踏み出した一歩
きっかけって何だろう──そう思いながら今までの出来事を振り返るが、 それらしいものなんて見つからない。別に理由が欲しい訳じゃない。この感情に 理由を付けたって仕方ないのだから。ただ、気になったのはこの感情を持つように なったきっかけがはっきりしない事だけだ。 確かに最初から特別だった。元々自分がここに来たのはご先祖の遺言でそれを 守ろうと思ったからだ。そして約束を果たす相手はその遺言通りに現れた。 会うまではどんな人だろうと何度も頭に思い描いては、いやいやもっと違うかも しれないと自分の中のイメージを変えていく。いくつものイメージを描いた それは本人とは違っていて、本音を言うと拍子抜けした部分もある。 だけどそんな事は一部ですぐにそれを忘れてしまった。目の前に本人が居るのだから 今までの虚像なんて意味はない。目の前にいる本人こそが全てだ。 彼女は…は不思議な存在だった。戦闘に馴染むのが早く、その技術は 艦内の誰よりも優れていた。そうかと思えば普段の生活では料理を作ったり、 音楽を楽しんでいたりとのんびり普通の生活を送っていたりする。他人を よく気遣い、周りの空気を和ませるのが上手かった。目が合えば微笑んで手を 振るなど、普段の彼女は何処にでもいる普通の女性だった。 同じ飛行隊員として素直にその技術には憧れを抱いた。この感情を戸惑うことなく 簡単に受け入れられる程、彼女の技術はずば抜けていた。技術もそうであるが、 恐らく瞬時の判断能力などを総合した能力が優れているのだろう。 だけどもう一つ、に抱く感情があった。 同じパイロットしての彼女に抱く憧れとは違う、女性としての彼女への憧れは 年上だからとかそんな簡単なものではないと思う。今までに抱いた恋心の どれよりも強く、ある意味で初めての感情だと言えた。 いつからパイロットしての憧れと恋心が同居するようになったのか、考えても 仕方ないとはわかっているが、我が事ながらとても気になった。そして そのきっかけを思い出そうとしているのだが、どうしても見つからない。 「…わっかんないな…」 「…何がわからないの?」 「うわっ!?」 突然聞こえてきた声に驚いて振り返ると彼女がいる。本人の登場に五月蠅く騒ぐ心臓に 1人心の中で静かにしろと言い聞かせながら、なるべく平静を装う。 「何だ、か…脅かすなよな」 「あ、酷いなその言い方。私で悪うございましたね」 「別に悪いなんて言ってないだろ」 「言ってなくたってそう思ったでしょ」 「思ってないよ」 「本当に?」 折角落ち着いてきたのに彼女が疑わしげに顔を近づけるから、再び心臓が騒ぎ出す。 今までの意識していない時ならば、少し驚くだけで済んだろうに意識してしまっている 今は軽く流すことは無理だ。挙動不審な自分にますます不審そうには こちらを見ている。 「…本当だって」 小さくなる声でそう言うと一歩後ずさる。後ずさった分だけ、彼女が距離を縮める… この繰り返しでいつの間にか背後はアクアリウムがあった。これ以上の後退は 出来ない状態。心の中で冷静に、冷静にと言い聞かせながらじっとこちらを 見ているを半ば睨み付けるように見た。 「怪しいよ、タキガワ」 「が近づくからだよ」 「うーん、でも逃げられると追いたくならない?」 「その心理はわかるけど、ちょっと近すぎ」 流石のもその距離に納得したのか、ようやく普通の仲間としての 距離になる。 「なーんか、最近のタキガワって変なのよね」 ほっと胸をなで下ろすと目の前のがそう言って、再び疑わしそうに こちらを見た。 「変で悪かったな。どうせ俺は変だよ」 「ほら、そこがもう変」 堂々巡りな会話をどうやって収集つけようかと考えながら歩き出すとそれに つられるように彼女もまた歩き出す。自分たちの間に流れる沈黙が心地悪い。 意識する前はこんな事なかったのに今は何を話していいのか、わからない時が ある。こんな風に2人だけの時は特にだ。 「…なぁ、俺ってそんなに変?」 「え?…やだ、そんなに真剣にならないでよ。言葉のあやだから大丈夫。 んー、でも確かに前と違うのは確かかな?」 「そっか…」 自分の部屋の前に着くと手を上げて背を向ける。そして部屋に入ると何故か そのままが付いてきていた。 「…?」 「あのね、私さっきハンバーグ作ったの。タキガワ、好きだったよね?」 振り向くと小首を傾げた彼女がいる。その表情は少しだけいつもと違っていた。 そうだ、この顔だ── 時々、はこうやって普段とは違う表情を見せる。 それも決まって自分と2人だけの時に。 「そりゃ好きだけど…」 「あ、お腹空いてないならいいの。うん、アキにでも食べてもらうし。あ、 ハンバーグならドランジも好きだった筈だし、気にしないで」 煮え切らない自分の態度に拒否された思ったのか、表情を曇らせて背を向ける の腕を急いで掴む。別に彼女の申し出を断るつもりで呟いた訳じゃない。 寧ろ、自分の好物を何故わざわざ作ったのか、そして彼女の表情の意味を図りかねて 言葉を濁していたのだ。 「食べないなんて言ってない!」 「…えっと、じゃあ食べてくれる?」 自分の勢いに少し驚いたようだったが、再びあの表情でこちらを見ている。 その視線はやっぱり普段とは違っているように見えた。 「食べるよ。…っていうかいつも言ってるじゃん。 のご飯は美味しいから 作ったら声かけてよって」 「あ、うん。でも、お腹いっぱいだったら無理して食べてもらうのも悪いし…」 「無理してないよ。それに ってあんま変な時間にご飯作らないだろ? 図ったように俺の腹が減ってる時だしさ」 普段ははっきりとした物言いの彼女が言葉を濁したり、自信なさそうに話すその 姿は珍しい。何故、違うのかとどうしても考えてしまう。 「え?や、やだな。別に狙ってる訳じゃないよ」 「いや、別にタイミングがいいって言ってるだけだけど」 妙に焦ったような に首を傾げると何故か彼女は頬を染めて視線を逸らす。 「う、うん。偶然だよ、偶然」 「?」 「厨房のオーブンに入ってるから、温めてくるね。食堂で待ってて」 「あ、うん」 走って行く彼女の背中を見送って、ゆっくり歩き出す。 相変わらず彼女の言動には疑問符がぐるぐると頭の中を回っていた。 周りにクルーがいる時の自分たちの力関係は明らかに彼女に軍配があがる。 だけど何故だろう。2人だけだと何故か、彼女が一歩下がったような位置に居るのだ。 「…よくわかんないな…」 その呟きに答える彼女は既に厨房に居るだろう。そして彼女の作ったと言う ハンバーグを思い浮かべながら、笑顔を浮かべた。 「ま、いいさ。腹括って聞いてみればいいんだよな。うん、決めた」 彼女の作ったハンバーグを食べたら、聞いてみよう。 とりあえずは気になる奴がいるかどうか、あたりでいいかな?と思いながら 鼻歌を歌いながら足早に食堂へと向かった…。 <あとがき> また出だしと違う物が出来てる…(苦笑)本当はまだタキガワ片思い中な つもりだったのですが…うーん、おかしい。力関係がどうしても タキガワ有利な状態になりますね。たまには逆の方がいいんですが。 最近ずっとタキガワ有利ばかりだなぁ…。 |