たった一つだけ






アンタが時々居なくなるのは今に始まった事じゃない。
別に時期を選んで居なくなる訳じゃないの事も知ってる。

でも…今日ばっかりは流石に恨んだよ。
だって、今日は俺の誕生日だ。アンタの誕生日言ったよね?
じゃあ、今度は俺の誕生日祝ってよって。

MAKIの誕生日アナウンスを聞いたタキガワはこれ以上ないくらいに不機嫌だった。
夜明けの船のクルーなら誰もが機嫌の悪い理由を知っている。
誕生日が嫌な訳ではないと。彼にとって特別な存在である
現在不在──ヤガミに聞けば潜入捜査だと言うだろう──であるからだ。

当直勤務につきハンガーデッキにつめている筈のタキガワは膨れっ面で下甲板
前方通路を歩いていた。見事なまでの膨れっ面にすれ違うクルーは誕生日を
祝う言葉をかける事も出来ない。

何だよ、何だよ。
は俺の事なんてどうでもいいんだ。
俺の誕生日なんて別に特別でも何でもないんだ。

大股で歩くと厨房に入りミルクたっぷり、砂糖てんこ盛りのコーヒー…もとい
コーヒー風味のミルクを手にすると一気に飲み干す。あまりの甘さに顔を顰めながら
厨房を出ると今度は下甲板船首通路へと歩き出した。今にも何かを蹴りそうな
そんな勢いで歩くタキガワをすれ違うクルーたちは避けるように歩く。

フン、どうせ腫れ物扱いだよっ!
あーあー、そうだよ。どうせ、に誕生日も覚えてもらえてない
寂しい奴だよ!笑えばいいだろ。

階段を上ると中甲板前方通路を歩く。作業BALLS達もタキガワの怒りのオーラが
読めるのか、まるでクルーたちのように避けている。…もっともそれはタキガワが
勝手にそう思っているだけだ。元々BALLSはクルーたちの邪魔にならないように
動いているのだから、普段となんら変わりはないのである。

データブックを取り出すと現在の夜明けの船の位置を航海図で確認する。都市船が
すぐ目の前。恐らくこれから入港準備に入るなと考えると同時にMAKIのアナウンスが
入った。推測通りの入港準備に頷くと自室へと足を向ける。

どうせ、このまま休息時間まで交代なしに決まってる。
寝てたって問題あるもんか。

もしかして がいるかもしれないと期待を持って覗くが、部屋には
誰もいない。自分の甘い考えにため息をつきながら、後ろ向きにベットへダイブする。
天井を睨みながら大きくため息をつくと視界を遮る何かが目の前に現れた。

「ターキガワ♪」

さらさらと栗色の髪が流れ、タキガワの鼻をくすぐる。慌てて
髪をかき上げるとふわりと甘い香りが流れてきた。いつもすれ違う時に微かに
香るあの香りだ。

「… ?」
「ふふ、びっくりした?」

体を起こすと笑ってこちらを見ている彼女に首を傾げる。自分が部屋に入った時に
人はいなかった筈なのに目の前に彼女は現れた。

「実はあっちの机の方に隠れてたんだよ」

そう言ってデスクを指差すと楽しそうに は笑っている。思わず釣られて
笑いそうになるが、さっきまでの自分の心境を思い出して再び口をヘの字に結んだ。

「…何やってたんだよ」
「ん?実はずっとこっそり隠れて工作を」
「…潜入工作?」

またかという風に思いながら、少し投げ捨てるように言うと は笑いながら
首を左右に振る。意味がわからず首を傾げると は手を取って歩き出した。

「ちょっと、 ?何処に行くんだよ」
「黙って付いてきて」

手を引かれながら歩くと着いた先は食堂だ。ここに何があるのかと再び首を傾げると
彼女がようやく繋いでいた手を放し、振り返る。妙にニコニコ笑ったその笑顔は
何かを期待している表情だ。

「入ってみて?」
「食堂に?」
「うん」

食堂に何か特別な物があったような形跡はない筈だ。少なくとも2時間前、自分が
食堂に行った時には何もなかったし、何かをしかける形跡もなかった。
だが、一歩そこへ踏む込むと…。

「ハッピーバースデー!!」

祝いの声とともにクラッカーが盛大に鳴る。飛んでくる紙吹雪に驚いて立ち止まると
背後の がそっと背中を押した。

「ふふ、タキガワに見つからないようにもっと下のフロアで作業してたのよ」
「下?下って…俺達は行ったら駄目だって言われてるD4フロア?」
「そういう事。あ、ちゃんとヤガミの許可はとってあるから大丈夫。さ、みんなで
お祝いしないとね」

ケーキや大皿に盛られた料理の数々を見ながらクルーたちの輪の中に入って行く。

「アンタのために時間配分をして都市船に入港したんだからね。
感謝おしよ」
「ポイポイダーやスイトピーにもお礼言いなさいよ。実際航路設定が一番
大変だったんだから」

エリザベスとメイの言葉に目を大きく見開くと後ろを歩いている
振り返った。

…これって…」
「うん、一週間前から計画して実行にうつし始めたのは3日前かな。みんなでお祝い
したかったから、ちょっと無理しちゃった」
「…サンキュ…」
「ふふ、みんなにも言ってあげてね?」

クルーたちの中心まで歩くとジュースが手渡される。右手にオレンジジュースをもつと
アキが一歩踏み出し乾杯の音頭を取った。掲げられたグラスを見て笑うとクルー達から
一斉に祝いの言葉が振ってきた…。


「…あ、時間だ」
料理を食べ、みんなと談笑している中、突然そう言って が立ち上がった。
「… ?」
彼女の声に反応してクルーたちは立ち上がると笑いながら後片づけを始める。
隣まで走ってきた は腕をとって笑うと耳打ちをする。
「ここからはみんなとの時間じゃないよ?」
「え?」
くすくすと笑った に腕をとられたまま、食堂の外へ出、着いた所は
トップデッキハッチだ。

「ここからは私とタキガワだけの時間だからね。都市船で思いっきり羽根
伸ばすんだから」
「…羽根を伸ばすって?」

重いハッチを開けながら が振り返る。都市船からの光を背後に
背負いながらとびきりの笑顔がこちらに向けられた。

「ヒ・ミ・ツ♪」
「へ?ひ、ヒミツって…!」
「ほら、早くー。都市船に入港してることなんてそんなにないんだからね」

ほんの数時間前まではむっつりと黙り込んだまま不機嫌だったのに今は彼女に
ペースを乱され困惑気味に付いていっているだけだ。
もちろん彼女といられる事は嬉しいし、忘れられたと思っていた誕生日も覚えて
いてくれて、しかもパーティーまで開いてくれたのだ。嬉しくない訳がない。

だけど、肝心なものを貰ってない。 から一番貰いたいのは
そんなものじゃなくて…。

!お、俺まだ貰ってないよ?」

振り返った は一瞬きょとんとした表情を見せたが、言葉の意味を悟ると
再び笑顔に戻る。

「ハッピーバースデー、タキガワ!」

眩しい笑顔と嬉しい、一番欲しかった言葉を貰うと に負けない笑顔で
頷いて走り出した…。




<あとがき>
最後のシメは明るく爽やかに。それまでが散々甘かったので糖度は控えめに
してみました。…もっと甘い方が良かったかな…?
自分のプレイ上だと来年も宜しくとか言われる事が多かったので、もし
誕生日プレゼントを貰っていたら自分の時は宜しくな、と言うかなーというのが
元です。