ループな気持ち






名前を呼ばれて振り向いてくれるのが好きだ。
くるりと振り向いたアンタはいつも優しく笑ってる。
そしてアンタは少しだけ甘い声でなに?って言うんだ。

俺はその瞬間がすごく好きで、とても幸せだと思う。

そりゃあもちろん、手を繋いだり触れあえるのだって好きだ。
それも当然幸せだと思う。でも、より幸せなのは振り向いた瞬間なんだ。

すぐ傍に居て、アンタが振り向く…。
日常の中の幸せってヤツは小さくて、だけど大切なものだと思う。
小さな幸せがたくさん重なって大きな幸せになる。
大きな幸せを一度に貰うより、小さな幸せを積み重ねる方がいい。

──俺はそう思う。

中甲板前方通路に見慣れた青い総軍の制服を見つけて声をかける。

「タキガワ?何?どうしたの?」
振り返ったはいつものように微笑んでいた。

そうだ、もう一つあった。
名前を呼ばれるのが好きだ。…まぁ、ファーストネームじゃなくて
ファミリーネームだけど。でも名前を呼ばれるのは悪くない。
とても心地良いんだ。

「ん、別に用があった訳じゃないんだけど…。ごめん、何となく」
「謝らなくてもいいよ。別に気にしてないから」
そう言っては笑う。つられるように笑いながら、並んで歩き出す。
どちらにも明確な行き先はない。もとより艦内であれば行くところなんて
限られている。

都市船に入港しているからこそ、こんなにもゆったりした時間が流れる。
アラートが変わることなんてないと思うからこその安心感。
張り詰めた緊張がほぐされているからこそ。

そして…大切な人が傍にいるからこそ、その時間はゆっくりと流れる。
まるでいつかそれを失う事になるからこそ大切にしているような
…そんな感覚を覚える。

「そう言えば、この話知ってる?」
「え、何?」

他愛ない会話も楽しくて、嬉しくて…気づけば顔は緩みっぱなしだ。

狡いな、と思う時がある。
俺がこれだけ想っているのを知らないアンタは狡いって。
いや、言えばいいだけなのに肝心な事は言えなくて、黙っている自分が
一番悪くって、そして狡いんだ。自覚はあるんだ、一応。

言いたいけど、言ったらどうなるか分からなくて、言えないまま
今のこの状況に甘んじてる。でも甘んじて受けるのであれば、狡いとか
他のヤツと話してる所を見てヤキモチを妬くのは変な話だ。
…そうだ、俺は結局甘んじてない。

そう思うとやっぱり一番狡いのは俺なのかもしれない。
肝心な事を言わないで、アンタを独り占めしたがってる。

我が儘…こんな一言で片付けられてしまう感情じゃない。
恋だとか、愛だとかよく分からない。
分かってるのは、アンタを好きだって事だけ。大切だと思うだけ。

アンタが…が好きなだけ。

何も言えないけど、わかってくれだなんて言わないよ。
それは我が儘だってわかってるから。
だから、俺がちゃんとアンタに気持ちを伝えられたら…誤魔化さない
本心を聞かせてよ?

俺、実はちょっとだけ自信がある。
きっとアンタは俺を拒んだりはしないって。

だけど心配な所もあるんだ。
それは最悪の事態を推測してじゃない。
小さな幸せよりも大きな幸せを求めたら、どうなるかって事。

ちょっと怖いよ。
小さな幸せは積み重なって…時間をかけて大きな幸せと同等のものになる。
だけど、大きな幸せを一度に貰ったら、その代価はどこで支払うんだろうって。
時間を支払わないという事は何と引き替えになるんだろうって。
そう…考えてしまうんだ。

「タキガワ?」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
の声ではっと我に返ると笑って誤魔化す。
「あんまり疲れてるなら、もう少し休んだらいいのに」
「ん、大丈夫」
出口のない思考を中断して、向き直ると手にあるコーヒーを飲み干す。

「無理は駄目だからね」
「してないよ、大丈夫、大丈夫」

アンタだったらどうするかな。
…うーん…出口がないなら、作ればいいよなんて笑いそうだ。
ま、もう少し俺は考えてみるよ。
俺は俺、アンタはアンタだからさ。

ループしてたって、いいと思うんだ。
そうやって悩んで考え抜いた先に掴んだ結果なら俺も満足出来ると思うから。
だから、もう少しだけこの出口のない迷宮を彷徨ってみる。
それで答え出すよ。だから…もう少しだけ、ここに居てくれよな。



<あとがき>
個人的にタキガワ視点は楽なんですが、PC側はどうしても難しいですね。
よって今回もタキガワ視点です。シリアス展開が欲しいのですが、
シリアスネタが降臨してくれないのでポエムちっくに(汗)