Limit gauge






時折、消える私の事を彼は何も言わない。
何も言わないのは興味がないからか、それとも何かを薄々感じているからか…。

「タキガワ〜」
「何だよ」
声をかけると彼はいつものように…そう、まるで何事もなかったかのように
振り向いた。10日あまりも夜明けの船から離れていたというのに何も言わない。
いつものように笑うとご飯を食べようと声をかける。頷いた彼が一瞬見せた表情は
困惑の色を帯びていた…。

その反応は至極まともだ。異端の私と彼とはずっと同じ関係ではいられない。
期限付きの間柄。その期限は3年と長いようで短い期間。そして、その事を彼は
…知らない。

「…何かいつもと雰囲気違うね、良い事でもあった?」
「そうね、うん…今機嫌いいかな」

笑ってそう答えると、そっかと彼が笑う。些細な事でも嬉しいと思った。
彼が自分を気にしてくれる事、彼が笑ったり、怒ったりする全てを愛しいと思った。


『3年という年月をお前がどう使うか、俺の干渉する所ではない。
だが、仮初めなのだという事は忘れないでくれ。アイツとお前は違うのだと
その事だけは覚えているんだ、いいな?』


ヤガミに改めてそんな事を言われなくとも、毎日頭に過っていた。目の前に居る
彼と自分はずっとこのままではいられないのだと。
そんな事は分かり過ぎるくらい、分かっていた。

「タキガワこそ、嬉しそうよ?」
「ん、ちょっとね」

照れたように笑った彼と一緒にエレベーターへと乗り込む。こうして何度一緒に
エレベーターに乗り込んだり、食事を共にしただろう。あとどれくらいこうして
一緒に居られるだろう。1日どころか、数分でもそのことを考えない時はない。
ここに居る理由…百年の平和の条件を満たせば、3年という時間よりも前に
彼の前から姿を消す事になる。

3年という年月は最長の期限でしかない。最短は明日かもしれないのだ。

「降りないの?」
「え?」

D3フロアについても降りようとしない自分を不思議そうに彼が振り返る。
慌てて降りると照れ笑いをしながら、食堂へと歩き出した。

「あのさ…」
「?」

先程まで嬉しそうだった彼の声音は真剣味を帯びていた。視線を隣へとやると
真っ直ぐこちらを見ている。

って…時々、嬉しそうにしてたかと思うと次の瞬間、すごく寂しそうに
してるよな。…別に無理に聞こうとは思わないけど、俺で良ければいつだって
相談に乗るよ。だからさ…」
「…タキガワ」
「あんまり無理すんな。無理に笑う必要はないよ」

次の瞬間、頬に熱いものが滑り落ちる。揺らめいた視界には出会った時よりも
少しだけ大人に近づいた彼の切ない笑顔。そっと伸びてきた彼の手が優しく
涙を拭っていく。反対の手で手を繋ぐと、食堂でなく中央階段へと歩き出した。
無言のまま階段を上り、踊り場で先を歩いていた彼が振り返る。

「俺、アンタにそんな顔されると何していいか、わからなくなる」

そう言って伸びてきた腕が背中へと回された。零になった距離に軽く驚きながらも
そっと自分の手を彼の背へと伸ばす。

「なぁ、悲しいなら泣けばいいよ。その方がずっといい」

言葉なく頷いた後、声を押し殺したまま涙が流れるその頬を肩に押し付けた。
背中にある彼の腕に力が込められた事に安堵を覚えながら、その温もりも
あとどれくらい感じられるのかと考え、再び涙を流す。

どれくらい、泣いても足りない。
泣いているだけで、ないものをねだっても仕方ないことを知ってる。

知識と心はバラバラで相反するそれは自分の中で今まで戦ってきた。
そしてこれからも戦い続けるだろう。それはきっと、彼と別れなければいけなくなる
その瞬間まで途絶える事なく。

…あのさ…俺、知ってるよ」

突然の彼の言葉に涙で濡れたままの顔を上げた。悲しそうに、でも確かに笑顔で
彼は頷く。何を知っていると言うのだろうか。そんな自分の心を読んだかのように
言葉を続ける。

「ずっと…じゃないんだろ?」

聞き間違いかと思ったが、それにしては彼の表情が真剣過ぎた。

「カオリだって、ご先祖だってアンタに会ってる。そして、別れて…今
ここに居る。…きっと前と一緒なんだろ?アンタはまた俺やカオリの前から
去るんだ。気付いたら、居なくなってる…そういう事なんだろ?」
「…タキガワ…」
「いいよ、答えなくても。これは俺の推測だから」

そう笑った彼はまたあの切ない笑顔だった。それは彼の前から姿を消す事になる
前日の事。

「それでさ、俺、考えた。アンタは別れなければいけないって思ってるけど
そんなの嫌だ。だから…俺はアンタを追うよ」

次の笑顔は輝くほどの笑顔。強さと希望に満ちた笑顔だった。
そこではたと思い出す。自分の呼び名を。ヤガミが、MAKIが呼ぶもう一つの名。
希望の戦士、それが自分の存在を表す呼び名。

ならば、希望を持とう。周りを希望で照らすだけなく、自分の心も、全てを
希望の灯火で照らそうと彼のように笑顔を形作り、頷いた。





<あとがき>
久しぶりのシリアスな2人でした。…本気で最近はラブラブしか
書いてませんでしたからね(苦笑)
よそ様等は関係なく、ウチのタキガワは本気で追いかけますよ。
ウチの子はそれくらい言った事に責任をとります(笑)