TVさまの君を想う5つのお題3より「手段は言葉だけじゃない」をお借りしました。 |